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神様がいない異世界新生活  作者: 出佐由乃
国都・シント市への旅路 編
37/42

35 一度上がったテンションは、なかなか下がらないんだよ。

 本当に市長の娘さん、志歩(しほ)ちゃんと歩いて彼女の家に向かっている。志歩ちゃんが先頭に立って、一番後ろに来城(らいじょう)さんがついてきてる。

 なんでそんなこと確認してるのかって?何か起きたら怖いじゃないの。丹良(にら)市までなんも起きなかったし、町に入っても何も起こらないし、イベントがあるとすればここっしょ。

 なんせ市長の娘がいるわけだし。重要人物だし。だしだしこぶだし。


「わ、私はいつもこの道を歩いていますから……」

「何も心配ございませんよ」

「それがフラグと言うもの。そう、いついかなる時も気を抜いてはいけないのよ」

「えみは店でも気を抜かず、ずっと客が来るのをまっているのじゃ」

「それがあたりまえって言うか、火憐はずっと店の奥で本読んでるじゃない。お客さんが来たときに誰が対応するのよ」

「わ、私」

「志歩ちゃんは店員じゃないでしょ……」

「あ、いえ。私の家がここです」

「あ、ごめん。……ここ?」

「は、はい。ここです」

「家なのじゃ!」

「……家ね」

「い、家ですから」


 思ってたより、いや、思ってた以上に、普通だ。普通の洋風の家だ。

 あ、あれぇ?元貴族だよね?多額の税金を使ったあの屋敷……今は宿だけど、あそこに住んでたような貴族様じゃなかったの?革命で質素な暮らしになったの?我慢してるの?これも作戦?


「えみさん、北杜(ほくと)英世(ひでよ)様は村岡地域を治めていた方です。丹良市は村岡地域に含まれていません」

「え、じゃあ、なに、革命後に移ったの?」

「はい。革命前は米を税として徴収していたのですが、この丹良市周辺の地域は米の収穫量が他所より少なく重い税に苦しんでいたようで、貴族に対する不満が特に高まっていた地域でした。したがって、革命に乗じて貴族に対して反乱が起きることが予想されました。星夏さんは革命によって血が流れることを良しとしませんでした。そこで北杜英世様が自らこの地に赴き、反乱によって被害が出ることを防ぎました。このとき北杜英世様が住民に行った演説が、後に憲法の前文に盛り込まれることになる『仁良演説』なのです!」

「ここが志歩の部屋なのじゃ!」

「来城さんが語っている間に玄関を通り越し、部屋まで着いちゃったよ」

「ど、どうぞ」


 丹良市の街並みは有州(ゆず)市と同じように和風だったが、志歩ちゃんの家は洋風の三階建て。レンガ造りの家だ。どこか大正っぽいかもしれない。そんな感じ。

 家の中も洋風で、日本で文化財として残っている明治大正くらいに建てられた洋館の内装、そのまんま。大きな家ではないが、装飾が豪華だ。

 そして、志歩ちゃんの部屋は……


「まさに女の子の部屋って感じだよね」

「え、え?」

「これはなんじゃ?」

「それはベッドよ」

「べっど?」

「寝る場所よ」

「布団に屋根がついているのじゃ」

「それは天蓋ね」

「なんのためについておるのじゃ?」

「私は知らんわ」

「わ、私も知らないです……」

「そうか」

「来城さんは……あれ?いない」

「なにかあったら呼べと言っておったのじゃ」

「さすがに部屋の中までついてこなかったか」


 女の子の部屋に家族以外の男性が入るのはマズいか。

 それにしても、あえて洋風にしているのには意味があるんだろうか。


「わ、私はわか、わからないです……」

「わからないのじゃ!」

「あぁ、ごめん。疑問に思っただけで、二人に聞いたわけじゃないよ」

「そうなのか?」

「火憐が答えられるわけないでしょ?」

「そうじゃ」

「あ、あの、えっと」

「ん?あ、そっか。なにしよっか」


 ここ、志歩ちゃんちだった。遊びに来たんだった。目的を忘れかけてたわ。


「あの」

「うん」

星夏(せいか)様のことを教えていただけませんか!」

「ん、せんせいのこと?どうして?」

「お父様の御友人であり、国の英雄である星夏様のことをもっと知りたいのです……」

「はぁ。でも私もせんせいのことはほとんど知らないよ?革命のこととか、今何をやってるのかとか、全然知らないし」

「いえ、そういうことではなく、普段どんなことをされてるのか。どんなことをお話になるのか。私が知らない星夏様のことを知りたいのです」

「えぇっと、志歩ちゃんはさ」

「は、はい!」

「なんでせんせいのことを知りたいと思ったの?」

「なんで、なんでですか……」

「うん」

「お父様からたくさん聞かされたんです」

「せんせいのこと?」

「はい。素晴らしい方だって」

「へぇ」


 実際のせんせいは歳の話をすると笑顔で殺気を飛ばしてくるヤバい人だけどね。


「そう!」

「へ?」

「そのような話を聞きたいのです!」

「え、あの、志歩ちゃん……?」

「お父様のお話でも、教科書でも、英雄仙丈(せんじょう)星夏様は素晴らしい方です。功績も逸話も伝説も、どれも素晴らしいのです」

「う、うん」

「そんな素晴らしい方は、その素晴らしいとき以外はどんなことをされているのか。とても興味があるのです!」

「はぁ」


 なんかスイッチが入っちゃった。こっちに来てから会う人はみんな、なにか一つのことが大好き過ぎて興奮しちゃう、そんな人ばかりなのだろう。

 いや、別にいいんだけどね。何にも興味を持てない人よりかは数倍いいけどね。ただ、スイッチが入ったときの対応が、少々、面倒……


「あのね」

「はい!」

「聞いたらがっかりするかもよ?」

「いえ、それでもいいのです。英雄と称えられる方も、私と同じ人間なんだと思えれば」


 せんせい、魔族だけどね。

 それにしても、そんなことを考えるってことは志歩ちゃんは何かやりたいことがあって、成功した人も自分と同じなんだ、自分でもできるんだって思いたい……そういうことかな。

 私は成功した人が、同じ人種だろうが同じ国籍だろうが同じ年代だろうが、違う種族だろうが違う人間だろうが違う性別だろうが、あんまし気にしないけどね。私は私。そう思ってるけど。


「い、いえ、そういうことではないのです。ただ、知りたいだけなのです……」

「あ、そうなの」


 ま、いっか。他人は他人、私は私だ。





「そうやってえみは新しいお香を発明したのじゃ!」

「すごいです、えみさん!」

「あぅあぅ……」


 あれから道具屋でのせんせいのことを火憐と一緒に話した。

 志歩ちゃんは真剣に私たちの話を聞いて、たまに相槌を入れたり、質問を投げたりした。おかげでかなり話しやすかったね。

 でも途中で火憐が、私のことを話し出した。私は必死にせんせいの話に引き戻そうとしたんだけど、志歩ちゃんもそっちが気になったようで、結局後半はすっと私の話だ。

 そんなすごいことしてないのに、火憐は私がすごいことをしたかのように話す。誇張はしてないんだけど、その、なに、興奮して話すもんだからすごいことをしたように聞こえるのだ。

 興奮状態の火憐につられたのか、志歩ちゃんまで興奮して何度も何度も首を上下にふりふり。拳を作ってラッコが貝を割る時のように上下にぶんぶん。

 テンションが違い過ぎて、止めるに止められない……


「すごいのです!」

「すごいのじゃ!」

「ちょ、ちょっと二人とも……」


 コンコン


 た、助けが来たっ!


「どうぞ!」

「お食事の用意が……」

「来城さぁぁぁぁんっ!」

「え、えみさんっ!?」


 ガシィッ


「ど、どうされましたか、えみさん!?」

「あ、あの、あの二人を止めてぇっ!」

「それで、それで、本当にえみはすごいのじゃ!」

「すごいです!すごいです!本当にえみさんはすごいのです!」

「あ、あ~。そういうことでしたか……」

「助けてぇ……うるうる」

「奥様をお呼びしましょう」

「奥様?」


 奥様って……志歩ちゃんのお母さんってことか。

 ……市長の奥さんっ!?


「ちょま」

「な、なんですか、えみさん」

「奥さんってお、お、お、奥さんだよね?」

「お、落ち着いてください!奥様は奥様です!」

「そ、そうだすよね!そりゃそうだしょね!」

「えみさんっ!?」

「すごいのじゃ!」

「すごいです!」

「んぎゃあああ!」

「うる、さああああああああああああああああああいっっ!!」


 ピシィッ


「「「「…………」」」」


「あら、ごめんなさいね?はじめまして、私が志歩の母の春子(はるこ)と申します。よろしくお願いしますね?」

「……よ、よろしくお願いします」

「……よろしくおねがいします、なのじゃ」

「来城さん、三人を呼んで来て頂戴とお願いしたのに、何をしているのですか?」

「も、申し訳ございませんっ」

「志歩」

「は、はい!」

「なにをしていたの?」

「は、はい。お二方と星夏様のことを」

「そうだったの」

「はい!」

「もう食事の時間ですから、お話の時間はおしまい。冷めてしまうから早く来るのですよ?」

「はい!」


 ツカツカツカツカ……


「…………」


 す、すげぇ……

 母は強し、まさにそれ。あの声量、恐ろしい……


 志歩ママの怖さを知ったところで、四人は黙って彼女の後に付いて行くのであった。

 来城さん……まじごめん。



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