33 バッサリカット!
「丹良市に到着いたしました」
「着いたわね~」
「楽しかったのじゃ!」
「……」
「えみ、どうしたんじゃ?」
「イベントは!?」
「いべんと?」
なぁに、平和に無事に何事もなく次の町に到着しとるんじゃい!
初めての旅の、町と町の間の道のイベント。盗賊に襲われる、魔獣に遭遇する、新たな仲間との出会い、貴族の馬車との遭遇、車輪がはまって抜け出せなくなっている旅人、他諸々……
私はまだかまだかと待ち構えていたというのに、なぁんにも起こらなかったよ!なんでよ、なんでなのよ!
「それでずっと窓の外眺めていたのね~」
「景色がどんどん変わっていって楽しかったのじゃ!」
「せめて魔獣の姿を見てみたかったぁ……」
「魔獣に会いたいなんて、えみちゃんは変わってるわね~」
「魔獣は勘弁してくださいよ。真っ先に襲われるの、外にいる俺なんすから」
牛車の扉を開きながらそう言った軽賀さんは、心底嫌そうな顔をしている。そんなに魔獣は危ないのかぁ。
「危ないってもんじゃないっすよ。あいつらしつこいんっすよ。どこまでも追いかけてきますし。こんな牛車では逃げ切れないですよ」
「軽賀、敬語」
「おっとすいません、来城さん」
「いいじゃないの~。気にする人はいないわ~」
「そういうわけにもいきませんよ。これも仕事ですから」
魔獣はしつこい。覚えておこう。
臭いに敏感なのかな。魔獣除けも、魔獣の嫌いな匂いを出すものだし。
「そうよ~。今回もちゃんと魔獣除けを焚いていたから出会わなかったのよ~」
「旅の必需品になりますね。さて、確認も終わりましたので町に入りましょう」
「町……と言っても、町の姿が見えないんですけど」
「ここが結界の境なので、ここからが丹良市であることは間違いありません」
「はぁ」
有州市の門は川の橋の端……いや、ダジャレじゃなくて、本当に橋の端に……一人で何を言ってるんだろ……
とにかく、丹良市の町の門はまばらな林の中にある。門の両側に堀が作られていて、堀の壁は石垣になっている。石垣と言っても、その辺の石を積んだだけってかんじ。深さは一メートルあるかないかってところ。登ろうと思えば登れるだろうね。防御のためというより、境をはっきりするために作られた、そんな理由かもしれない。
そもそも門と言っても大きな扉はない。跨いで乗り越えられそうな、ガードレールくらいの高さの開閉する柵が設置されているだけ。荷物を積んだ車や、人が多く乗る馬車の確認のためだけにあるっぽい。
「えみさんのおっしゃる通りです。丹良市はどの国境からも遠いですし、国の重要な施設もありません。国都と他の町を結ぶ街道の途中にある町、要するに宿場町です。防衛に力を注ぐ必要がないのです」
「なるほどなるほどなるなる。でも魔獣は……」
「魔獣は結界があるから絶対に入ってこれないわ~」
「犯罪者とかは……」
「この国は他国よりも犯罪に厳しいのです。この国とこの国の同盟国における盗賊行為は、近年急激に減少しています」
「ほへぇ……」
なんちゅうか、その、思ってたんとちゃうわぁ……
異世界ってもっと、治安が悪いイメージでした……勝手な想像してすいませんでしたぁ。
「今は治安が良いけれど、昔はえみちゃんが想像していたようなだったのよ~」
「新しい国を作るときに改善したってことですか」
「そうよ~。私も頑張ったのよ~」
「星夏さんがいらっしゃらなければここまで上手くはいってませんでした」
「さすがはせんせいですね!」
「えみちゃん、ね~」
褒められて殺気を飛ばすのはおかしくないですかねぇ?
「宿に着いたっすよ!」
「軽賀」
「えみちゃんも火憐ちゃんも気にしないわよ~」
「仕事中ですから」
「来城さんは固いわね~」
「任務ですから」
「では降りてください。俺……わたくしは牛車を停めてきます」
私は火憐に続いて牛車を降りる。外の光が眩しい。
「おお、これが丹良市か!すごいのじゃ!」
「ん、んん。おぉ。なんていうか、その」
「えみちゃんが思ってたほどは大きな町ではないわよ~」
「まだ何も言ってないんですけど」
「大体想像できるわよ~」
「さすがはせんせいですね!」
「えみちゃん……?」
「なんで怒るんですかぁ……」
「有州市もさほど大きな町ではありませんから、国都と結ばれる街道を利用する者も多くありません。したがって、その街道の宿場町である丹良市もさほど大きくありません。珍しいものと言えば、この地域は雨が少なく、大きな川もありませんので麦の生産が多いです。町の名所である三重の宝塔にちなんで『ほうとう』と呼ばれている料理が名物です」
「ほうとう……」
それ、めっちゃ聞いたことあるんだけど。あの太い麺のやつっしょ?これで見た目も似てたら関連性を疑うわ。
「お待たせしました!」
「軽賀、来ましたか。それでは宿に入りましょう」
「ん?あ、ここが宿ですか」
「そうです。最上級の宿ですのでご心配なく」
「あ、いや。でかすぎて宿に見えなかったっていうか、お屋敷って言った方が似合う見た目してるんですけど」
「小さい宿でいいって言っても聞かないのよ~」
「星夏さんが庶民と同じ宿に泊まられるのは問題がありますから」
「国のえい」
「えみちゃん?」
「国の議員としてってことですか」
「そういうことになります。そもそもこの宿は政府の要人専用なのですよ。ここで使わないと、むしろもったいないことです」
「民間に開放すればいいじゃない~。国のお金を注ぎ込むものでもないでしょ~?」
「民間に開放したところで、ここを利用する勇気のある者はいませんよ」
「たしかにそうね~」
「そこに一般人である私が泊まるのは、ちょっと怖いんですけど。元は貴族の屋敷かなにかですか」
「そうよ~。でも気にすることはないわ~」
「いや、めっちゃ気になりますわっ!」
周囲が真っ白の壁で囲われているし、門も豪華だし、宿の建物自体は小さめのお城だ。横にめっちゃ長い。左右に見える庭も、観光地のお寺にあるような、拝観料を払って見るような、そんな庭だ。大きな池があるし、池に小さな島あり、東屋が建てられていて、鯉が優雅に泳いでいるし、巨石が向こうに配置されているし、なんていうか、なんていうかな。なんていうかな庭だ。これを美しい言葉で表現できる人は歌人にでもなりなさい。とにかく綺麗で素晴らし庭だ!
「なんでここを宿にしたんですか?役所にすればよかったじゃないですか」
「新しい国の役所といった国の施設は、全て新たに建造したものを使用しています。旧体制との違いをはっきりさせるためであるのと、役所は国民のための施設ですので、国民が出入りしやすくする必要がありましたので今のような形になっています。貴族の屋敷は旧体制の負の遺産だ、という意見があり、取り壊しが検討されました。ですが歴史的な価値がある上、莫大な税金を用いて作られたものですので、壊さず残すことになっています」
「説明お疲れ様~。部屋に着いたわよ~」
「お話聞いてたらいつの間にか部屋だった……」
「庭も綺麗だし、建物も大きいし、部屋もすごいのじゃ!」
「どでかい畳の部屋に、真ん中に机が一つ……。空間の使い方が贅沢ですね……」
「本当は寝る場所はここじゃないのだけれど、無理に使うことないからここだけでいいわね~」
「では、わたくしと軽賀は向こうの部屋におりますので、なにかあればお申し付けください」
「ありがとうございます」
「夕飯はこちらにお持ちしますので、それまでおくつろぎください」
「あ、ありがとうございます」
来城さんと軽賀さんは廊下を挟んで向かい側の部屋。ちょろっと覗いた感じ、二人で使うにはいささか大きな部屋かな。
反対側の私たちの部屋は……林間合宿で使う大人数の大部屋、それよりも大きな畳の部屋。三人で使うのは贅沢通り越してもったいない気もする。外にはあのすごい庭。緑が美しい。大名にでもなった気分だ。
「えみ、えみ」
「なに?」
「庭、庭を見に行くのじゃ!」
「え、いや……」
「大丈夫よ~。なにか壊しても困るのは来城さんだから~」
「いや、それダメですよね!?」
「冗談よ~。簡単に壊れるようなものはないから大丈夫よ~。まだ夕飯まで時間があるから、せっかくだから見てきなさい~」
「行くのじゃ!」
「もう、しょうがないなぁ。気をつけてよ?」
「わかったのじゃ!」
「ふふふ」
まあでも、こんな庭見せられたら興奮するわ。本当に綺麗だから。
自然を生かした和風の庭。四季折々に見せるその表情は、私たちを釘付けにします。
「何を言っておるのじゃ?」
「え?えぇっと、まあいいじゃない。ほら行こ?」
「わかったのじゃ!」




