31 臨時休業
それは突然だった。
いや、いつも突然じゃんって言うのもわかるけど、いつも通りただただ続いていく日常からしたら、イベントっていうのは突然に起こるもんだよ。予定されているならともかくね。
「今から出かけるわよ~!」
「せんせい、おかえりなさいなのじゃ!」
「ふぁあぁ、朝からなんですかぁ?ってか、せんせい帰ってたんですねぇ」
「えみちゃん、火憐ちゃん、行くわよ~!」
「あの、どこに行くんですか?お店はどうするんです?」
「行き先は行けばわかるわ~。お店は臨時休業ね~」
「そりゃ、行き先は行けばわかりますよ」
「とにかく行くわよ~!」
「わかったのじゃ!」
「はぁ、わかりましたよ」
そんなこんなで、一家でお出かけイベントが開始されたのだ。せんせいはいつも突然だから、慣れたっちゃぁ慣れた。
ガララ
「おはようございます、えみさん、火憐さん」
「えぇっと、来城さん?ってことは……私たちが出向く必要があることってなんですか?」
「それは、むぐっ」
「ひみつ~」
うわぁ、いやな予感しかしねぇ……
せんせいは自身のことに関しては、なんでも秘密にしたがる。なんの意味があるのかって言えばおそらく、せんせいが楽しいからなのだろう。そういう人だ、せんせいは。
「まあまあ、そう言わないで~。これに乗って行くわよ~」
「これ、これって……」
牛車。日本では貴族の乗り物として使われていた、牛が牽く車のことだ。
目の前にあるこの車は木造で、見た目は地味だ。牛の方は黒くて、こちらも地味な普通の牛。牛をここまで間近で見るのは初めてだけど、黒毛和牛ってやつはこういうのを言うのかな。牛肉は滅多に食べないからわかんないけど。こいつも美味しいのかな。
「こいつは食べないでくださいよ」
「あ、えっと、食べませんよ」
「やつは軽賀といいます。軽賀も政府の者なので大丈夫ですよ」
「大丈夫って何ですか。これから行く場所にすんごい不安を覚えるんですけど」
「ああっと、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのか具体的に」
「えみちゃん、いいじゃない。それより、出発するわよ~」
「わかったのじゃ!」
せんせいが一番不安なんだけど、もういいや。
牛車は座席が対面する形で配置されていて、私と火憐、せんせいと来城さんが並んで座った。軽賀さんは牛の操縦っていうか、手綱を握るというか、横で一緒に歩くというか、とにかくそんな感じだ。だから車内に4人いることになる。
犯人の護送を想像して嫌な感じだ。そういえば、せんせいと初めて会ったとき、せんせいが私のことを怪しいやつとして捕まえて上に突き出す、みたいな危惧をしてたけど、まさかね。……っていうか、せんせいそのものが“上”みたいなもんだから、意味がない?
「捕らえて牢に繋ぐ、なんてことはしないわよ~」
「あ、えっと、そうですよねぇ。あはは……」
「町の外に出るのか?」
「ええ、外に出ます」
「え、じゃあ、認定証が必要なんじゃ」
「軽賀もわたくし来城も認定証を持っていますし、護衛の資格を取得していますのでご安心ください。まあ、星夏さんがいらっしゃるので、わたくしたちの出番もないと思います」
「はぁ、そうですか。それで、どこに向かうんですか?政府の施設ですか?」
「国都の新杜市よ~、えみちゃん」
「国都……」
「おお、初めて行くのじゃ!」
「国都に向かうのですが、途中で丹良市に寄ります」
「寄る?何かあるんですか?」
「丹良市は稲作ではなく、麦と呼ばれる穀物の生産が多いのが特徴ですね。その麦をひいてできた粉に、水などを加え練った麺で作る料理が名物となっています」
「うどん……?じゃなくて、そうじゃなくてぇ、何か用事があって寄るんですか?」
「いえ、用事はありません。宿に入るためです」
「宿?」
「えみちゃん、国都は一日じゃ着かないのよ~。だから途中で一泊しないと」
「ええっ!?店を二日も空けとくんですか!?」
「二日じゃなくて一週間くらいかしら~」
「なっ」
「初めての旅じゃ!楽しみなのじゃ!」
せんせいの“出かける“は一週間の旅を指すのかぁ。んな、そんなわけあるかぁっ!なんも準備してきてないよ。服とかお金とか、その他諸々の持ち物も全部店に置いてきちゃったわ。
「服は用意しておいたから大丈夫よ~。お金も私が出すから安心してちょうだい」
「あの、こういうことは事前に教えてもらえると助かるんですが」
「びっくりさせるために直前まで秘密にしてたのよ~?教えちゃったら意味ないじゃない~」
「はぁ」
「わしはすごいびっくりしたのじゃ!」
「それはよかったわ~」
「えみさん、あの、難しいことはないので安心してください」
「安心できるかぁっ!目的も聞かされないで知らない場所に連行されてるんですよ?」
「えっと、大丈夫です」
「それしか言えんのかぁっ!?」
ゆっくり進む牛車の中で、私はまだ見ぬ街並みに期待を抱き、興奮した火憐を落ち着かせながら車の揺れを楽しむのだった。
「って、そんな落ち着いてられるかぁっ!?」
「えみさん、落ち着いてください」
「みんなでお出かけは初めてだから楽しみね~」
「楽しみなのじゃ!」
次回、唐突な新章!?




