3 フシギな感覚
洞窟内は暗くて、奥の方は全然見えない。
修学旅行で沖縄に行ったときの、ガマを思い出す。
解説の人が戦時中の当時の話をした後に、懐中電灯の明かりを消すのは本当に怖かった。
……消した後に解説を入れてほしかった。この見学の後のホテルに帰るバスの中で体調を崩したし。
「うわぁ……真っ暗ー。なんも見えないー」
「咲、スマホ」
「はいはい」
咲がスマホのライトをつける。
咲がライトを向ける先だけ明るくなった。
「私もスマホ出すから、ちょっとこっち向けて」
「へいへい」
「あ、眩しい!」
「ほいほい」
私もカバンの中からスマホを取り出してライトをつけた。
「なんか色々散らかってるね」
「ホントだ。事故の時に張ったテープがある。キープアウト」
他にもカラーコーンやらロープやら、まさに事故が起きました、と言わんばかりの状態だった。
ガマのことと事故のことで少し怖くなってきた。
「ねえ、もう帰らない?」
「えー。せっかくだから地底湖見てこうよー。ここまで来たんだし」
「うぅ……しょうがないなぁ」
「よし。行こう!」
「ねえ、今更だけど、危なくない?」
「今更過ぎない?ここまで来てるのに」
「だって……」
ライトを周囲に向けると、蛍光灯みたいな管に光が反射しているのが見えた。
これも事故の時の物だろうか。
「地底湖みたらすぐに帰るからね!」
「地底湖より先はどっちみち進めないよ。……あ、あそこ!反射してるの、水面じゃない?」
洞窟の先の方にゆらゆらと光るものが見える。
ライトを向けると、天井にもゆらゆらが映る。
「おー!地底湖だ!」
「……おぉ」
「お!これ鍾乳洞っぽい!」
「石灰岩が溶けて固まった……だったっけな」
「あれっしょ?息入れると白くなるやーつ!」
「そうそう。懐かしいなぁ……受験の時に必死に覚えたよ。炭酸カルシウム」
予備校の先生って、講義に熱が入る人と配布物に熱が入る人に分かれるよね。
化学の先生が後者で、ひたすら無機化合物の反応式が書かれたプリントを配ってた。
「まぁ、でも大学で一度も使ってないなぁ。炭酸カルシウム」
「そうなの?」
「私が使うのは化学より物理だからね」
なんで物理と生物は受験で一緒に取れないんだろう。絶対化学が入ってくるよね。
大学に入ってからも化学分野は勉強したけど、今後使う気がしない。
使っても物質の三態とか、状態方程式とかかな……
いや、それはもはや物理かな。
「わたしには一生、縁のない話かなー」
「知っといて損はないよ」
損はしない。得をする、とも思えないけど。
知識をひけらかしてドヤ顔できるくらいかな。
「おねーちゃーん」
「なぁに?」
「水、めっちゃ綺麗!」
「うわぁ、すごい透明度。本当に底まで見える。」
記事には書いてあったけど実物を見ると感動する。ちょっと怖いくらいだ。
「横穴は見えないねー」
「底の方が広くなってて、横穴はちょうど岩壁の陰にあるみたい」
「へー」
いつも通り、どうでも良さそうな声を上げる咲。
でも顔はいつにも増してなんだか真剣だ。
私も底の方を見てみる。
「…………」
「…………」
しばらく二人して無言で地底湖を見つめた。
なんだか、水中に、吸い寄せられるようなそんな感覚。
「…………」
だんだん水面が近づいてくる錯覚を覚える。
いや、むしろ自分の身体が水面に近づいているような。
バッシャーン
遠くの方で水音がして我に返った。
……隣にいたはずの咲がいない。
「……咲!?」
「ぶはっ!あー死ぬかと思った」
声がした方を向くと、地面に上半身だけ乗せた咲がいた。下半身は水中にある。
「ちょっと!なんで水の中にいるの!?」
「いやー、なんか吸い込まれるなーって思ったら、いつの間にか水の中にいたよ。そのまま底まで行っちゃうかと思ったー」
「もぅ、本当に危ないんだからね!実際にここで行方不明になった人がいるんだから」
「はいはい」
私は咲の腕を掴んで陸に引っ張り上げた。咲は洞窟の壁面に寄りかかって座った。
「ありがとーお姉ちゃん」
「はぁ。本当に死んじゃうからね?」
「けっこう危なかったよ」
「服もびしょびしょじゃん。風邪ひくよ?」
「それがさー、思ってたより水が冷たくなかったんだよね」
「そうなの?」
「洞窟の中だから、もっとひんやりしてるもんだと思ってたよー」
「それでも、この時期に服が濡れたまま原付走らせたら本当に風邪ひくよ?」
「今日は晴れてるから、神社で少し乾かしてから帰ろー?それに今日はそんなに寒くないから大丈夫だよ」
「しょうがないなぁ、まったく……」
服の裾をぎゅっと絞りながら、咲はさっき落ちた地底湖を見つめている。
「お姉ちゃん」
「何?」
「お姉ちゃんも引き寄せられた?」
「え?」
「水に入ったからかもしんないけど、底の方に、行きたいって思ったんだ」
「…………」
「お姉ちゃんもそう感じたんだ」
たしかに不思議な感覚だった。
後ろから押されるというよりは、底の方から糸で引っ張られる感覚。
科学では証明できない類の、第六感みたいな。
私はそういうのはさっぱりだったけど、咲は昔っから鋭かった。
でも、今回はさっぱりな私でも気づくような、強烈な感じだった。
咲がこう言うのだから間違いないだろう。
「……やっぱり、そういうやつ?」
「たぶんね。ここまでのものを感じたのは初めてだから、ほぼ確定じゃないかな」
「…………」
つまり、異世界への入口があるってことだ。
「妖怪って線もあるけどねー」
「河童とか?」
「そこまではさすがにわかんないかなー。まあ、たぶん違うと思うけど」
咲が地底湖を見ているので私も地底湖を見つめる。
これが本当なら、行方不明になった三人は異世界にいることになる。
そして、私達も……
「かえ「行ってみようよ!」ろう!……え?」
「行ってみよう?ここまで見つけたんだし」
「いや、ダメだよ!帰れなくなるかもよ?それに、異世界が危険な場所って可能性だってある。空気がないかも。海しかない水の惑星かも。人間も住んでないかも。それに……」
「大丈夫!」
「いや、何が大丈夫なの!?そんな確証、どこにも……」
「わたしが言うからには大丈夫なんだよ!」
「あ」
その言葉に何故か納得してしまった私は、この後本当に異世界に行くことになる。