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神様がいない異世界新生活  作者: 出佐由乃
ユズ市の道具屋 編
28/42

28 ぽいぽいスローライフっぽい

 ……………………

 …………

 ……私は、走っていた。

 ……ただひたすらに走っていた。

 ……走り続けたからか、足に乳酸が溜まっている気がする。

(えみっ!)

 ……背後から誰かに声をかけられた。その人物も息があがっているようだ。

 ……私は目の前にいる誰かに向かって走っている。後ろにかまってるヒマはない。

(えみぃっ!)

 ……何よ、うるさいわねぇ。今あの子をどう助けようか考えてるんだから。

(えみぃぃぃっ!)

 ……うっせえええっ!


 ガバゥッ

「邪魔すん、ながっ!?」

「るのじゃ、あぶっ!?」


 いったたた……ぁ……

 久しぶりだなぁ、これ。


「どうしたの、火憐?」

「えみがわしを捕まえて揺するから起こしたのじゃ!」

「は?」


 どうやら私が火憐を抱きしめて、お腹の上に持っていったらしい。

 私は寝ながら何してんだ、まったく。


「ごめんごめん、今回は私が悪いわ」

「どうしたのじゃ?また悪夢か?」

「たぶん」

「どんな」

「忘れた」

「そうか」


 この会話も何度目だろうか。

 夢って覚えてられないよねぇ。すぐ忘れちゃうんだから。

 今度から枕元にメモ帳でも用意しておくか。


「えみ、早くするのじゃ!」

「はいはい、しょうがないなぁ」


 いつもどおり、火憐の日課に付き合う。

 異世界に来てからというもの、これだけは欠かさず行ってるなぁ。

 私も何か始めるかなぁ。異世界に来てやってることが毎日キツネっ娘と遊ぶことって、どんなスローライフよ。最高だけど何も始まらないじゃない。って言っても魔法は使えないし、チート能力もないし、お金もないし、できることがない。

 でも、住む家はあるしご飯は毎日出るし、服もたくさんもらったし仕事はあるし、読む本もいっぱい積んであるし……あれ?本当に最高じゃん、完璧じゃん。もうこのままスローライフ続けてればいいかなぁ。


「えみ、終わったのじゃ!」

「ん、おつかれ」

「今日は何を考えていたのじゃ?新しい魔法か?」

「違うわよ。店の魔獣除けの在庫が切れそうだから仕入れなきゃなぁ、って考えてたのよ」

「そうか。それでは行くのじゃ」

「そうね、増坪(ますつぼ)さんのところに行こ」

「うむ!」



 日課の帰りに寄ったのは増坪さんの職場。工房と呼んだ方がいいかな。

 林と町を繋ぐ道を途中で曲がり、林と畑の境にある小屋が増坪さんの工房だ。


「あいかわらず、すごい、匂いね」

「う、うむ」


 火憐は手で鼻と口を覆っている。私も最初はこの匂い、いや臭いが厳しかった。でも慣れた。

 独特なハーブを何倍にも濃縮した感じの匂いだ。鼻を突く、というよりは苦い野草を噛みしめる感じだ。


「こんにちは」

「こ、ふっ、こんにちはなのじゃ……」

「えみちゃん。それに火憐ちゃんも来たのかい?いらっしゃい」

「どうも」


 小屋に入るとすり鉢や大きな鍋が並んでいる。そして強烈な野草臭っ!

 ここがあの『魔獣除け』と呼ばれるお香の工房だ!


「魔獣除け以外にも、お線香や虫よけ香も作ってるがな」

「でも売れ筋は魔獣除けなんですよね?」

「そうだな」

「むぐぐ……」

「火憐ちゃん、ほれ、これで鼻ふさぎな」

「ありがとうなのじゃ……ふがっ!?」

「おわっ!?大丈夫、火憐?」

「これもすごく臭うのじゃぁ……」

「すまんすまん、ここにずっとあったから臭いが移っちまったか」

「火憐、こっち使いな」

「えみぃ、ありがとうなのじゃぁ……」


 そりゃ、ずっとここに置いてあった手ぬぐいが臭わないはずがないわ。

 火憐が涙目になりながら私のハンカチで鼻を塞いでいる。狐だから余計に臭いに敏感だったりするのかなぁ。そういえば音には敏感だったね。


「外に置いてあるから持ってきな」

「ありがとうございます。お代はいつも通り、お店の方に。ついでに商品を運んでおきますね」

「おう、いつもありがとな」


 実は、増坪さんは自分のお店を持っている。奥さんがお店をやっていて、そこで魔獣除けもお線香も購入できる。わざわざ工房まで足を運ぶ必要はない。

 でも私は前に仕入れに店に行ったときに、作っているところを見てみたいとお願いをしたのだ。

 だってお香がどうやって作られてるか知りたいじゃん?火がつかなきゃただの土の塊みたいな物よ?気になるでしょうよ。

 それでこの工房に案内された、というわけ。


「そうだ。えみちゃんが考えた新商品の試作品ができたから、一緒に入れといたぞ」

「ありがとうございます!」

「えみちゃんは才能があるぞ。作る工程を見ただけであんな新商品の発想を得られるなんてな」

「いえいえ、それほどでも」


 才能なんてない。

 渦巻の形にしたら燃焼時間が伸びて使いやすいんじゃないか、とか。

 その渦巻のお香を立てる台があれば便利じゃないか、とか。

 ちぃとばかし、元の世界の知識をひけらかしただけだ。


「これは絶対売れるぞ。お香だけ作っていても家計が厳しかったんだ。ありがてえ」

「いえいえ。私も生活が便利になればなぁ、と思っただけですから」

「えみちゃんのところには安く売ったるよ。えみちゃんのおかげで生まれた商品だからな」

「ありがとうございます」


 まあでも、感謝されるのは嬉しい。私の知識が役に立つんならいくらでも使ってやるっての。

 ……あぁ、なんか異世界っぽいぽい!


「それじゃ、持ってっちゃいますね。火憐、行くよ」

「んわかったのじゃ……」

「またいつでも来な」


 工房を出て裏に回ると、木箱がたくさん積まれた台車が置いてある。私がここに来る理由は増坪さんとお話するのもあるし新商品の開発もあるけど、一番は腰が悪い増坪さんに代わって重い商品を運ぶ手伝いをすることだ。

 こういう職人との付き合いも、元の世界じゃなかなかできないからね。せっかくの異世界だから楽しまなそんそん。


「火憐は後ろから押して」

「わかったのじゃ!」


 ガロロロロロ……


 めっちゃ今、スローライフっぽいぽい!


「ほいほい?」

「ぽいぽいよ」

「魔法か?」

「違うってば」

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