13 お母さんせんせい
なんとも裏切られた感覚になりながら、町の入口、もとい石柱の間を抜け、私たちは町に入った。
時間も遅いためか、人の姿は全く見当たらない。
しばらく進むと、木製の建物が立ち並ぶ区画に入った。
むむ!?これは……
「時代劇で見る街並みだ!」
「じだいげき?なんじゃそれは?新しい地属性魔法か?」
江戸の街並みの縮小版みたいな光景が目の前に広がる。
明かりが無いからよく見えないけど、道の両側に少なくとも10の瓦屋根の建物が軒を連ねている。鐘はないけど小江戸にそっくり。
西洋風の街並みも憧れてたけど、日本の原風景というか、古い町並みがけっこう好みなのだ。
日本の文化の中心も、もう一度行っておけばよかったなぁ。あとは、どこだっけ、温泉で有名な……
「えみ?何をぶつぶつ言っておるのじゃ。着いたのじゃ」
「えぁ、はい。ここが『せんせい』の道具屋?」
「そうじゃ。もう閉まっておるがの」
その道具屋は二階建てで、他の建物と同じように瓦葺きだ。
しかし、他の建物と違うのが、建物の幅だ。明らかに幅が狭い。
何と言うか、こじんまりしている。
「帰ったのじゃ!」
そう言って火憐は引き戸を開いた。開くんかい。セキュリティもなにもないねぇ。
「お邪魔します」
私も一言口にして敷居を超える。文字通り超えた。まだ浮いてるし。
もう浮いてるのがデフォと化している。ラクなんだもの。
店内は想像していた和風の商店ではなく、かなり洋風なテイストだった。
古民家カフェと言えばわかるだろうか。一時期流行ったよね。
土間?っていうのか、地面と同じ高さの板張りの床が奥まで続いている。
壁には棚が設けてあって、用途がわからない物体から何かの鉱石、乾燥した植物の葉の入った木箱などなどが陳列されている。おそらくこれが商品なのだろう。
なに屋と言われれば道具屋と答えざるを得ないね、これは。
店のど真ん中に鎮座する丸いテーブルとそれを囲む四脚のイス。その一つに火憐が座る。
私は火憐の頭上を浮いたまま。
「ねぇ、火憐?」
「ん?あ、すまなかったのじゃ」
「いいよ」
私はゆっくりと空中から下ろしてもらうと、久々に地に足をつける。あれ、なんか変な感じ。足がガクガクする。
慌てて私も火憐の隣の椅子に座った。
一度落ち着いてからもう一度店内を見渡す。この視点で見ると小さな喫茶店のような印象だ。
規則性のない混沌とした場面に存在する美。それっぽいこと言ってるけど、とにかくこういう雰囲気が好きだってことだ。
「火憐」
「ん?なんじゃ?」
「あんた、いつもぼーっとしてるわね」
「なんじゃ?ばかにしとるのか?」
「そうじゃないけど、いや、そうなのかな」
「なんじゃと?」
「まあまあ。それより、火憐の言ってた『せんせい』はどこに……」
「いらっしゃ~い!」
ビクゥッ
火憐が大袈裟にビビるもんだからこっちまで吃驚してしまった。
店の奥から暖簾を潜って出てきたエプロン姿の金髪の女性。こちらを見てにこにこしているこの女性が……
「せんせい!帰ったのじゃ!」
「おかえりなさ~い。遅かったわね?もうご飯できてるわよ?」
「さっそくいただくのじゃ!」
「待ちなさい、一体何をしてきたの?服に枯れ葉がいっぱい付いてるわよ?先にお風呂に入ってらっしゃい」
「わかったのじゃ!」
やはりこの方が『せんせい』のようだ。まるで火憐の母親だ。まさか、本当に母親だったり?そうだとしたらかなり若い時に……
「火憐ちゃんは私の子どもじゃないわよ~?」
「え、あ。そうなんですね」
「ええ。ここで住み込みで働いているの。おっちょこちょいだけど頑張り屋さんなのよ~」
「そうですね」
「ところで、あなたはだ~れ?」
「あ、そか。ごめんなさい。私は伊勢笑といいます」
あまりにもお母さんな光景を見せられたものだから、初対面だということを忘れていた。
「ふふ。ありがとう、よく言われるわ~」
「あ、そうなんですね」
「わたしは仙丈星夏。あなたもご存知の通り、みんなからは『せんせい』と呼ばれているわ~。よろしくね?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「ところで~」
「はい、なんでしょうか」
「あなたのその格好、とてもおもしろいわね~?それは何の服なのかしら?それから材質は何かしら?見たことないわ。革にしてはとてもつるつるしているし、縫い目らしきものも見当たらないわ。それとその金属の道具、変わった形をしているわね。何に使うのかしら?その首に下げてる透明のものも気になるわ。眼鏡とは違うわね。でも目を囲う形状をしているように見えるわ。目を守る用途の物なのかしら。腕に巻いてる帯のようなものも不思議ね。こんなに細かい細工はあまりお目にかからないわ。どこで手に入れたのかしら?こんなに私の知らない道具を持つあなたは何者なのかしら?」
のほほんとしたお母さんから一変、マシンガントークが火を噴いた。
その豹変ぶりにも驚きだが、それよりもとんでもない事実を知った。
「ぎゃ」
「ぎゃ?」
「ぎゃあああああ!?」
私、今の今までウェットスーツだったの!?




