12 期待外れ
「では行くのじゃ!」
「よろしくぅ!」
私達の冒険が今始まる!
……まあ、私は浮いてるだけなんだけど。これが案外快適なのよね。
傍目から見たら完全に風船だね。ゴム製ではなく、鎖が巻かれた女子大製という違いはあるけど。
……新しい囚人の護送方法と言えなくもないかもしれない。
火憐は実はこの世界の警察みたいな立場で、林で怪しい奴を見つけたから連行……
いやいや、考え過ぎは良くない。火憐は私を思ってこの方法を使っているのだ。むしろ感謝するべき。
「それにしても、火憐は林の中を進むの速いわね。やっぱり慣れなのかしら」
「ん?何か言ったか?」
「火憐は歩くの速いわね、って言ったのよ」
「んあ、そうじゃな。暇さえあればあそこに行っておるからの」
「あんた、そういえば道具屋で働いているんじゃなかったの?今日はお休みなの?」
「今日か?今日は午前が休みで午後から……」
「……あんた」
「わ、忘れておったのじゃ……。い、急ぐのじゃ!」
「ちょっとま、うぉっ!?」
急に火憐がスピードを上げて、木々の間を縫うように走り出した。
木が正面に迫ったかと思うと、木が突如横に逸れて私の側面をすり抜ける。太い枝が私の頭上を掠る。鎖が木の葉を断ち切りひらひらと舞う。
速い怖い怖い怖いぃぃぃっ!!
堪えきれず私は目を瞑り悲鳴を上げた。
「ぎぃいぁぁぁああ!!」
ビクゥッ
「んぎゃっ!?」
「ぐへっ」
頭に血が上る。怒りで顔が真っ赤になっているわけではなく、重力の方向の問題だ。
恐る恐る目を開くと、地面が頭上にある。いや頭下?
この体勢、かなりきつい。さっき食べたおにぎりが戻ってきそうだ。
空、つまり私の足の方を見ると、鎖が木の枝に引っ掛かっているのが見える。
こういうの見たことあるよ。この後、獣がやってきて襲われるやつ。……獣じゃなくて殺人鬼だったかな。宙ぶらりん。
火憐はどこに……あ、いた。五体投地。
火憐と私を繋いでいた鎖が木の枝に引っ掛かったのね。火憐の鎖は足枷から伸びてるから、頭からこけたかもなぁ。
ともかく、私にはどうしようもない。お手上げ、いや、お身体下げ。
「ねぇ火憐、大丈夫ぅ?」
「んん……あいたたた……」
「大丈夫?怪我してないぃ?」
「んぅ、えみ?どこじゃ?」
「ここ。助けてぇ」
「ん?……うおっ!?い、今助けるのじゃ!」
「そぉしてぇ……」
「……もう暗くなってるのよ?急ぐ気持ちもわかるけど、もうお店も終わりの時間でしょうに」
「……そうじゃなぁ。急いては事を仕損じる、急がば回れじゃったな」
「時すでに遅し、の方が正しいんじゃない?」
「んぐぅ……」
あの事故から何とか火憐を落ち着かせて林の中を歩く、と浮く。
辺りはすっかり暗くなり、木々の葉の間からチラホラ星が見える。
ぼんやりと雲のように見えるのは天の川かな。現物を見るのは初めてかもしれない。
「ようやく林を抜けたのじゃ。」
ふいに前方の視界が開けた。
暗くて何があるのかよく見えないが、遠くに明かりが見える。
「あの火がある場所が町の入口じゃ。もうすぐじゃ!」
火憐の足取りが軽くなる。地面は土だが、一応整備された道になっているようだ。
道の両側はどうやら畑のようだ。段々畑というには段差が緩いが、傾斜に合わせて石垣が作られている。
畑に生えているのは米ではなく、葉物野菜だと思われる。多分、アブラナ科の野菜だ。小松菜かな?
なんというか、ザ・田舎だね。都心の人でも地方の人でも、誰もが思い浮かべる『田舎』の最上級のカタチ。言い換えると、里山?
「これが町の入口じゃ」
「おぉ、お?」
町の入口じゃ、と言われても。
石の柱が道の両脇に立っていて、その石柱の間、道のど真ん中に篝火っていうのかな、運動会の玉入れの籠の背の低いやつに火が灯っている。
もっとさぁ城壁とか、兵士の詰所とか、ないのかね。
「この道は向こうの畑の持ち主くらいしか使わんからの。その道の先も結界があって通れんから門なぞいらないのじゃ」
「そうなんだ……」
ことごとく私の期待を裏切るなぁ、この世界は。




