10 時が経つのは早いもので (挿絵付き)
初めての魔法体験で消沈して私。何度目かわからないけど、思ってたんと違う!
とりあえず、彼女に関する疑問は無くなった。
……待て待て。彼女の名前すら知らないじゃん!
「わしの名前か?わしの名前は『ふぁいやーふぉっくす』じゃ!」
「……ファイヤーフォックス?」
いやいやいやいや。
いくら異世界だからって、これはないわ。
エクスプ○ーラー、サ○ァリ、ク○ムに続く奴ですか?それとも元祖パンダの方ですか?
そういえば、二本足で立つ子はどこの動物園だったっけ?
「……偽名?」
「ん?そうじゃ。偽名じゃ!」
偽名じゃ!って堂々と宣言するのもどうなの……
本名隠すための偽名じゃないの……
「本名は胡風火憐じゃ」
「言うんかい」
「ほれ、わしは名乗ったのじゃ。おぬしの番じゃ」
「……笑。伊勢笑」
「えみか!よろしくなのじゃ!」
アホの子かな?
「あほではないのじゃ!またばかにしよって」
「ごめんごめん」
……あれ?
ここまで気づかなかったけど、この子、私の心読んでる?
「何言っておるのじゃ。口に出ておるのじゃ」
まじか。
「本当じゃ」
あれから色々と二人で駄弁った。
火憐は道具屋で働いていて、その道具屋の店主の『せんせい』にお世話になっているらしい。『せんせい』は物知りで優しくて料理が上手くて、『せんせい』の作った里芋の煮物が一番好きなのだそうだ。
途中、お腹が空いたので火憐が持っていたおにぎりを一緒に食べた。中には梅干しと野沢菜みたいな漬物が入っていた。これも『せんせい』が作ったようで、確かにとても美味しかった。
火憐は終始『せんせい』のことを語っていた。本当に大好きみたいだ。
「えみ、今日は楽しかったのじゃ。もう暗くなるからの。わしは帰るのじゃ」
「え?もうそんな時間かぁ。時間が経つのは早いね」
「うむ、そうじゃな。ではまた今度語り合おうぞ」
「うん。じゃあ、また」
すっかり打ち解けて友達と言えるまでになったと思う。また明日も会いに行こう。
さて、私も帰るかぁ…………
「ちょっと待ったあああああっ!」
「んなっ!?」
帰途についた火憐がまたビクッとなった。大きな音に弱いのかな。
「なんじゃなんじゃ、大きな声を上げて」
「火憐、私」
「う、うん?」
「帰る家がない」
「……なに!?どういうことじゃ?」
「え、えと……その、私、た、旅をしてたんだけど、道を間違えちゃって、荷物も宿に置いてきちゃって、しばらくこの辺りを彷徨ってたのよ。だから帰る場所がないの」
「なんじゃと?大変じゃったの。だがわしに会えたのは幸運じゃったな。ここは町からかなり外れた場所じゃ。足を踏み入れる者もこの辺りはなかなかいないのじゃ。よかったの」
「そうだったんだ。それはラッキーだった。よければ町まで案内してもらえないかな」
「それくらいお安い御用じゃ!暗くなる前には着くじゃろう」
「ありがと」
我ながら苦しい言い訳だったけど、火憐が純粋でよかった。
それにしても、火憐と会ったのが朝で、もう昼を通り越して夕方とは。火憐があまりにも楽しそうに喋るもんだから時間を忘れてしまった。それより、ここが異世界であることすら頭から抜けていた。
とりあえず、林で野宿は回避できたっぽい。
町かぁ。異世界だもんね、ファンタジーな雰囲気の町なのかな。見たこともない種族がいたりするんだろうか。城壁があったり、石畳の中世ヨーロッパな街並みだったり、馬車が走っていたり……
まだ見ぬ異世界の街並みを妄想しながら、私は火憐の後について歩いていった。
……ここからが地獄の道のりだとは知る由もなかった。




