若夫婦vs独女
今回は左隣のカミラさんの家にご挨拶に向かいます。二人を待ち受ける相手はどんな方なんでしょうね。
とんとんとん。扉を叩く音のリズムの違いから、いつもの配達人じゃないと判っている。勿論今日は休みだから来る筈もないのは……判っている。
朝早い訳でも無いけれど、かといってお昼頃、と言うにはまだ早い、そんな時間帯に訪れる者に心当たりは無く、つまり招かれざる来訪者、と言った所か。
ああああぁ……厄介だなぁ……おまけに憂鬱……キーロフが今日やって来るって言うのに……おまけに朝からお呼びじゃない来訪者……気に入らない奴だったら、末代まで呪ってやるんだから……。
……蛇女の呪いは、マジで効くんだからね?
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「はいはいはい……って、何だろうこの既視感……あ、はいはーい!!」
徹夜の頭が現実非現実の境界を曖昧にする中、カミラは玄関へと急ぎ閂に手を触れる。だが急に開けるような愚は犯さずに扉越しの向こう側を精査する。
【……大気の御子よ、その身を震わす繋がりを用いて……全ての揺らぎを我に伝えよ……】
駆式を用いない純然な魔力のみで精霊に働きかけ、扉の向こう側を探る。大気の精霊の力は希薄だけど、使い方によっては木の扉や薄い漆喰の壁の向こう側の様子が手に取るように判る。……ん?二人、それに片側は頭が冷たくて、片側は程好く熱せられて……つまり、髪の毛の長短が違って……それと……片側は下腹部に熱が集中してる……ははぁ、こっちは女の子って訳ね?
……あらやだ、こんな朝からつがいでやって来る知り合いなんて心当たりは無いけど……誰なんだろ?
閂を持ち上げる前に掛けていた封印を解き、よいしょと力を籠めて持ち上げる。カミラの細い腕ではそれなりの重さになるが、丈夫で封印にも耐える代物だったからこそ、この住まいに決めたようなものだった。彼女は我ながら良い選択だったわ、と独りごちながら扉を開ける。
「……は、はじめまして……一昨日から隣に越してきた……ジャニスと、こっちが……その……お、夫のセイムスです……」
(いやぁあああぁ~ん♪何この子っ!?……ウブっ気全開の犬人種じゃないのぉ~ッ!!やだもぅきゅんきゅんしちゃうぅ~んッ♪)
……カミラは若干……いや、相当に我を見失いながら、萌え萌えド直球のやや内股気味の自己紹介を受け入れながら、まぁとにかく不意の来訪者を瞬時に観察していた。
(……そーいえば一つ先のお隣さんの、カーボンちゃんとナノちゃんが「おとなりにあたらしーひとがひっこしてくるんだよ!」って言ってたわね……つまり、初日はアラミドさんとこに挨拶に行って、一昨日昨日と私が仕事で留守だったから引っ越しの荷物を片付けて……片付けて……からの!……からの!……スンスン……うぅむ、睦み合いは無し、か……まぁ、疲れてるから仕方ないわよね……?きっと《あなた……今夜はお情けは頂けませんか……?》とか聞いても《……ごめんね、ジャニス……疲れてるから、今夜は無理みたいだ……》って返して、《うぅん、いいのよ?また明日で……愛してるわ……チュッ♪》みたいな引っ越し初夜だったのね……いや、そーすると昨夜は……で、それが無い……つまり、新婚若夫婦が……二日間……無しッ!!こ、これは……美味しいっ!!今夜が、美味しい夜ッ!!?……はぁ、はぁ……辛抱堪らんわぁ……!……誠に捗るわぁ♪)
……確実に妄想を逞しくさせながら、カミラは平静を装い束ねた髪の毛を手で触りつつ(考え事をする時の癖)、
「あら、ジャニスさんにセイムスさんね?はじめまして、私はカミラ……ご覧の通り、蛇女種の一族よ?……辺境じゃたまに見掛けるだろうけど、都市部じゃかなり珍しいかしら……ま、立ち話は不粋だから上がってくださいな?」
と、至って普通に自己紹介を済ませると、二人を家の中へと招き入れた。
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カミラに導かれて室内へと入った二人は、最初に受けた衝撃(多様な人種が珍しくない都市部でも蛇女種は稀少)から立ち直り、何とか室内を観察するだけの余裕を持つことが出来ていた。調度品はやはり木製品が多く、生理的に金属類を遠ざける性質を持つと噂される(正確には魔導と関連しているのだが)彼女達らしい、手の込んだ細工を施された物が多かった。
艶やかに磨きあげられたテーブルには細やかなレースのカバーが掛けられていて、その足にも凝った彫刻細工がそこかしこに見受けられ、その価値は素人目にしてもかなり値の張る物だと理解出来る。同様の椅子には細かい編み込み細工のクッションが載せられている。
「さ、遠慮なく座ってくださいな?今お茶を淹れますから……ね?」
初めて遭遇した蛇女種だったが、意外にも気さくで人当たりも良く、話し易そうだと安堵する二人。けれど、それはカミラがたまたま気の良い性格だったのかも知れないが。
「ジャニス、さっきはちゃんと挨拶出来たね?やれば出来るじゃないか♪」
「う、うるさい!……いい大人なんだから、当たり前だろぅ……」
そんなやり取りをする二人をこっそりと窺っていたカミラは、身をくねらせ捩らせながら、
(うひょひょ~ッ!!こ、これは……見てない所でツンデレッ!?逆ですかっ!!逆転なんですか!?じゃあ……夜はまさか……まさかぁ~ッ!?)
あ、うん、誠に漲せていました。
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……カチャカチャと茶器を運びながら(冷静を装いつつ)、カミラは二人の前に陶磁器製の器を並べて温めたポットに湯を注ぎ入れ、ゆっくりと茶を立てながら、
「少しだけ……待ってくださいね……このお茶は香りが気に入っていて……渋味も薄くて飲み易いのよ?」
と、説明しながら眼で(ねぇ、早く話してよぉ~ッ!!二人のな・れ・そ・め……とかぁ~!!)と訴えてみる。
カミラは只のスケベなおねいさんではない。彼女にとって男女のアレコレは、生産的エネルギーの活力源で……それでベクトル的にカンデミニオンなストライクゾーン……だからなのです。
……と、誤魔化しても仕方ない。彼女にとって、男女の睦み合い等は眼では捉える事の出来ない様々な魔力の波長であり、微細な運命を揺らがせる縦糸となり、自然の摂理等が織り成す横糸と繋がって長大な時流を決定するタペストリーのように広がっていくのを観測することに繋がる訳で……つまり絶賛推奨熱烈○○主義、なのだ。
「……お忙しい所に恐縮ですが、辺境から移住してきたばかりで……都市には不馴れなことも多いのですが……」
「そうね?……私も来たばかりの頃は《生きたまま皮を剥がされて剥製にされちゃうんじゃないか》って不安になったものよ?(ウソです)」
「そ、そうですよね……あ、アハハ……」
(やってもうたぁ……ついついリラックスさせようと、ラミアあるある!で狙ったら駄々滑りぃ~ッ!!?……あぁ、毛皮繋がりでクリティカルしたジャニスちゃんの怯えきった眼がぁあああぁ~っ……あ、逆に……いいかも!?)
「そ、そうだ!これに合うお菓子があるのよ!?う、うん今すぐ持ってきますからね!?」
慌てながら滑るようにキッチンへと急ぐカミラ。その様子を眺めながら、セイムスはジャニスに話しかけるが、
「ジャニス……彼女も悪気なさそうだったし、あんまり気にしなくても……?」
「プッ!ぷふふふふ……っ!!あの慌てっぷり……カミラさん、天然だよね!可笑しくて……」
そう告白すると、ジャニスはニッコリと笑い、悪い人じゃないよね!人じゃなくて蛇さんだけど!と繋げながら耳をぱたつかせた。
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「それじゃ、またお伺いします!荷物が片付いたら是非遊びに来てください!」
「カミラさん!お茶とお菓子御馳走様でした!すっごく美味しかったです!」
「えぇ、是非に!それじゃ、まあねぇ~♪」
カミラは二人を見送った後、部屋に戻ると仕事で手元に来ていた書類に眼を通す。
その中の一枚に、【暗闇】から人捜しの手配書が紛れ込んでいた。一度は眺めていたが、その時は緊急の用でもなかろうと斜め読みして投げていたのだ。
……ジャニス・ロングテール。元武装商工連合所属の犬人種、現在逃亡中。発見次第連絡乞う。……武装商工連合。
……セイムス・バルカ。元『龍』の筆頭守護剣士、現在逃亡中。発見次第速やかに連絡せよ。危険人物の為、接触には最大の注意を。……『龍』守護剣士管理群。
「……あんな美味しい二人をみすみす手離す訳無いじゃないのよ……ふふ、ふふふふ……♪」
ちょっとだけ【暗闇】と関係のある彼女は、そう独り呟くと手配書に【目撃せず、次第は追って報せる】とだけ書きしたため、封をして玄関外の木箱にそっと差し入れると駆式を用いて封印の咒を施した。
やや妄想気味の全長三メートル女子です。萌え好きな困った女子ですが害意はありません。まだまだ少しづつ進みます。