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最終話「この度、私達……結婚しました!!」

ブックマークしてくれた皆様、遂に最終話で御座います。長かったお話も無事に終わりを迎えます。



 ジャニスとセイムスは帰宅して二日程、自宅でのんびりと過ごした。その間にアラミド宅やリューマ宅にお呼ばれした以外は、凝った料理も作らず肩の力を抜いて二人で居る時間を大切に過ごしたのだった。


それから二人は暫く放置しそのままの、引っ越し当初に持ち込んだ品々の整理整備をすることにした。


「……あ!私の鎧に仕込んでおいた剃刀や千本(細く長い針)が錆びてきてるぅ!!シムぅ研いでよぉ~」


「ダメだってば……自分の得物は自分で整備しなさい!……って、一体どれだけ隠し場所があるの!?」


驚くセイムスにいささか戸惑いながら、もう隠す必要も意味も無くなったジャニスは正直に打ち明ける。


「えっと……まず、襟元に一枚で、胸元に一枚……胸の間に一本でしょ?それと背中に一本……二本……肩に一枚……そんなとこかな?」


「……転んだら怪我しそうな革鎧だなぁ……」


窓の外は静かな霧雨模様のようで、そんなことを言いながら和気藹々(わきあいあい)長閑(のどか)な時間を過ごすにはうってつけの天気だった。



「……あっ!!ナイフの鞘に仕込んでたフィンガーナイフ(名の通り指を絡めて握る小さな刃物)まで錆び付いてるぅ……お気に入りだったのにぃ~!」


「はいはいソッチも研げばいーんでしょー?判ったから早く貸しなさいって……」


「いいも~ん!これは私が研ぐから平気だよっ!!……初めて自分で買って仕事に持ち込んだ思い出の刃物なんだもん!」


……物騒な思い入れに溜め息のセイムスだったが、来客を告げるドアノッカーの音に立ち上がり、玄関へと向かった。だが、座りながらヒコヒコ……と頭の耳を動かしていたジャニスは突然立ち上がり、ドダダと駆け出してセイムスと並んで玄関のドアノブを掴んだ。


「……何なんだよ……急に駆けて来て……!?」


「ドアノック二回、一回、二回は……【身内にだけ伝わる】合図なの!!」


言いながら扉を開けるジャニスとセイムスの前に、扉から一歩離れて佇む小さな人影と、その後ろに待機する細身の三人の姿に、ジャニスはやっぱり!と安堵の表情を浮かべながら、


「……雨降りなんだから、日を改めて来てもよかったのよ?姉さん!」


「はいはいそうですね!でも私は私なりに忙しいんだから、都合つけるのも大変なのよ?ジャム……」


お互いに言葉を掛け合いながら相手の背中に手を回して抱擁し、少しだけ背の低い姉に付き添いながらジャニスは奥へ向かおうとしながらも、


「ねぇ……狐鉄達もお茶くらい出すから上がっていったら?」


……うっせぇ~!!オマエの【愛の巣】に招かれるなんぞ、気色悪くて鳥肌立つわ!!


ニケも思わず吹き出す程の辛辣な反応に笑いながら、ジャニスは近くにある香りの良い茶を出す店の場所を教えて、扉の奥へと消えて行った。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



アラミド家やリューマ家とは懸け離れているかもしれないけれど、越してきてから少しづつ家財も増えたジャニスとセイムスの家を興味深げに見て回るニケと、その後ろに付き添いながら彼女が手にした包みをテーブルに置くように伝えるジャニス。


「あらまぁまぁまぁ……ここが二人の住んでる部屋ね……うん、思ったよりも広いわね」


着ていた雨降り用の渋い茶色のオイルドコートをセイムスに手渡しながら、ニケは室内をグルリと眺めてから勧められた席に着き、


「……それはそうと……これをジャムに渡したかったから今日は来たのよ?」


帯で纏めた防水用の油紙をガサガサと広げ、更に厳重に包まれている二重三重の包み紙を広げながらニケはセイムスに向かい、



「……どう?……これ、ジャムに似合うと思う?」


言いつつ両手に渡すようにしながら持ち上げたのは、随所にリースやコサージュをあしらった純白のドレスだった。


「それって……まさか…………母さんの形見の……花嫁衣装っ……!!」


驚くジャニスは記憶の奥底にある、数少ない母との会話の中……ニケと母の三人で語ったことを思い出していた。



【……ニケ、貴女の方が年上ですから、まずは先に使うのは貴女になるかしらね……】

【それって……私がお嫁さんになるってこと!?】

【ず~る~いよぅ!!おねーちゃんばっかず~る~いよぅ!!ふわあああぁ~ん!!】


……年上のニケは困惑し、妹のジャニスは目の前のフワフワした綺麗な花嫁衣装が手元に来ないと勘違いし、泣き出してしまって……慌てて二人が「ずーっと先のことだから心配しないで」とジャニスを慰めたのだったが、昔のこととは言え今の今まですっかり忘れていたのだ。



「…………どうしたの?ジャム、何か気になることでもあった?」


花嫁衣装を見つめながら思い出に耽っていたジャニスを、ニケは違う理由で見ていると考えて聞き出そうとしてきたので、やんわりと否定しながらジャニスはニケに持ってもいい?と断って花嫁衣装を手に取り持ち上げてみる。


それは思い出の中にあった時よりも軽くて品があり……そして控え目な飾り付けと長い裾で、何よりも日向に咲く優しい花々のように良い香りがして……見つめていると母の思い出が溢れ出し、言葉を無くしてしまう。


「……私も、それを久々に取り出して包んでいた時にね……その衣装を真似してカーテンを切り刻んで……酷く怒られた事、思い出しちゃった!」


「何それ!?そんなこと有ったの?それって姉さんが幾つの時だったの?」


……お互いの思い出話に花咲かせる二人を横目に、セイムスはお茶を淹れる為にそっと立ち上がり、台所に向かった。彼にとってこれからは義理の姉、そして唯一の肉親になるニケと、いつでも変わらず、そしてこれからも……大切なジャニスの為に……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



……時が過ぎ、晴れた或る日の昼下がり、互いの友人知人、そして世話になったご近所さんを招き、二人の新しい門出を祝う披露宴が営まれた。



「おおおぉ~!?やっぱり美人だよなぁ~!!セイムスお前羨ましいぞ?」


サボルトが傍らに立つセイムスに肘打ちながら、ニヤニヤ笑いつつ景気付けの祝盃を煽る。


あれだけ『(ドラゴラム)』の国に不利益を与えたにも関わらず、セイムスの首に懸けられた賞金は取り下げられた。だが断罪が済んだ訳ではなく、まだ国に戻れない彼の元に、何かと理由を付けてサボルトは訪れて来た。

大抵は【単騎行軍演習】のついで、と言いながら酒瓶をぶら提げてやって来る度に、ジャニスは苛つきながらも「空酒じゃ悪酔いするでしょ!」と言い軽い物を盛り付けて毎回差し出すのだが。



この日の為に練習したと嬉しそうに言っていたカーボンとナノが、ジャニスの足元に花を投げ、長い裾を持ち上げて後ろを歩く。その様子を涙ながらに見るグラス、そしてアラミドの二人は知人を頼り、市場の一画にある空き店舗を本日限りで借りて場所を確保してくれた。

無論、それだけではなく日々の色々な時に相談に乗ったり、共に出掛けてくれたり……世話になりっぱなしのジャニスとセイムスだったが、「同種族の繁栄の為さ」と言われる度にジャニスは真っ赤になるけれど。



「ああ……ジャニスちゃんが真の人妻に……これってジョブチェンジ?それともレベルアップかしら?」


……カミラは相変わらずキーロフの腕に絡み付きながら、時折物欲しげな眼差しを傍らの彼に向けては小声で何か言っているようだった。

セイムスが帰ってきてから数日後、熱烈な交渉が功を奏したのかキーロフとの同棲を始めたカミラは、以前にも増して彼に汲めども尽きせぬ愛情を注ぎ、ジャニスから「既に長年連れ添うような風格が出てきた」と揶揄されている。

勿論キーロフも満更でも無く、時々酷く(やつ)れている時以外は元気にやっているようである。



「ほらほら花嫁さんですよ?……エルもいつかお嫁さんになって、私達にあんな姿を見せてくれるのかしらね?」


「……エラン、気が早いにも程があるぞ?……まぁ、婿なら……取らぬ訳でもないが……」


あい!と嬉しそうに返事する娘のエルを抱えながら、妻のエランの言葉に苦々しく答えるリューマ。相変わらずの隠居生活に戻った彼の生活は、娘との散歩と言う大変に重要な職務が増えたのだが、無論それは楽しい時間に違わない。

時折セイムスに付き合って地下迷宮に赴く時は、闘争本能剥き出しになるものの、こうして家族と共に居る時はそんな姿は微塵も感じさせない。



「……全く、先を越されて幸せになっちゃって……私もそのうち……う~ん、きっと……はぁ」


ニケはジャニスの姿に自らを重ねながら、未だ現れぬ恋愛対象に内心焦りつつ祝盃を次々と空けながら溜め息を吐いた。

本人はいつでも誰とでも、と思っているつもりだったが、明け透けな狐鉄に「ジャニ坊と見た目の違いのないニケなんだから、身体を許せば男なんて掃いて棄てる程寄ってくるだろうに……」と言われてぶっ飛ばした。その位真面目に出会いを求めているニケは、今日も会場の隅々を眺めて俯いていた。……が、そんな彼女に言葉を掛ける異性が現れて、遠巻きに見ていた狐鉄に【……おっ!?勇者出現か!?】と思われた、とか。



「……ジャニス、今までありがとう……そして、これからも宜しくな?」


セイムスは、決して長くはなかった二人の道程を思い出しながら、花嫁姿のジャニスに形見の指輪を差し出すと、俯いたままの彼女の指にそっと差し込んだ。

切っ掛けは荒々しく、途中では様々な障害もあり、これからも平坦な日々のみではないだろう。しかし、だからこそ……セイムスは、愛するジャニスをこれからも護り、そして二人の……家族としての暮らしを作る為に、身を捧げることを誓った。





「……うん、ありがとう……私も……宜しくね?」


ジャニスは言葉少なく返しながらも、胸の内に去来する想いに包まれながら……静かにセイムスの腕の中に収まると、無言で唇を重ねた。


その瞬間からの長い沈黙の後、長いぞ!長いっての!!と野次られながら身を離した二人は、改めて集まってくれた面々に謝辞を捧げてから、代表としてセイムスが宣言した。


「……皆さん、有り難う!!……今日この日を境に、私達は家族になります!!」


セイムスの言葉に拍手喝采の人々に御祝いされながら、ジャニスは嬉し涙を流しつつ夫婦になった実感を得て、心の中で亡き母に、そして何処の空の下の父に感謝した。



こうして、セイムスの母の形見の指輪を填めて、自らの母の形見の花嫁衣装を身に纏い……彼女は【邪剣】のジャニスから、【セイムスの妻】になった。


縁有って招かれた者も、騒ぎを聞き付けてやって来た見知らぬ者も、二人に関わって互いを見知り、言葉を交わして二人の門出を祝った。爽やかな風が吹き、揺れる木立が夕焼けに染まるまで大いに飲み、祝宴に相応しい料理に舌鼓を打ち、宴は夜まで続いたが途中で帰る者は誰一人として居なかった。


遅れて現れたシャラザラードは肉料理が有ることに喜び、自前の酒を持ち込んだギルモアと大立ち回りを演じたことはその場に居た者にとっては語り種になったのだが、それはまたいずれ……。






✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳





「この度私達、《元【剣聖】は元【邪剣】と逃げ出して偽装》結婚しました!!~詐り新婚夫婦の二人が近所に引っ越してきたのでお節介焼きます~」



               御精読有難う御座いました。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳






……身に帯びた【夫婦剣】を抜き放ちながら、ジャニスとセイムスは【人喰い(マンイーター)】の地下迷宮へと降り立つ。


セイムスが先に立ち、迷宮の途中に点在する小部屋の入り口から中を見る。その背後から中の様子を窺うジャニスは、彼の合図と共に同時に踏み込む事にし、そのタイミングを図る彼に向かって、こう言った。


「……今夜のおかずは何にする?」


「……今それ言うタイミングじゃないでしょ!?……全く。とにかく二人で作るからね?」


すらり、と青みがかった刀身を滑らせるように抜き放ち、セイムスは傍らに立つジャニスと肩を並べながら、しかし呑気な話をしつつ一歩前に出る。


「え~!?やっぱり任せてくれるつもりは無いの!!」


「それが一番安心して食事できる方法じゃないかな?」


応じながらジャニスも対になっている短剣に手を添えながら、静かにセイムスの肩越しに小部屋の中の様子を窺いつつ、


「……まぁ、それもそうね……それじゃ、」


「「……いっせーの、せっ!!」」



……翻る刃先が煌めく度に、二人の前に立ち塞がる相手は一体、また一体と数を減らし、後ろから眺めるドルクは思わず口笛を吹いて賞賛してしまった。


「ひゅ~♪やるねぇ~夫婦になったらまた一段と凄味を増すなんてよ……よっぽど早く家に帰りたい理由が増えたのかい!?お二人さんよ!!」


ドルクの人の悪いからかいに真っ赤になりながら、ジャニスは先を促してしまった。


「……もう!さっさと先に進もうよシム!」


「はいはい……でもさっきのは本当だからね?市場で買い出ししてから帰ろうよ!」



ドルクの爆笑を背に受けながら、しかし二人は今日も揃って地下迷宮を進む。いつの日か訪れる特赦の為に、そしていつか訪れる新しく増える家族の為に……。






御精読有難う御座いました!


思い返せば一話目のジャニスのブラチラ(笑)を思い付いてからここまで続いてきました。毎度お馴染みの【パッと浮かんだ一幕から始まる】連載は、途中で「あれ?主人公ってどう考えてもジャニス一択じゃないの?」と気付いてアクション主体からヒューマンドラマ主体に切り替わり、最終話を迎えました。


二十歳そこそこの恋愛と無縁な刺客稼業の娘が梨崩しで出奔し、ドタバタと逃げ惑いながら相手の愛に戸惑いつつも心を開き、次第に応えることにより相互依存的な関係を築く。これぞ稲村流ハートフルコメディです(笑)


してやったりとほくそ笑む嗜虐的な逆転略奪愛や、一方通行なコレクション風味のハーレム展開に背を向けて、ひたすらに一対一、マンツーマンな積み重ねの結果で幸せになる、当たり前で普通のお話が書きたかったのです。マジョリティは否定しません。売れた方がいいに決まってます。でも、それではセイムスは幾多の恋愛対象の一人としてしかジャニスに接しませんし、悪役令嬢なジャニスは新たな相手を欲してセイムスとは別れていたかもしれません。ファッキン主流!!俺はジャニスが真っ赤になりながらブラチラした瞬間から、花嫁衣装を着せてエンディングさせたかったんだよ!!


……そんな訳で、ここまでお読みの皆々様方!!本当に御精読有難う御座いました!


最後にジャニスの挿し絵をくださった某様に、心からの感謝とお早めの復帰を……。貴方が居なかったら、ジャニスは幸せになれなかったでしょう!

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