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銀狼と二人

なんとか週末に合わせて更新に漕ぎ着けられました。



 セイムスが居ると教えられて足を踏み入れたその部屋には、薄暗い中に火が消えかかった香炉から立ち昇る煙が充満し、白く靄が掛かっているようだった。その部屋の真ん中の床には呪印が幾重にも描き(しる)されて、複雑な紋様が放射状に広がっていた。その中心に銀色の毛皮を纏った狼が寝そべり、その腹部にもたれ掛かるようにカミラが横たわって居た。


 「カミラさんッ!!起きてくださいってば!?」


巨大な銀色の狼の腹に頭を預けて夢半ば、といった体のカミラを乱暴に揺さぶるジャニスだったが、一度は目覚めたにも関わらずそれからは一向に起きる気配すらない。ゆさゆさ揺すられる度に尻尾の先からジャニスの顔が埋まりそうな胸元まで、やっぱりゆさゆさと揺れはするが……、


「……キーロフ……今夜は貴方……凄く積極的じゃない?……ンフフ……♪」


恋人の名を呼びながら、ヨダレを垂らして寝ています。もう見てられません……。ジャニスは諦めて、思いきってカミラが言っていた【元セイムス】らしき銀狼の大きな耳を掴んで……、



「……し、シムを返してくださ~いっ!!」


……怒鳴ってみた。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



《……グルウゥ……?》


流石に耳元で大声を出せば、どれだけ大人しい生き物でも意識を相手に向ける訳で、極めて低い唸り声を喉元で鳴らしながら片眼を開いた。


その眼は金色の光彩を放つ水色の瞳で、自分の顔とほぼ同じ大きさの眼に見つめられたジャニスは思わず身体を硬直させてしまう。それもその筈、尻尾を伸ばせばジャニスの倍はあるカミラの身体よりも更に大きな狼なのである。もし今すぐ闘え、と命じられたとしても、絶対に勝てる見込みは無い。


……だが、ジャニスはどうしても恐怖をそれ以上掻き立てられることは無かった。何故なのだろう、と今だ腹を枕にして緊張感の欠片も無く眠り転けるカミラのせいか?とも思ったが、何となく違う気がする。


直ぐに開いた片眼も閉ざし、先程と同じように眠ってしまった銀狼を暫く観察していたジャニスは、はたと手を叩いて結論付ける。


(いや、どうみても……仔犬にしか見えないんだもん!)


ジャニスがそう思ってしまうのも仕方ない。先ず顔の大きさ、そして輪郭と鼻先までの縮尺は寸詰まりで、何処と無く愛嬌すら感じてしまうし、腹の膨らみ具合といい横向きにゴロリと横たわる姿は緊張感の欠片も獰猛さも感じられず、何より時折、耳や足先をプルプル震わせる姿はどう見ても仔犬、いや仔狼である。


「……そう見ちゃうと、どんどん恐くなくなるのよね……ほら!起きなさいってば~!!」


……遂には瞼を掴んでギュッ、と抉じ開けてみると、とうとう銀仔狼(なんだそりゃ?)も観念したのか、


【……グルルルルゥ……】


唸り声を立てて身体を起こし、ジャニスを真正面から見据える。前肢を揃えて彼女を見定めるその姿に、やはり巨体の迫力は満ち溢れていて、ついさっきまで子供だと侮っていた自分を叱責したくなる。


「……あ、あの……あなたはセイムスですか?」


自分でも馬鹿かと思う問い掛けをしてみるが、当然ながら相手は無言のままである。


「……その……セイムスを……っ!!……()()()()()()()()()()()()()()()()


だが、思い切ってそう怒鳴った瞬間、銀狼は何を思ったか真っ赤な口を大きく拡げると、頭の先からジャニスを一飲みにしてしまった……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



銀狼の口に取り込まれた瞬間、当惑と恐怖心で眼を閉ざしたジャニスの感覚は麻痺し、ガジガジと噛まれているのか、只飲み込まれて喉を通過しているのかすらも判らなかった。


(嫌だ~ッ!!シムに会えないまま死んじゃうなんて……そんなの嫌ぁ~ッ!!このままじゃ明後日位には私は……半分位の重さの○○○になって外にプリッ!と出されて終わりとか……絶対にイヤ~ッ!!……って、……あれ?)


先刻、銀狼に飲み込まれた筈のジャニスだったが、息も苦しくないし、何よりも身体が自由に動かせる。しかし、周辺は白く輝く霧に包まれているかのように視界も効かず先も見えなかった。



けれど、ジャニスはこの空間の何処かに必ずセイムスが居る筈だ、そう信じて一心に彼が現れてくれるのを祈り続け……、その想いが確信へと変わった瞬間、自らの背後に気配を感じ振り向くとそこに……探し求めて来た、セイムスが突然姿を現した。


「シムッ!?本当にシムなの?……もう!心配掛けて……シムの、馬鹿ぁ……私がどれだけ探してたか……もう……離さな……あれっ?……やっ!……な、何これ……!!」


手を伸ばしながらお互いを掴もうとするが、動けない距離で宙に浮かんでいるかのようにスレスレで指先が掠ることすらなく歯痒い思いをする。その状況に感情を爆発させたジャニスは、とうとう震えながら怒鳴り散らした。



「も~ッ!!いい加減にしなさいよッ!!他人の旦那を厄介な場所に取り込んで終いにはこんな殺生なことやらかしてさッ!!ふざけてないでさっさと渡しなさい!!神様だか始祖だか知らないけど、不義理なことする奴なんて最低野郎なんだからッ!!」


髪の毛を逆立てながら牙を剥き出しにし、無茶苦茶に腕を振り回しながら誰や彼や関係無く、ただひたすらに怒りを顕にする。結果がどうなろうと知ったことじゃない、ただ純粋に……頭に来たからだ。



「……馬鹿……折角……会えたんだよぅ?……目の前に居るのにぃ……手も触れらんないなんて……ヒドイよぅ……神も何も関係ないよ…………もう、やだよぅ……ううぅ……」


【……判ってるよ、ジャニス……もう泣かないでくれ……】


言葉で伝わる訳ではなく、頭の中に直接響くような感覚でセイムスの声がジャニスを(なだ)める。理不尽さに怒り、そして哀しく、寂しくなり、両目から止めどなく涙を流し、子供のように泣きじゃくる彼女の姿をセイムスは見ていて辛くなり……だからこそ、心の弱い自分がこの【呪い】の空間に囚われて居ることが悔やまれて仕方なかった。


セイムスにとっては時間の経過も曖昧で、ただいつかは出られる筈だと信じながら……そんな場所に囚われていたにも関わらず彼は、ずっとジャニスのことが心配だった。そして彼の目の前に現れたジャニスは、やっぱりいつものジャニスで、ほんの少しだけ安心し、そして……次第に怒りを(たぎら)せ始め……、



【……呪いだか何だか知らないが……もう、いい加減にしてくれ…………ヒトの大切な者を何時までも泣かせるような理不尽には……】


……両手で涙を拭う悲しそうなジャニスの姿を見せつけられて、平気で居られる筈も無く、内側に渦巻く怒りの焔が彼の身をジリジリと焦がさんばかりに燃え上がり、その熱量はあっという間に頂点に達して……、




【……もう、飽き飽きしてんだよッ!!!】


……と、絶叫の声を上げた瞬間、……普人種の筈のセイムスは、噛み締めた歯と歯の間からバジッ、と青白い電光を発しながら、髪の毛を逆立てて怒りを顕にし、身体をぐんぐんと隆起させていき……無意識のうちに巨大な銀色の狼と化していた。


膨張し続ける身体に埋まるようにめり込んだお陰で、傍に漂っていたジャニスはセイムスに触れることが出来、密着していないと感じ取ることの出来ない匂いを心身に満たし、心の底から再会出来た喜びに浸ることが出来た。


「……もう、離さないよ……離さないんだからね?……シム!」


毛皮に指を絡め、四肢に有らん限りの力を入れて、全身を使って抱き着き、もしこのまま走り出しても絶対に振り落とされないように……、


そんなジャニスをモフモフとした毛足の長い銀狼の体毛が包み込み、取り込まれていくように埋もれながら、彼女は充たされる安心感で一杯になって……夢の中へと落ちていった。







……その夢の中で彼女は、一頭の雌犬になっていた。その雌犬は森で出会った大きな狼を慕い、必死になって追い続け、そしていつしか……願い叶って(つがい)になり仔犬を産む。


それはまるで、これまでの……そしてこれからの二人の過去、現在そして未来を暗示しているようで……彼女は今までにない幸福感に包まれながら、夢の世界、そして【銀狼の世界】から無意識の内に……





……離れていったのだが、夢幻の世界から現世へと戻る際、自らとセイムスを追い掛けるように、小さな気配が二人の周りをグルグルと巡りながら付いて来る気がしたが、害意は感じられなかったので放っておくことにした……。





✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳







「…………ふあぁっ!!毛皮に包まれて窒息するかと思ったッ!!……あ、あれ?」


……ガバッ、と身を起こして声を上げたジャニスは、傍らで苦笑いしつつ、最低の寝起きを披露した彼女を眺めるセイムスに気付き、赤くなりながら抱き付いて、


「……もぅ……先に起きてたなら、起こしてくれてもいいじゃないの……」


と、思わず口にしてしまい、更に恥ずかしくなったが、そんなジャニスをしっかりと抱き留めながら、


「……いや、嬉しそうに眠ってたし、可愛い寝顔を見てたら起こせなくてさ……」


と、本音丸出しで惚気られ、益々顔を赤らめて……いたけれど、




「……うん、まぁ……恋人同士の熱い様子を振り撒くのは構わないんですけど……取り合えず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、程々にして欲しいんですけどね~?」


二人に枕にされていたカミラは、それでも彼女なりの寛容さはあるようで、慌てて飛び退くジャニスと、彼女と共に身を引いたセイムス両者を振り落とすようなことはしませんでした。



予定ではあと二話で完結するつもりですが、宜しくお願い致します。

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