「馬上のジャニス」
馬に乗る描写を書きたくなりました。ご参考になるかは判りません。もし相違が御座いましたらお知らせくださいませ(乗馬経験は無い)。
身を屈めて馬に身を任せる。仕事に因っては早馬に身を預けて一日で数十里を駆け抜けることもあった。
……シム……私が駆け付けるまで……私が知ってるシムのままで居て……
もし、私の知らない別の何かになっていたらその時は……、
……一緒に付き合ってあげるよ?……最期まで。
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《……ジャニスちゃん、今は取り込み中ではないよね?》
「ひゃいっ!?……あ、こっちか……あー、ちょっと待っていてくださいよ~」
ジャニスは森人種の姿のまま、ニケとの面会を済ませて店から立ち去ろうとしていたが、そんな時に手荷物の中から聞き馴染んだ声が上がり思わずうわずった声を出してしまう。
「はいっ!今は別に大丈夫ですよ?」
掌に載せた小さな水晶球に話し掛けると、やや震えたかと思うとカミラの声が聞こえてくる。
《……そう……よかった。……いいこと?今から言うことを良く聞いて頂戴……》
いつもの気楽な口調は鳴りを潜め、抑揚の少ない声にジャニスは眉を寄せる。何か問題があったのだろうか?暫くの沈黙が過ぎた後、カミラはゆっくりと話し出した。
《…………セイムス君は、【銀狼の呪い】のせいで……まぁ……おっきな犬に成ってるわ……モフモフよ、ホント……あ、結構いいかも?》
「……あの、話が全然判らないんですが……」
《あのね?……疲れちゃって……ついウトウトしちゃって……彼のお腹の上にボフッ、ってなっちゃって……あ~、この規則的な動きが……いや、これは……あ、違うそうじゃなくて……ジャニスちゃん、急いで戻って……あー、癒されるわぁ……》
そこまで言葉が続いたものの、カミラの声はそこで途絶えて沈黙してしまった。
「うわぁ!気になるっ!!【ギンローのノロイ】って何なの!?剣聖の呪いと違うの!?こーしちゃ居られないっ!!」
荷物をむんずと掴むと水晶球を投げ入れて店の外に飛び出すと、待機していた狐鉄とリューマが驚きながらジャニスの姿を認め、
「おっ?どうしたジャニ坊、何か問題があったか?」
「……慌てて出てきたが……ニケとやらは随分前にあそこの《牛と牧童亭》に入ったが……」
二人はそう言いながら彼女を迎えたが、当の本人は意に介さず急ぎ足で街の外れへと向かう。早馬を調達するには街外れにある馬停めまで行かなければならない。向かう途中で二人に説明すると、慌てるジャニスの様子に剣呑なものを感じ取った二人は彼女に従い付いてきた。
「……えと、早馬を借りたいんです!……こ、これでいいですか……ッ?」
「やれやれ……野暮なことするなって……その宝玉じゃ早馬ごときとは釣り合う訳がないだろうがよ……」
手荷物から革袋を取り出そうとしたジャニスの手を制し、狐鉄の手に握られた貨幣が馬丁の手に渡される。
「ち、ちょっと待ってよ!?これは……何のつもり!?」
「バーカかお前は……早馬に乗れる位はお前が鼻くその頃から見てた俺がよーく知ってるさ。そして身が軽いお前の方が中央都市に早く着く。だったら俺の分も合わせて選んだ方が速い奴を使える。ほら、こいつで悪くないだろ?」
言いながら馬の管理をしている男に合図をし、繋がれた馬の中でも最も精悍で身の均整の取れた見惚れるような黒毛馬に鞍を載せさせる。
「……そ、それはそうだけど……リューマさんも……」
「やれやれ……俺は最初から早馬に乗るつもりはない。この図体では馬を潰しかねないからな……」
リューマも同意見らしく、腕組みしながら馬上の人となったジャニスに手を振りながら、
「……それだけだ。それでは【武運長久】を……ほら行ってこい!」
彼が景気付けに馬の尻を軽く叩くと、《言われんでも判っているって》と言わんばかりに嘶きながら黒毛馬は一気に街の外へと走り去っていく。
「……それにしても、狐鉄も中々に語るではないか?」
「……うるせぇ、妹分の為だ……口煩いこともたまには言うこともあるってだけさ……」
ばつが悪いのか、小さな声でそう言いつつそっぽを向く狐鉄に、リューマは苦笑いしながら走り去る馬上のジャニスを見送った。
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馬上の人となったジャニスは、立ち乗りの姿勢で緩やかな孤を描く道に差し掛かり、曲がる方向に身体を屈め手綱を持つ手と脇を締め、馬に任せて速度を落とさずに見事な乗馬を成し遂げ走り続ける。
……もっと疾く、もっと速く!!
直線に差し掛かり、馬上のジャニスは頭を下げ、身を地面と水平にし風から身体を護りつつ黒毛馬に拍車を懸ける。今までよりも更に脚の回転を早めた馬は頭を真っ直ぐ伸ばし、並木の間に設けられた道を更に疾走していく。
カミラの言葉から詳しいことは判らなかったが、事は急を要するとだけは伝わった。もっと速く、もう少しでもいいから……翼が生えるなら生やしてもいい、何なら命が削られても、構わないから……。
膝を柔らかく曲げ、身体全体を使って馬からの動きを制御しながら一体になり、ジャニスと黒毛馬は風を切り裂いて木立を抜けて走り続ける。
次第に疲労が溜まり、手綱を握る手に力が入らなくなる。落馬の恐怖と戦いながらも彼女は速度を緩めない。黒毛馬も彼女の鬼気迫る様子に後押しされたのか、粗い息を吐きながらも脚を緩めはしなかった。
それだけの速さを維持していたものの、相当に優秀な馬だったのか脚裁きを乱すことも無く、朝から走り続けた馬とジャニスは、一度だけ川で喉を潤す時のみ停まることも無く、中央都市の馬停めに辿り着いたのは夕暮れ前の頃であった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとね……ホント……ありがとう……」
ブルル……と、鼻を鳴らしながらも全身から湯気を立てる黒毛馬の迫力に気圧された馬丁に引かれながら、ジャニスは泣きそうになりながらたてがみを撫でて労うと、首を廻して彼女の手に頭を擦り付け、【まぁ、気にするなよ】とでも言いたげに尻尾を振り回した。
ちなみに作者はバイクの立ち乗りは上手でした。誰得?それでは最終章をゆっくりと進めて参ります。




