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決戦の時

二人は遂に剣を交えて戦うことになりました。



 しとしと、と降り続く雨、そして大地の冷気を運ぶ風。大気は(うね)り彼女の頬を撫でながら髪を掻き上げる。


ジャニスにとっては何十回も繰り返してきた決闘の時。そして相手にはこの世で最後となる瞬間を迎える時であったが、初めて彼女は恐れを抱いていた。

自らの手で刈り取って来た命の飛沫が足元で渦巻き、彼女を飲み込もうととぐろを巻いて鎌首を揚げて待ち受ける幻視すら見えそうだった。


だが、彼女は挫け震えそうになる膝を叩き、自らに無理やり活を入れる。

それは葬ってきた魂に対する訣別であり、命のやり取りに明け暮れて来た彼女なりの礼儀であった。


……御免なさい。でも、私は死にたくない。だって……死んだらあの時の……父親が殺した相手と同じになっちゃうから。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……互いに真剣を用いて勝負に(のぞ)み、相手が敗けを認めるか命を落としたら勝負は決まる。……引き分けは()()()()()()()()()()()……良いか?」


相手の見届け人の屈強な男がジャニスの剣を取り出しては検分し、毒や麻痺薬が塗られていないか調べては手離し、それをニケが受け取って細工の有無を確かめてからジャニスへと手渡す。


十二本の武器を全て検分した彼は半ば呆れながらニケに向かって、


「……いつもこうして持ち歩いているのか?」


「そんな訳ないでしょ?東方の伝説的な武将じゃないんだから……」


そんなやり取りを経て、ジャニスは愛用の木箱にそれらを納め、定位置まで進む。襟元の剃刀と下着と上着の間に忍ばせた針金は隠し通せたけれど、きっと使わずに終わるだろう。そんな小細工の通用する生半可な相手じゃない。


ジャニスは顔を隠す為に巻き付けていた粗く編んだ布を着けたまま、相手の【剣聖】を見つめて分析する。

背は自分と大差なく、普人種にしては小柄な方だろう。腰に回したベルトに取り付けた鞘に、片手剣を納め左腕に肘まである全身鎧用の頑丈な護手を装着し、肩幅と同じ程度に足を広げた姿勢を維持し、微動だにしない。


だが、その身体から滲み出す即応せんとする気迫は彼女を包み込み、百戦錬磨と讃えられた筈の自分が縮み上がるのを感じていた。しかし、彼女とて大陸に【邪剣】在りき、と畏れられた異能の剣客だからこそ……容易くへし折れる訳にはいかなかった。


若干離れた自らの立ち位置に陣取ると木箱の蓋を開け、中に納められた数々の刃物を取り出しては一本、また取り出しては一本、と周囲に散らし刺し置いていく。そうして剣や刃物による結界を作り上げた後、彼女も相手同様に即座に動けるように構える。



雨粒は次第に大きくなり、向かい合う二人の衣服は重みを増していったが集中すべき事は、相手の一挙手一投足であり……如何に振るい、如何に斬るか、である。相手の中心を見据えて視野を広く捉える。すると手足の微細な動きも手に取るように把握出来ていく。指先の僅かな動きまで感知し尽くし……、



「「……始めッ!!」」


……ゴッ、と身体を包み込む大気が重さを増し、更に液体化して身体に抵抗感を受けるが気にしない。これは極度の集中力による一種の幻体験……まさか突然、大気が液状化する訳がないのだ。だが、彼女が会得した極致の世界にもう一人も到達していた。言うまでもなく眼前の【剣聖】である。


重圧下のねっとりとした大気を掻き分けて進む彼女と同様に、ゆっくりと、しかし確実に歩を進め近付く【剣聖】。その眼はしっかりと彼女を捉え、自分と引き合うように距離を縮めて来る。緊張感から忘れていた呼吸を再開し、濡れた生地に妨げられて一瞬だけ意識が霧散しかけたが、まだ重圧下の世界に居られた。降り注ぐ雨粒がゆっくりと落下し、突き進む【剣聖】が振り上げた片手剣がゆっくりと振り下ろされ、宙に浮かぶ雨粒を次々に両断しながら近付くことすら、ゆっくりと感じる程……、


……今だ。


頭の中の自分が告げた瞬間、世界が爆発的に加速していく。振り下ろされる片手剣が彼女の隠蔽布を切り裂きながら頬を掠めるが、その時を待ちわびていた彼女にしてみれば正に……千載一遇の時だった。振り抜き易い五指剣を掴んだジャニスは踊るように身体を回転させながら、真下から【剣聖】を切り上げて一気に


ぎいいいぃぃんっ!!!


必殺の切っ先が相手の下腹部に到達する寸前、視線を掻い潜り死角を衝く斬撃が相手の護手に阻まれて激しく火花を散らしながら抜けていく。それは間違いなく見えていない角度の筈なのに、相手は苦もなく逸らしたのだ。だが不思議と焦りはなく、当然の結果だと受け入れていた。何故ならば相手の振り下ろした片手剣とて、常人には知覚し切れない瞬速の一閃だったからだ。


掻い潜った片手剣により、はらりと布が地に落ちる。自らの顔が露になった瞬間、【剣聖】の表情に変化が見えた。それは下衆な連中が、程好く踏み締められそうな弱々しい花を見つけた瞬間の下卑た笑い方……には程遠い、戦鬼羅刹の世界に住まう者とは思えないような……困惑だった。



「……驚いたな……【邪剣】がまさか……可愛い女の子だったなんて……」

「……ッ!?ふ、ふざけないで!!……女の子なんてバカにされる歳じゃないわよ!!」

「え……!?だ、だって可愛いじゃん……間違ってないぞ?」

「っ!!また……くうううぅ~ッ!!」


剣聖と邪剣はその瞬間、セイムスとジャニスになった。



雨が次第に弱くなり、足元がぬかるむ前の好機に不意に訪れた言い合いは、立ち会っていた見届け人の二人を、派手にずっこけさせる威力を有していたのだ……。


「……ジャニスがバカみたいにムキになって言い返してるわ……珍しい!」


「あの剣バカが……俺、初めて奴が異性を知覚(ナンパ)する所を見たんじゃないか!?」


二人は互いにそう言いながら、苦笑しつつ顔を見合わせていた。それはまるで、見合いの席で起きたハプニングに同席した、不運な親族といった立ち位置のようだったが。



過去はこうして少しづつ語られていきます。続きもやっぱり少しづつ。

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