【剣聖の呪い】
新章に入ります。
セイムスが上級地下迷宮へ行ける許可を貰いました。
あれから一ヶ月。時々二人で出掛けたり、ご近所さんと出掛けたりしたけれど、それ以外は毎日休むこと無く討伐者としての義務を果たす彼だったから、あっと言う間に初級から中級へと進み、そして上級へ。
……でも、そんなの普通じゃないって、みんなが心配してる。何年もかけて進む道程を、全力疾走で突き進んでいるんだし、でもそれって……沢山魔物を殺して殺して成し遂げたってことで、つまり……そんなことなんだよね?
……シム、お願いだから、私の知ってる優しいシムで居てよ……
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猛烈な熱風が耳元を掠め、チリチリと髪の毛の先を灰へと帰す。
ブレスを吐き終えた敵は鼻から黒煙を吐き出しつつ、彼の動きを目で追うが見失い首を巡らす。がら空きの顎目掛けて死角になった真下から白刃を煌めかせ突き上げて、脳天まで一気に貫き通す。
刃先に伝わる頭蓋の固さを無視し、肩に載せた刃を渾身の力で引き降ろす。だばだばと血を全身に浴びながら容赦なく股下まで切り裂き素早くその場から跳び下がると、相手は臓物を床へ撒き散らしながら崩れ落ち、絶命した。
「……容赦ねぇなぁ……そいつ、頭を割られてとっくにくたばってたんじゃないか?」
後からやって来た、真っ白なゴーレムのイー達を引き連れたドルクが表情を曇らせながら、巨大な蜥蜴の魔物の前に立ち、検分を進める。
「……【灰喰らい】の成体……中級じゃパーティー編成で相手しても苦戦する強者だぜ?そいつに真っ正面から斬り込んで瞬殺って……無茶するにも程があるって……」
頭と尻尾の両方が極端に短く太いその魔物は、火の精霊をふんだんに身に取り込んだ難敵で、口から放射する青い炎は吹き出す距離も、そして噴射する時間も異様に長い。その為、通常ならば遠距離から牽制し、手足を狙って攻撃し倒すのがセオリーなのだが、セイムスは遮蔽物のない一本道の地下迷宮にも関わらず、ブレスを吐く直前に壁を蹴って天井まで跳び、そして相手の死角へと身を潜めた後、一気に斬り掛かったのだ。
「……相手は首の太い魔物だったから、素早く振り向いたり出来ないと思って……そんなに危なかったかい?」
着地の寸前に止んだブレスで焦がした前髪を手で払い、事も無げに言い放つセイムスに、腕組みしたまま苦渋の表情でイー達を促しつつ、ドルクはやれやれ……と言いたげな体で、
「まぁ、戦ったアンタがそう言うんだ、俺はこれ以上言わん。……だが、ずーっとこんな調子じゃ……そのうち戻れなくなっちまうぞ?」
「……まだ潜ったばっかりですよ?全然余裕ですから」
セイムスは笑顔で答えてドルクの心配は杞憂だと打ち消そうとしたが、その後の言葉を聞いて一瞬で表情を強張らせる。
「……違うってんだよ!!お前さん、そんな無茶ばっかり続けて人間らしさまで失って……戦闘倒錯者になっちまったら……いつか愛しの嫁さんまで斬り殺しかねないんだぞ?」
そう言われたセイムスは、ゆっくりと頭の中で言葉を一つ一つ精査していく。
……人間らしさ……?強くなったから人間らしいんじゃないか?じゃ、愛しの嫁さんって…………?
そう思った瞬間、彼は護手の無い右の拳をありったけの力を籠めて、地下迷宮の壁に叩き付けた。
……ビキッ、と拳と壁から鈍い音が上がり、鮮血が壁に飛び散る。だが壁にはひび割れが走り、その周囲から細かい飛沫がパラパラと音を立てて地面へと落下していった。
「そんなっ!!有り得ない!!……俺がジャニスのことを……一瞬でも忘れる筈が……そんな訳が!!」
破けた拳から血を滴らせながら、ギリギリと歯軋りしつつセイムスは繰り返し、やがてその場にへたりこむと力無く笑い出す。
「……あは、あははぁ……何なんだよ!……一体どうしたって言うんだよ……俺は……」
そのまま動かなくなるセイムスを暫く見ていたドルクは、無言のままイー達に命じて彼を地下迷宮から連れ出すと、世話の焼ける餓鬼じゃわい……と言いながら、討伐終了を告げる為に出口へと向かって引き返して行った。
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一瞬、その報せを聞いたジャニスは、大怪我でもして運ばれたのかと大慌てで待機所に駆け付けたのだが、受付に居たシャラザラードの言葉に安堵すると同時に、言い知れぬ不安を感じていた。
「ジャニスさん、セイムスは無事よ?……少なくとも身体だけはね……」
身体だけ無事!?もしかして何者かに心を乗っ取られて別人になっちゃったとか?……そしたら私だって判らなくなっちゃってとか?……イヤよ、そんなの!!
そう思うと居ても立っても居られなくなり、彼女からセイムスが居ると聞いてやって来た医務所には、彼が寝かされているとおぼしいベッドの周りに何人かの救護担当員と、そんな場所には少しだけ場違いな鉱人種が腕組みしながら傍に立っていた。
「……何だ?ここはアンタみたいな別嬪サンが来るようなトコじゃあ……あん?」
言葉を途切れさせた彼は暫くジャニスの姿をしげしげと眺めて、一瞬沈黙した後、
「……イヌ耳……?ってーことは、アンタがコイツの嫁さんって奴か!!いやはやしょっちゅう聞いてたが、こりゃまたエライ美人じゃねーか!!コイツには勿体無い位だぜ!!」
表情を一変させて破顔するや否や、ガハハと笑いながらジャニスに近付きバシバシと背中を叩きつつ、
「いやぁ~コイツに討伐の合間の度にいつもいつも聞かされててな!お陰で一目で直ぐ判ったぞ?やっぱり百聞は一見に何とかだな!!」
「あ……それはどうもはじめまして……って、今はそうじゃないんです!シムは……セイムスは大丈夫なんですか!?」
話の流れから丁寧に御辞儀をしてから、慌ててセイムスの様子を見ようと身を乗り出すと、ベッドに横たわる彼の姿が目に入りホッとしたものの、何か様子がおかしい……青白い顔で横たわったまま天井を凝視しつつ、何かを繰り返し呟いている。
「シム!シム……私よ?ジャムよ!?大丈夫!?」
「……誰……俺のことを……呼ぶの……?」
焦点の合わない眼がジャニスを捉えて暫く後、顔に血の気が戻っていき、そしてガバッとベッドから飛び起きたセイムスはジャニスに詰め寄り、
「……あ、あぁ……助けて……【剣聖の呪い】に喰い殺される……ッ!!」
そう叫びながら彼女に抱き付き、そのまま意識を失ってしまった。
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「……俺も色んな奴を見てきたが……コイツみたいなのはたまーに居るんだよ、何せ物騒な稼業だからな……心を食われちまうことも良くあるってことよ……」
救護担当員は、もし目覚めて暴れるようなことがあるなら知らせてくれ、と言い残して詰所に戻ったので、今は横たわるセイムスと、彼に付き添うジャニス、そして何故かその場に残ったドルクが居た。
そのドルクは腕組みしたまま、時折手にしたスキットルから液体(酒?)を口にしつつ、そう言葉を繋いだ後、暫く虚空に視線をさ迷わせてから、
「……【剣聖の呪い】、って言ってたが……姐ちゃん、何か知ってるかい」
「え?いや……彼が剣聖だったのは事実……あ!いや……その、私は……」
「心配すんなって……俺はコイツを賞金首として売ったり狩ったりしやしねぇさ。それはそうと、アンタは聞かなかったのか?コイツが初めての時、とんでもない大立ち回りした話はよ?」
只で強くなれる訳は有りません。代償の無い力は存在しないのです。そして、物語はまた、ゆっくりと動き出します。




