浜辺の情景……そして、
特別編最終話です。あれ?二話程度で終わる予定だったのに……。ジャニスとセイムスはどんなバカンスを過ごすのでしょうか?
……地下迷宮とは、様々な目的に沿って何者かが作り上げる迷路、または迷路の集合体である。時にはその空間特有の生態系や景色が広がっていることも有るには有るのだが、大抵は無機質な岩盤を掘り抜いて作り上げるものである。まぁ、誰が作っているのかは判らないが、何らかの目的を持って製作されているに違いない。
ならば、この地下迷宮の存在理由は明らかである。三ヶ月のみ出現し、ただその場に顕現し、期日が過ぎれば消滅してしまう。つまり、ただ現れて、存在し、消えていくのみ。
だからこそ、我々はこの地下迷宮を攻略したりはせず、ただ現れるに任せ、消えていく時は静かに見守るのみである。
シャラザラード・ネクタリス
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「いいぃっやっほぉ~おぃ!!うううぅ~みいいいぃ~♪」
ザザザザザザザザッ、と驚く程の素早さで砂浜を横切り波打ち際まで一気に到達したカミラは、そのままの勢いを維持したまま海の中へと綺麗に飛び込んで行った。
……そして、約一分程経過した後、やおら海面へと派手に姿を現したカミラは興奮しながら息継ぎをし、
「……ぷっふぁ~あッ!!凄いっ!!みんなも潜ってみなさいよ!……これ、完全に海の中よ!!魚も貝も海草も……ぜーんぶ、ホ・ン・モ・ノ!」
彼女の言葉に半信半疑のセイムスだったが、言われるままに水着(まぁあんな感じのバミューダパンツだ、判るでしょう……)姿で水中へと潜ると……そこは美しい姿と色の魚達が泳ぎ、波に踊る海草が舞い……それらは全て本物?……いや、そうとしか思えない。
海面に上がれば口に入る水は当然ながら塩辛く、疑う余地もない。……もし、地下水脈等を利用して塩分を添加したのならば ……いや、そんなことをする必要がどこにあるのだろうか?
海から上がり、波打ち際までやって来たセイムスは、視界の奥に動く人影を見つけ、警戒すべくジャニスを探すと、
「シム!向こうから人が来る!!」
彼女の方も別の誰かを見つけたようで、セイムスの元へと駆けて来たのだが、双方とも明確な危険は全く感じなかった。否、それどころか……、
「キャ~ッ♪もっともっと~!!」
「ナノばっかりずるいよ~!こんどはぼくのばんだよ~!!」
うん、見たことのない女性と楽しそうに水遊びをしているもふもふな二人が居て、
「……セイムス君、うちの子供達なら心配要らないよ?危険を感じたらその場から即座に逃げるように言ってあるからね。見た通り、何もないさ……」
「ジャニスさん、こっち来て横にならな~い?あぁ……お日様が気持ちいいわよ~♪」
……何故か安楽椅子に横たわりながら、飲み物を片手に寛ぐアラミド夫妻……って、それは何処で手に入れたんですか?
馴染み過ぎてる二人を尻目に、セイムスとジャニスは目下の懸念を解消すべく、一番近くに佇む者に声を掛けた。
「あ、あの……ここはどこですか?」
「ハイ!こちらにいらっしゃるのは初めてですね?私はこちらのリゾートダンジョン【常夏の楽園】の専属ゴーレム、シャルル・ハラルと言います!」
…………はい?
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……カシュカシュカシュシュ……キンッ。……とぽぽぽっ。
……ことん、とコースターに載せられたミント・ジュレップは、キチンと青々としたアップルミントが涼しげに何枚も重なり合い、霜の付いた銅製のゴブレットの上にこれでもか、と溢れている。
その琥珀色の液体を飲んだセイムスは、シャルルの確かな腕に驚嘆してから、彼女が本当にゴーレムなのかを見極めようと目を凝らしたのだが……、
「……セイムスさん、私は何処から見てもちゃんとゴーレムなんですよ?御心配なく!」
いや、心配とかじゃなくて……と口ごもる彼を尻目に、ジャニスは彼女なりの方法でセイムスとの距離を保とうとしていた。
「あの……ジャム……君は何で俺の膝の上に座ってるんですか?」
「……監視……そして……私の柔らかな様々な箇所をじっくりと堪能してもらいたくて……馳せ参じましたっ!!」
様々な理由があったにせよ、彼女は目の前のシャルルにセイムスを取られまい!とガルル……していたのだ。
「美しい方ですね!そちらは旦那様の奥方ですか?此方でご用意した水着がとてもお似合いです♪」
屈託なく微笑みながら、シャルルはジャニスを褒め称え、そして彼女も満更でもないようで、……奥方!?……そ、そう?ちょっと大胆過ぎたかな、って思ってたんだけど……?と呟く彼女はシャルルを敵視することは止めていた。現金なもんである。
「そう、あなたゴーレムだって言ってたけど……それじゃ、ダンジョンが埋もれて居る時はどうしてるの?」
「……その質問には答えられません……禁じられています」
先程までの明るく弾む声から一転し、抑揚の無い声でシャルルは答える。
シャルルは特殊なゴーレムのようだ。まず、見た目は完全に人間である。それは金色の髪の毛と睫毛そして薄桃色の唇に至るまで……何処から見ても、やっぱりゴーレム等には見えない。
通常のゴーレムは、粘土等の無機質な素材で形造られて、彼女のような滑らかな動きなど一切出来ない。複雑な命令は出来ず、「此処を通ろうとする者を攻撃しろ」程度の単純で簡単な事しか出来ないのだ。
「あ、皆さん冷たい物は如何ですか?……【悠久の氷河を渡る風よ、その吐息で全ての物を等しく凍らせ賜え】……アイス・ウィンドゥ!」
手の中に包み込んだ、魔導の呪式を施した容器が一瞬震えた後、あっという間に霜が付き、
「さーて、この中身をこちらに移して……よいしょっ!」
傍らに置かれた機械の中にカラカラ……と出来上がった氷を入れ、蓋をしてからハンドルをよいしょよいしょ、と言いながら廻すと……、
「うわぁ~!ナノ!ゆきが出てきたよ~!」
「うん!しゅごいねぇ~!ゆきがでてきたねぇ~♪」
機械の下に置かれた器へと、フワフワとした白い雪が降り積もって山になり、そこへシャルルが黄色や赤の液体を掛け廻して、見ていた子供達に手渡す。
「さ~!溶けないうちに食べてみてくださいな!特製のかき氷です!」
手渡されたスプーンで掬って口の中へ差し込むと……果物の香りと、堪らない程の甘さが口一杯に広がったかと思うと、冷たい刺激で頭の芯が痺れるような錯覚になるものの、あっという間に消えて無くなってしまう。
「つっめたいぃ~!でもおいしいよ!」
「きゃ~♪ナノ、こんなのはじめてたびた!!」
笑顔でしゃくしゃくと食べ進める二人に倣い、ジャニスも受け取り一口食べてみる。その一口は鮮烈な甘さと冷たさを一瞬で口の中一杯に広げながら、やはり速やかに消えて無くなってしまう。
もう一口、もう一口……と、夢中で食べ進めると不意に眉間がきぃーん、と痛くなり、思わず声にならない悲鳴をあげそうになるが、
「あー、あまり急いで食べると頭、痛くなりますよ?落ち着いて、少しづつ食べてくださいね?」
言われて暫し休んでいると、痛みは引いていき、成る程そう言う物なのか、と納得して傍らを見ると、
「うおおぉ~っ!きぃーん、とするなぁ!」
「おいひぃー!……で、でも……きぃーん、ってする!」
「あひぃ~♪ちべたいっ!!……うふぅ……きぃーん!ってなった!」
「……痛いなぁ……」
大人の四人もやっぱり眉間をしかめながら食べている姿に、ジャニスは思わず笑ってしまったのでした。
「……ふふふ♪……シム!それ、何の味がするの?」
「えっ?…………レモン、かな?」
だったら交換っこね、と言いながらジャニスは彼の器と取り替えて食べてみる。そのかき氷はキリッとした果汁の酸味と、柔らかな蜜の甘味が十分感じられて、彼女は嬉しくなる。そうして波打ち際の暑さを忘れられる冷たいものを堪能していると、あっという間に辺りは夕暮れに包まれていった……。
「ねぇ、ここって陽の光があったり、風が吹いたりしてるけど……どうなってるの?」
「ここは、現実にある空間を切り取って封印しているので、陽の光も風もそのまま運ばれてきます!ただ、生き物等は結界に阻まれてやって来れませんが……」
カミラの疑問にサラリと答えるシャルルの言葉は真実なのだろうが、それを聞く彼女の胸中は複雑だった。シャルル達ゴーレムは、疑似生物なのかもしれないが、自分達のような来訪者が居なければ永遠に止まった時を過ごさなければならないのだ。訪れる人間が来るまで、ただひたすら朝と夜を繰り返し、繰り返し……。
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シャルルに今夜は泊まっていくべきです!と強く勧められ、一同はその言葉に甘えることにした。
彼女以外のゴーレム達も一同の給仕に当たり、気がつけば長いテーブルに海の幸が並び、鮮やかな手並みで取り分けられては配られていく。
「……っ!?……これ、塩とスパイスだけなのよね……魚って、こんなに甘味あるものかしら……」
「えぇ!塩と卵白を混ぜて魚に被せて、オーブンで焼き上げるだけですけど、ハーブの香りが移ってますから臭みもないでしょう?」
グラスは脇に付いた別のゴーレムに作り方を聞きながら食事を進め、見たことのない料理法に眼を輝かせていた。
「凄いね……この人達……人間じゃないのに、笑ったり困ったり……ゴーレムだって言われなきゃ、見過ごしちゃうけど」
ジャニスは黄金色のペールエールを飲みつつ、各々のテーブルを動き回る彼等の姿を眺めながら何となく呟く。
「たぶん、ここは古王国時代から封印されて各所を転々と回っていたダンジョンなんだろうね……主はとうに滅んだのに、彼等はこうやって今も……」
そこまで言ったセイムスの唇を、人差し指で塞ぎながらジャニスはただ、一言……。
「ねぇ、セイムス…………今夜はみんな、別々の場所で寝るそうですよ?」
各々に宛がわれたコテージに向かうセイムスとジャニスは、どちらからともなく手を繋ぎながら中へと入り、扉を閉める。
中は綺麗に手入れが行き届いた寝室と居間の二部屋、そしてバルコニーからは夜空と海が一望出来るようだ。
先に水瓶の程好い温度の真水で身体を清めたジャニスは、バルコニーの椅子に腰掛けて、キャビネットから持ち出した蜂蜜酒を氷を満たしたグラスへと注ぎ、一口飲む。
思った以上の度数が有ったからか、くらり、としたものの、慣れてしまえば上品な口当たりと優しい甘味もあり、ゆったりとした気分に浸っていく。
「あ、それ何?氷もあるんだね……ホント、王公貴族も顔負けの贅沢三昧だなぁ」
そう言いながら、用意されていたタオルで頭を拭きながらバルコニーにやって来たセイムスに、同じ蜂蜜酒が入ったグラスを差し出して、
「……王公貴族の贅沢より、今夜は……ここの特等席でしょう!?」
すっかり酔いの回ったジャニスは傍らの椅子をボスボスと叩きながら、さぁ座れ!と目で促す。
「じゃあ、とりあえず……乾杯!」
「……うん、乾杯!」
カチン、とグラスを重ねた二人は、色々な話を始めた。セイムスは両親が健在だった幼い頃のことを、ジャニスは早く亡くした母の思い出、嫌いだった父のことを。
二人はグラスを傾けてはお互いに満たし、また傾けて……、
セイムスは二親を亡くした後、引き取られた騎士団長の元での暮らしのこと、ジャニスは失踪した父の代わりに親代わりになってくれた姉のニケのことを……。
そうしてとりとめ無く話していた二人だったが、不意に話が途切れた瞬間、ジャニスはセイムスの手を取り、無言で寝室へと誘い、
「…………シム……私達、夫婦なんだから……」
……その夜、二人は真の意味で詐りの夫婦から、本当の夫婦へと為った。
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翌朝、それぞれのコテージから朝食の為に集まってきた一同は、大きな建物で同じテーブルに付いたのだけれども……、
……セイムスとジャニスの様子が、何となくぎこちない。
「……それ、取ってくれない?」
「……ふぁ?……う、うん……はい、どうぞ!」
スプーンを受け取るセイムスの指先が掌に触った瞬間、
「……ぅん……あ、シム……これ、食べない?美味しいよ?」
何か妙な雰囲気を醸す二人に、カミラを筆頭にひそひそと……、
「……これは、あからさまですね!」
「即座に感じ取れます!昨日とは違う二人です!」
こうして一行は後ろ髪を引かれながらシャルルと別れて、地下迷宮から地上へと戻ることとなったのでした。
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その後、一行は地上へと舞い戻り、地下迷宮の報告書を纏めた。目ぼしい収穫もなく、有益な魔物も現れなかったことを伝えるセイムスだったが、シャラザラードはジャニスが装備を外して平凡な服装になっていたことを見逃さなかった。
【魔物も乏しく、新たな坑道としての魅力は無い】と評価されたそのダンジョンは、その後またいずれ現れるまで人々の記憶から失われることになるのだが……、
……何故か一部の者は、そのダンジョンの出現を心待ちにしている、とかいないとか……。
「シャラザラードさん、今年も【ト・コ・ナツ】が出現したらしいですよ?」
「な、何ですってーッ!!……一週間程、休みます……」
蜂蜜酒→ハニームーン→蜜月、つまりハネムーンの語源だそうです。次回からは通常編に戻ります。皆様よい夏休みを!




