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「ト・コ・ナツの地下迷宮(ダンジョン)」

やって参りました、ついにこの日が……構想五分、着稿二時間半……何故このような本筋と異なる話を投稿したのか、それは……!



 「……嘘でしょ?」


呆れたような表情でシャラザラードはそう呟くしかなかった。それはそうだ……セイムスが口にした内容は、誰が聞いても笑って聞き流しかねないものだったのだ。


「……それ、【ダンジョン五人小人二人】じゃなくて、【男女五人子供二人】って意味じゃないんですか?」


言われて最初は冗談半分で聞き流しかけたのだが、現場で分析に参加したシャラザラードはその内容を笑い飛ばす気にはなれなかった。

何故ならば、扉に掛けられた封印の呪式は明らかに扉の前に立つ者の人数に何らかの反応を示し、波打つように弱々しくながらも変化していたのだ。

だからこそ、並ぶ人数を七人として、様々な種族の組み合わせを試してみたのだが……流石にその場には子供は居合わせなかった。


その後、セイムスから幾つかの提案を聞き、「無理はしない、同行者を怪我させるような状況ならば即時撤退」を前提に人員選出を任せて、特別許可を与えたのだった。


……まさか、子供とはね。……でも、あの地下迷宮って一体誰が何の為に……?


独り悩むシャラザラードを残して会計を済ませたセイムスは、我が家へと戻りジャニスとアラミド一家、そしてカミラへと助力を要請したのである。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 「あらまぁ良くお似合いですわ!!……そりゃあ、まぁ……当然って言えば~当然、よねぇ……?」


嬉しそうに手を叩きながら、しかし、次の瞬間にはネットリとした視線で下から上へと舐めるように眺めつつ、シャラザラードは一応褒めた。


「そ、そんなに見つめないでくださいよぅ……女同士でもその……恥ずかしいよぅ……」


言われたジャニスはと言えば、恥ずかしげに太股を合わせつつモジモジしながら周囲からの視線に耐えていた。それはそうである。待機所から地下迷宮へと続く通路の前で、臨時討伐者として新しい地下迷宮へと赴く為には、その待機所にある大広間を抜けて行かなければならないのだ。


つまり……様々な種族、しかも大半が男性といった構成の討伐者の目の前を、羞恥極まりない格好で通過しなければならないのだ。


「……おい、見ろよあれ……すっげぇ!!」


「うわっ!!……可愛いな畜生……何なんだよっ!!尻尾の辺りが超ヤバい……」


「戦の女神様だ……ヴァルキュリア様だ……」


褒め称えているのか何なのか判らないが、彼女の姿に釘付けになっていることは間違いない。称賛と羨望を呟く声が波のように広がり、ざわめく中を真っ赤になりながら俯いてジャニスは歩いた。セイムスの背中を掴みながら……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……さて、この先をあなた達が無事に通過出来るかは……正直、判らない」


珍しくシャラザラードが言葉を濁しながら、新しく口を開ける迷宮を指差す。そこは幾つかの入り口が並ぶ壁面に唐突に現れたらしく、(いびつ)な形で若干小さな洞窟のように、セイムスは腰を屈めなければ先を見ることは出来なかった。


「この先には一枚の扉が有り、そこからは……まだ未知のダンジョンが続いていると思われます。皆さんにはその先に何があるのか、確かめて来て頂ければそれで十分です。なにせ……」


そう言いながら足元を走り回るナノとカーボンを見て、ほんの少しだけ表情を和らげる。もふもふのちんちくりんが、キャッキャと言いながら四人の足を潜りつつ追っ掛けっこを繰り広げていたからである。


「……むふ♪……いやいや、エフン!……小さなお子さん達も同行するみたいですし……複雑な分岐等が有った際には、はぐれないように十分な注意を……?」


唐突に言葉を区切り、シャラザラードが足元を見ると、もふもふのちんちくりん二人が彼女の顔を見上げながら立っていた。そして、キラキラとした眩しい視線を照射しつつ満面の笑顔でこう言ったのだ。


「おねえさん!!カーボン、がんばってパパとママといっしょにいくよ!」


「おねーたん!!ナノねぇー、がんばってきゅるお!!」


「ああ……もふもふねぇ……ホントかわいい♪」


思わず抱き上げて、その二人のもふもふを目一杯堪能してしまったシャラザラードは、涙目になりながら、


「ああ……全世界を司る精霊そして守護者達よ……このカワイイもふもふ達を御守りくださいっ!!」


そう言いながら、彼等の無事な帰りを叶える為に、有らん限りの魔力を尽くして身体強化を重ね掛けしたのだった……カーボンとナノの二人に。


「……シム、シャラザラードさん、なんか魔法みたいなの、子供達にだけ掛けてない?」


「……まぁ、いいんじゃないの?」


可愛らしい二人を抱き抱えながら、まるで慈母の如く微笑むシャラザラードの姿を見つつ、ジャニスとセイムスは新しい地下迷宮へと向かって歩き出したのでした。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



入り口は狭かったものの、その先は意外に広くなっていて、七人は楽に立ち歩きながら目的の扉の前に立っていた。


「ふむ……確かにこれは古王国文字……だね。【ト・コ・ナツ】か……どんな意味なのか……ガーディアンの名称か何か……じゃ、なさそうだね」


アラミドはそう言いながら、扉の表面に掛けられたプレートを指でなぞりつつ、検分を続けている。そしてグラスも慣れた手つきで扉と壁の接合部を針金でなぞり、罠等が無いか調べている。


「ふああぁ……ん、失礼……でも、重ね重ね言うけど……私はこーゆーの苦手よ?荒事は御断りですからね?」


対してカミラは欠伸をして尻尾の先を揺らしながら、壁をサッサと掌で払ってから背中を付け、彼等の行動を眺めつつ頭の後ろで手を組んだ。


「申し訳ないとは思ってますが……何せこうしたことを急にお願い出来る人が、カミラさんしか居なくて……リューマさんは奥さんに付きっきりだし……」


どうやら臨月近し、となったようで、リューマ一家は今回は不参加である。前人未到の地下迷宮となれば、必ず参加するであろう彼等の穴を埋めるべく呼ばれた彼女は、しかし余り乗り気ではなかった。それはそうである。カミラは自他共に認めるインドア派なのだから。


「……っ!?セイムス、何か……始まるぞ!!」


アラミドの声に全員が注視する中、扉が軋みをあげながら開き始める。重々しい音を響かせながら、ゆっくりとこちら側へと独りでに動く扉……。


薄暗い向こう側から白い蒸気が噴き出す中、意を決してその先へと踏み入れるセイムスは……巨大な何かがゆっくりと動き出す気配を感じ、腰に提げた愛剣を抜きながら前へと進む。


「……魔物……か?」


次第に暗さに慣れてきた眼が捉えたのは、菱形の巨体を立ち上がらせる……、


「……カニ?」


……一対の巨大な鋏を掲げた……蟹であった。



「ジャイアント・クラブ……ですか」


流石に経験の違いは如実に出るようで、アラミドは自らの不得手な相手と悟り、防御優先を狙ってか両手の短剣を構えつつ、じりじりと後退する。


対してセイムスは自らの武器、そして手腕に自信はあったものの、未知の相手に戸惑い少しだけ歩める速度を落としたのだが、



「……先手必勝っ!!」


叫びながら猛烈に低い姿勢のまま、矢のように飛び出すジャニスの姿に、苦笑いしながらセイムスは自らのギアを一段上げた。


「かに!!かに!!ママ、あれたべられそう?」

「ちょっきんされないでね!シムおにーちゃん!!」

「うーん、どうかなぁ……あんまり大きいと、大味で美味しくなかったりしないかな?」


子供達の前に立ち、アラミドと同様に防御態勢を取るグラスの後ろで……、


「……私、尚更出番ないですよ~?幻術は知能の無い人工生物と、反射反応だけで生きる生物には効果ないですからね~っ!!」


その気になれば、壁にでも擬態することも出来るにも関わらず、普通に身を晒しつつ無責任発言をするカミラは、脳筋夫婦が上手くやっつけてくれることを祈るしかないようでした……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「ジャム!!あまり前に出過ぎないで!」


「シムもね!……でも、こんな武器で何処までやれるかなぁ……?」


いつものように左手を前に出しながら、相手の出方を窺うセイムスの横で、甲羅の強度を確認し後退したジャニスが構え直す。


彼女の武器は……セイムスと揃いのオリハルコン鍛造の……包丁なのだが、刃渡りと設え以外は彼の持つ短剣と同様の形をしていて、遠目から見れば夫婦剣を使っているようにも見えるのだが、相手の甲羅の厚さには間違いなく苦戦しそうであった。


「……しかし、さっきの一撃を見る限り……殻の分厚さだけはどうにもならなそうだな」


セイムスは先攻したジャニスの悩ましい後ろ姿を思い出しつつ、いや違うそうじゃないと思い直した。

彼女の鋭い一閃は見事に脚部を切り裂いたものの、表面に僅かな亀裂を残しただけに留まり、致命的な打撃には至っていなかった。

重量級のリューマならば或いは見事に、この場に居ないのだから仕方がない。


相性の悪い相手に苦戦を余儀無くされるかと思ったものの、彼とて場数はそれなりに踏んできた自負はある。手をこまねいて悪戯に時間をかけても埒は開かないだろう。ならば……多少は危険を冒してでも、打開策を見つけるしか無い。


「ジャム!悪いが暫くの間で構わない、あいつの動きを見たいから牽制してくれないか?」


「……判った、それじゃ……いくよっ!!」


ぐんっ、と再度姿勢を低くしながら踏み出したジャニスは、揺らめく液体のように飛び出し力強く跳躍し、瞬く間に相手の間合いへと踏み込む。


反射的に振り上げた鋏を振り下ろし、足元へと叩き付けるジャイアント・クラブの攻撃は虚しく空振りするが、彼女も相手への有効打は得られなかった。

一番の強度を誇るであろう鋏の表面を切り付けた彼女は、痺れるような衝撃に思わず得物を取り落としてしまいそうになるが、反対の手で掴み直しつつ振り降ろされた側へと素早く回り込む。


頭頂部から飛び出した眼球が彼女の動きに反応し、その巨体に似合わぬ俊敏さで身体を旋回させると、反対側の鋏が追い打ちを掛けるべく開かれながら彼女へと迫るが、


「そんな遅さじゃ捕まらないって!シムだったらさっさと私を捕まえちゃってるっての!」


減らず口を叩きながら鋏の上に手を載せると、軽やかに宙へと身を躍らせたジャニスは、そのままジャイアント・クラブの肩部に足を掛け、瞬時に眼球の片側を切り落として頭頂部を蹴り、セイムスの脇まで一気に駆け戻る。


「見て見てっ!あいつやっぱりカニそのもの!簡単に切り落とせたよ!って……やっぱり()()()()()()()()()……」


そう呟くジャニスが言う通り、残された片側の眼球を頭頂部の空間へと隠した相手は、ブクブクと泡を吹き出しながら二人の方へと突進してくる。


その場から二手に別れて回避したジャニスとセイムスは、それぞれ別れた方から相手の様子を窺ってみるが、眼球を切り落とされた側に居るセイムスの様子は見えていないようで、活路はそこにありそうだった。


ならば、と構え直しつつセイムスは敵の姿を視野に入れながら、ジャニスの動きに合わせて同時に打って出る方策を取るべく身構える。


「シム!……いち、に、の……さん!」


悟ったジャニスは合わせられるように声を掛けてから、派手に動いて注意を誘いながら突出していた脚部を派手に切り付ける。


動きと衝撃に反応し、ジャイアント・クラブは誘いに乗ってジャニスへと鋏を振り下ろすのだが、それこそがセイムスにとって最大の狙い目だった。

彼はジャニス同様に低い姿勢を取り、一段と速く動く為に力強く地を蹴る。


そして……ジャイアント・クラブの檻のような脚部の間をすり抜けると、頭上に胴が天井のようにある身体の真下へと到達し、


「カニだったら……ここが弱点だよなっ!!」


彼が狙ったのは薄い膜に覆われるのみの、関節の裏側……その乳白色の部分を次々と切り付けてから素早く足の間を潜り抜け、背部へと回り込む。


「ジャニス!今だっ!来いっ!!」


「えーっ!?……もーっ!!知らないわよっ!?」


彼が背部に手を掛けるのを見て、ジャニスは信じられないと呆れながらも、彼に倣って振り下ろされた鋏を踏み台にして……一気に跳躍し……、


甲羅の上で待ち構えるセイムスの腕の中へと飛び込んだ!!


ぼきぼきっ、と関節から痛々しい音を響かせながら、ジャイアント・クラブは二人の体重に耐え切れずに崩れ伏してしまう……。


「……無茶苦茶だなぁ……全く。でも、お見事と言うしかないね」


二人の息の合った奇想天外な闘い方に呆れつつ、しかし賞賛するアラミドと、


「やっぱり夫婦よねぇ……何だか羨ましいかも……ねぇ?」

「ジャムおねーちゃん、つよいね!すごーい!!」

「しゅごいねぇ!つよいねぇ!!」


グラスに手を引かれながら、ナノとカーボンは大きなカニに近付くと、興味津々と言った様子で眺めたり匂いを確かめる。


「……ん?あら……向こう側に見えるのって……」


カミラはジャイアント・クラブの向こう側に見える迷宮の先に、地下に似つかわしくない景色を見て、思わず口に出してしまう。



「そんな筈ないわ!……()()()()()()()()()()……!!」



……次回、ついに前書きの答えが明かされます!

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