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ニケからの伝言

連投御容赦。俺は毎日一回更新なんて器用な真似は出来ないし、しない。



 「……狐鉄(こてつ)なの……?」


ジャニスが問い掛けると、その男は顔を覆っていた頭巾を取り、夕陽を浴びて眼を細めた。巨大でギョロリとした眼、逆棘(さかとげ)がびっしりと生えた頭頂部、そしてその眼と同様の巨大な口。《稀少種》の特徴を備えた姿は爬人種特有の鱗と共に異質そのものである。


「久し振り……だな、ジャニ坊。そっちのセイムスと駆け落ちしたって聞いた時は、ニケの親類じゃなかったら俺達が狩りに行かなきゃならんかったんだぞ?」


喋る内容は物騒そのものにも関わらず、まるで世間話でもしているかのような気楽な調子でそう言うと、腰に提げた小振りな雑嚢からリンゴを取り出して、一口かじる。しゃく、しゃく、と軽やかな音を響かせながら咀嚼しつつ、二人から少しだけ離れて立ち、川面を見つめながら暫く後にまたリンゴを一口かじってから、


「……ニケからの伝言。【お前だけ戻るなら逃亡罪は不問に処す】だとさ。勿論、そっちの彼氏のことは一切関係なく、ね」


視線を移さずに語る狐鉄の腰には、彼等【闇に属する者】の仕事を彷彿とさせる、黒塗りの短刀が携えられていた。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「冗談でしょ?……今さら彼だけを置いて、私だけおめおめと帰れって?……そんな話、私が聞いてもハイそうですね、って言って素直に従うと思う?」


「いや、そんなことニケだって折り込み済みさ。伝言は以上だが、俺は【暗闇を照らす燈明(とうみょう)】として独り言を呟かせてもらう」


狐鉄はジャニスの言葉を聞きながら、付け加えるように言い添えてから、手にしたリンゴの芯を宙に放り投げる。

腰に提げた短刀の鞘は全くその位置から動かされなかったにも関わらず、リンゴの芯は綺麗に十字に別れて吹き飛び、川面の下へと沈んで行った。

リンゴの後始末をした狐鉄は二人の方に向き直ると、頭巾を被り直してから二人の傍に一歩だけ進み、


「……ニケ曰く、《どうせ向こう見ずなジャムだから、何を言っても聞きやしないでしょう。だから、夫婦円満と子孫繁栄に努めなさいな》だとさ」


と、呟いた狐鉄の頭巾が小刻みに震え、どうやらそれが彼特有の笑い方なのだとセイムスが理解した瞬間、


「に、ニケのバカッ!!こ、狐鉄も言いたいこと言ったならさっさと帰んなさいよ!!」


赤面しながら手にしたグレープフルーツの皮を彼に投げつけて追い払うと、狐鉄は律儀に皮を空中で手掴みにし、丁寧にセイムスへと差し出しながら、


「これからもウチの()()()()が迷惑をかけますが、可愛がってくんなさい……強がってはいるけれど、まだまだ幼い雛鳥なもんでね」


そう言ってから恭しく御辞儀をし、二人から離れようとしたのだが、不意に思い出したように彼に近付くと、


「……これはまぁ、おまけみたいなモノですがね……【ドラゴラム】って国は国王が代わると恩赦が出るらしいですな……」


「……?あ、あぁ……それはそうだが……それが一体何だって話で……」


セイムスが肯定すると、わざとらしく顎の辺りを掻きながら狐鉄は暫く沈黙した後、


「……あくまで噂ですよ?……何だか国王の容態が思わしくない、そんな噂を聞きましてね……」


呟く狐鉄の言葉はセイムスの胸中に沈み、そして口を開かせる。


「……アンタら、一体何なんだ?……国王の容態が悪い、なんて情報はたとえ事実だったとしても秘中の秘、漏らす奴なんて居やしない筈だ……いや、それよりも【暗闇を照らす燈明】って何なんだ?」


「……それはジャニ坊に聞いてくださいな。現役の者がそれを語るのは禁じられていましてね……お生憎様ですが」


それだけ告げると、現れた時と同じように音もなく遠ざかり、夕闇の中へとへと消えていった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「狐鉄のバカ……ニケのアホ……何なのよ……二人で私を小馬鹿にして……」


怒りながら呟くジャニスだったが、セイムスはジャニスに向き直り、


「……ねぇ、ジャニス。さっきの【暗闇を】何とかって……何のことなんだ?秘密の組織か何かか?」


そう彼が訊ねると、ジャニスは少しだけ間を置いた後、セイムスの質問に答える。


「【暗闇を照らす燈明】って言うのは……うん、ねぇシム、この世界で一番多い人種って何?」


「多い人種……それは俺みたいな普人種だろ?」


「……アタリ。じゃ、その比率は十対一より多い?少ない?」


「えっ?……う~ん、少ない?」


「……残念、ハズレ。比率は二十対一……だけど、その比率は毎年少しづつ変化しているわ。それも普人種が増える方に……ね」


それを聞いたセイムスは暫し沈黙し、考える。普人種よりも能力に秀でながら数に劣る亜人種、未知の組織【暗闇を照らす燈明】……、


《……国王が代わると恩赦が出るらしいですな……》


……群れを作りたがらず、単独か集落単位で生きる筈の爬人種が組織然として行動し、ジャニスを従姉妹のように扱う……。


燈明……灯り?……いや、違う……そんな単純なことじゃない……情報収集?……ならば何故、俺に有益な情報を与える?……金にならないから?いや、それも違う……彼等の態度には総じて余裕が感じられる。巌鉄とか言う爬人種も、やはり俺を売ろうとすらしなかった。つまり……単純な利益誘導は目的じゃ……ない?



「シム、顔怖いよ?……【暗闇を照らす燈明】って言うのは、亜人種達が数に勝る普人種に対抗する為に設立した、情報交換と……自助活動を旨とする機関なの。つまり……国を持たない亜人種が、普人種達と対等に渡り合う為に必要な情報を集めて、交渉をする際に不利益にならないよう、意志の統一を図る唯一の組織……って訳」


それを聞いたセイムスは、複雑な心境になった。数に劣る亜人種達が、周囲から隔絶された環境で、一方的な譲歩のみを迫られた時、ただ闇雲に従うのか、「○○の集落は税率を人頭割りで納めているらしい。俺達も同じように支払いたい」と譲歩させるのか、の違いは明白であり、それが出来るのならば亜人種と普人種の不均等は解消されるだろう。


……ただ、それを知る、と言うことは……セイムスが普人種の世界を裏切って、亜人種側に付く、と言うことに等しいだろう。だが、普人種の世界を振り返って見れば……一体何の義理立てが必要だと言うのだろうか?



【……おい、セイムスよ……随分と不義理かまそうとしてないか?】


背後から不意に問い掛けられ、焦りながら振り向いたが当然そこには誰も居ない。だが、その声は聞き覚えがある気がしてならない。


【……まぁ、今は見逃してやるが、そのうちに利子は纏めて払って貰うからな?それまで……死ぬなよ?】


気付けば声は掻き消され、一切の名残はなかったものの、その声には聞き覚えがあった。だが、誰のものかは思い出せず、セイムスはその正体について考えることは忘れることにした。


「ジャム……つまり、俺は【暗闇を照らす燈明】に肩入れするって訳か……まぁ、他ならぬ君の為なら仕方ないさ」


それだけジャニスに伝え、セイムスは優しくジャニスを抱き寄せる。


「ばっ、バカ……少しは周りの目ってのを気にしてよ……もぅ……!」


だが、ジャニスも結局……柔らかなセイムスの匂いに意識が遠退いて、なすがままに抱き合うのでした。




新章と言っても特別なことはありません。ヒューマンドラマだから。では次回は……海開き!?

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