仲良きことは美しき……?
お待たせ致しました、久々の更新です。長らく放置して申し訳ありませんでした。
「あっ!アレ凄くない?指先から水出してるよ!」
ジャニスはセイムスの袖を引っ張り、人垣の向こう側で行われている大道芸を目敏く見つけて走り出した。
引かれるままに振り向きながら目一杯の眩しい笑顔を振り撒くジャニスに、セイムスは何時にも増して愛しさを感じるのだが、
(……中央都市から一歩でも離れれば、その先は賞金首として狙われるのみか……俺のことはどうでもいい。ただ、ジャニスだけは……命に代えても守りたい……)
そう思うとつい脚が止まり、彼女に急かされてしまう。でも、それでもいい……夢中で走る彼女のもふもふな耳の先から、フサフサの尻尾の先まで、全てが愛しいジャニスなのだから。
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様々な大道芸に眼を奪われながら歩く二人は、目の前に聳え立つ塔……からぶら下がるブランコを前にして立ち止まった。
高さは10メルテ程だろうか、近くに高い建物の無い開けた場所に設置されていている為に、一際高く見えてしまうのだから不思議である。
構造は塔のてっぺんに車輪のような輪が付いていて、そこから垂らされたロープに座る椅子が二種類取り付けられている。一人用、そして二人用の二種類である。交互に十個並んだそれらに、お金を払い物珍しさやひとときのスリルを味わいたくて次々と客が乗り込んでいく。
「シム!乗ってみようよ!」
「……ジャムも好きだねぇ……ちょっと待って……これで足りる?」
銅貨を数えた興行主が、まいどあり!と声をかけてから二人を椅子へと誘い、二人の腰にベルトを付けるように促す。
「高さはあんまし上がらないけど、停まるまで降りられねぇから、お漏らしだけは勘弁してくだせぇね!!あと、楽しむにゃしっかり抱き合うのが秘訣でさぁ!!」
言葉は乱雑ながら、ベルトを締める際もきつくなり過ぎない様に調節する気遣いが感じられ、二人はほんの少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
「……そんじゃ、行きますぜぃ!」
……ガタン、とロープを伝う始動音が響くと駆動部分の歯車が噛み合ったのか、ゆっくりとブランコが廻り出す。足先はあっという間に外側へと傾き、緩やかに加速しながら次第に高さを増していく。二人はその高さの理由を回る景色を眺めながら理解した。
「……シム、この塔……上がってるよね!?」
「下から持ち上げてる……のかな?いや……これ、あ、上がるなぁ!!」
二人はその未体験の高度に恐怖を覚えつつ、我知らず抱き合いながら絶叫していた。まぁ、そうなるだろう。
「はぁ、はぁ……目が回るぅ……」
フラフラとしながらセイムスにすがり付くように歩くジャニスと、
「いやぁ……遠くまで見渡せたけど……大丈夫?」
怖くはなかったけれど、衆人環視の中でジャニスに抱き付かれ恥ずかしかったセイムスは、よろける彼女を抱き抱えながらその場を後にした。
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「いやぁ……怖かった……何でシムは平気なの?」
空中ブランコから離れたベンチに二人で腰掛けてながら、人心地付いたジャニスはセイムスに尋ねる。彼は手にしたグレープフルーツの皮を剥いて一房彼女に手渡しながら、
「……そうだなぁ……高いってのはともかく、ジャムと一緒なら……まぁ、いいかな?って思うし」
ジャニスは彼の答えを聞きながら、グレープフルーツの薄皮を剥きつつ口に入れると、溢れ出る果汁に一瞬だけ口中が痺れる感覚を覚えたが、直ぐに豊かな甘味と爽快な風味が広がり、喉を潤していく。お陰で声を枯らしかけていたジャニスは喉のいがらっぽさが消え去っていくのを感じ、次の一房を思わずせがんでしまった。
「そっちの小さめのがいいかも……って、いいかな?って何を?」
「こっちだね……ん、ハイ。あぁ、さっきの?……有り得ないけど、死んじゃうならって意味で、ね。ま、絶対に無いけど……わっ!!痛い痛いって!!」
セイムスの言葉にいきり立ち、両手の拳で乱打を繰り出し的確に鳩尾、更に顎の下や額を攻めるジャニス。普通ならそこは頭上に振り上げた拳を振り下ろすことを繰り返すだけだが、流石は元【邪剣】の彼女。武器を持たなくても相手を無力化させる訓練の成果はこうしてセイムスを……いやいやそうじゃない違うから。
力を抜いた攻撃を繰り返してセイムスに自らの気持ちをぶつけた彼女は、最後の掌底を心臓辺りに打ち付けて、
「……シムのバカ……アンタが死んじゃったら……私も、死ぬから……」
それだけ言うと、涙を浮かべながら彼の肩に顔を埋めた。
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「さっきはゴメン……軽々しく言うことじゃ、なかったね」
セイムスとジャニスは夕暮れの川辺に腰掛けて、川面を渡る涼風に当たっていた。やや高めの日中の気温がやっと下がったものの、今だ日向の熱さが残る周辺と違ってひんやりとした空気が漂うその木陰には、涼を求めて誰ともなく人々が集まり、夜までの黄昏時を和やかに過ごしていた。
中央都市は砂漠のオアシスだった経緯もあり、日中の暑さはかなりのものになるけれど、こうした様々な涼を楽しむ習慣や工夫が生活の中や暮らしに根差している為、独特の緩やかなリズムを維持することは大切にされている。
川面を望む堰堤上には木が植えられていて人々に木陰を提供し、そしてそうした人々を当てにした露店が点在し、時折風に運ばれて芳ばしい肉の焦げる匂いや、甘く焼けた菓子の香りが漂ってくる。
そんなセイムスの言葉に沈黙を守っていた彼女だったが、はぁ……、と溜め息一つ……そして、
「……そんなこと、判ってるわよ……ただ、軽々しく生き死にを口にして欲しくない……それだけよ」
ジャニスはそう言うと、ぼんやりと川面を流れる木の葉を眺めて沈黙した。二人の間に微妙な空気が漂いそうになったその時、全く予想もしていなかった声が二人の間に割り込んできた。
「……気張ってやっているみたいだが、元気そうで何よりだな、ジャニス。そして、はじめまして……【剣聖】さん」
二人の背後から低い声の主が語りかけ、ジャニスとセイムスが同時に振り向くと、そこには黒装束に身を包んだ一人の男が立っていた。
さて、彼は一体誰でしょう。こうして物語は相も変わらずゆっくりと進みます。暑いですので体調管理はしっかりと……。




