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朝食と昔話

アラミドとグラス、そしてカーボンとナノの四人家族の食卓に招かれた二人はそこで彼等の馴れ初めを聞くことになります。それは一人の非凡な犬人種と、彼を待つグラスの短くて素敵な物語でした。



 「……なるほどねぇ~。それは難儀だったでしょう!」


セイムスの説明(故郷が災害に遭い仕方なく移住を余儀無くされたと)を聞きながら、目の前のサラダと卵焼きを二人の皿に取り分けつつ、アラミドは相槌を打つ。


「今はもう落ち着いてはいますが、私も妻も身寄りが居なかったので、思いきって引っ越すことにしたんです。……まぁ、仕事の当てもまだ無いんですが……贅沢さえしなければ、妻と二人きりですから支障はないんですが……」


セイムスの言葉を聞きながらパンを配っていたグラスは、改めて二人の姿を眺める。普人種のセイムスと犬人種のジャニスは、二人とも質素ながら清潔な身なりで好感が持て、自分達家族に決して危害を与えるような種類の者ではない、と少なからぬ経験で見抜いてはいた。

現役を引退し、二人の子育てに奔走する日々から見れば、目の前の若夫婦は過去の自分達のようで懐かしさと、そして先達として世話焼きをしたくなる心境になってしまい、心の中で少しだけ苦笑する。老け込んだ自覚は全く無いが、後ろに立つ後輩が現れれば誰でもこう思うのだろうか?と。


程好く焼け、脂の滴るベーコンに悪戦苦闘する二人の子供に助け船を出しながらアラミドはナイフを巧みに使い、一口大に切り分けながら奪い合おうとして騒ぎ出すカーボンとナノをなだめながら、


「ほらほらこっちもあるから……カーボン!手掴みしない!ナノは女の子なんだからお皿を使いなさい!テーブルは食器じゃないぞ?」


徐々に騒がしくなりはじめ、最初に言われた《騒々しい食卓になる》という予言が当たり、セイムスとジャニスはそれでも嫌な気持ちには全くならなかった。

追っ手の気配を探りながら二人で樹の根の間で身を寄せ合って夜明けを待ち、隊商に紛れつつ追跡者の眼を欺きながら旅をして、この中央都市までやって来たのである。

その最中は一切不殺を誓い、ただ隠れ掻い潜ることに腐心しながら気の休まらぬ時を過ごしてきた。だからこそ、こうしてやっとの思いで身を落ち着ける場所を見つけ、普通の暮らしの糸口を掴み……今は平和なお隣さんと食卓を共に出来るのだ。

今までの苦労が氷解するのを感じ、セイムスとジャニスは和らいだ気持ちに浸っていたのだが、アラミドとグラスはそんな二人を見て頷き合い、


「さぁ、遠慮せずに召し上がってくださいね?良き隣人に恵まれた我が家からのささやかな贈り物、みたいなものですが、グラスの腕前は決して悪くないですからね?」


「フフフ……♪いつもはそんなに褒めたりしないのに……でも、二人ともまだ食べられるでしょ?お時間があるならアラミドも今日はお休みですから、ゆっくりなさってくださいね?」


グラスの差し出す野菜のグリルを受け取りながら、朝食のボリュームとは思えない量になり始めた食卓に暫し焦りつつ、セイムスはアラミドに尋ねてみた。


「失礼ですが、アラミドさんはどのようなお仕事を?」


「ん?ああ、まだ言っていなかったですね!私は追跡者(チェイサー)の有資格者でしてね……まぁ、今は後輩の育成と支援が大半になっていますが……」


追跡者(チェイサー)、の単語を聞いたジャニスは一瞬身を固めるが、セイムスは何とか平常心を保ちつつ受け流せた。今までの彼等にとって、正に天敵に等しい職業と言える存在であったから……。



追跡者(チェイサー)とは、一個人や国家から探索を求められている人物を探し出し、存在を確認し時には連れ戻したり捕縛する特殊な職業である。

大半は罪を犯し逃走を図るお尋ね者だったりするが、時には失踪した家族や何らかの事情により身を隠した者を探し出すこともあり、多様な事態に応じられる判断力、そして行動力と……危機回避能力、つまり武力も持ち合わせなければ務まらない職業で、単純な腕力だけでは通用しないことが多いのも特徴である。


犬人種(コボルト)達は普人種より優れた嗅覚、そして集団結束力の高さ故に追跡者(チェイサー)に最適ではあるが、知力を求められる状況には弱い、と普通は思われている。しかし目の前のアラミドからはそのような気配は全く感じられず、上品な言葉遣いからも知性と教養が感じられ、セイムスは我知らず嘆息してしまう。……もし、自分達が彼のような者に追い立てられていたならば……一切不殺の誓いを守り切ることが、果たして出来たのだろうか……?


「まぁ、そうは言っても半分は引退したようなものでしてね……今は家事手伝い半分、仕事半分の生活を余儀無くされて……ほら、ナノ!よそ見すると牛乳こぼしちゃうぞ!」


カーボンに取られそうになったソーセージを守ろうとしたナノが、牛乳の入ったコップを倒しそうになり、話の途中で手を差し伸べるアラミドだったのだが、セイムスと話しながらも子供達から眼を離さずに面倒を見る辺りに、口で言う程には錆び付いている様子は一切見受けられず、彼の能力に現役時代との差を感じられないセイムスは話の切り出しを変えることにした。


「そうなんですか……では、グラスさんとは職場で知り合ったのですか?」


「いやいや!私の職場はむさ苦しい男ばかりの環境でしたからね……同郷の腐れ縁が長引いて……まぁ、結局妻の方が優秀な追跡者だった、みたいなところですよ!」


「酷いわね……それじゃ私がまるであなたを狩り立てて追い詰めたみたいじゃないの!そこまで悪女じゃありませんからね?」


横に座っていたグラスがアラミドの脇腹をつねり、いやはやアハハ……、と苦笑いするアラミドに代わり、グラスが言葉を継いで、


「私は彼と結婚する前は、パーティーを組んで探索者を生業としていたんです。……そこはパーティーとしてはそれなりに名の知れた存在でしたので、若かったこともあり……無茶な計画を立てて迷宮の最奥へと挑んだんです……で、そこでパーティーは全滅……私だけが生き残ってしまったんです。……勿論、直ぐに救援要請は出されました。登録されたパーティーが申請した期日を一日でも超過すれば、即座に探索隊は組まれますが……私の場合は……」


そこで言葉を切ったグラスは、一瞬だけ躊躇したのだが、



「……【蛇蠍(だかつ)の迷宮】の最深部に、独り取り残されてしまったんです……」



俯きながらそう言うと、まぁ、それほど有名な場所とも言えないですから、ご存知じゃないでしょうが……、と続けながら、


「……その昔、家臣を信頼しなかった王が、自らの財宝を隠し護る為に強大な魔力を封じ込めた宝珠を用いて、深い迷宮の守護の役割を魔力で強化増殖させた猛毒を持った蛇や蠍に担わせた……と言い伝えられる危険な迷宮……その探索に挑んだ私達は、最深部手前で解毒剤が尽きてしまって……後衛で対毒属性(実際に一部の蛇毒は犬種に因るが効果が薄い)のある私を除いて全員……死んでしまったのです」


グラスはそこまで言い、手にしたカップを両手で包むように持ちながら、ふぅ……と溜め息し、


「……勿論、救援隊の編成は行われたのですが、長い迷宮の先に待ち受けるのは、猛毒を持った巨大化した怪物ばかり……一瞬の油断で更なる全滅も有り得る危険な迷宮でしたので、なかなか編成は進まなかったみたいでした。……その時、アラミドは単身で救援に向かってくれたんです……私の安否も判らないまま……」


「いや、安否は……信じてはいたんですよ?彼女ならきっと生き延びて救援を待っている筈だって……ただ、救援部隊が組まれるまで待つことが出来なくて……まぁ、私もまだ若かったのでしょうね……」


そう言うと、彼はグラスの耳を優しく撫でてから、セイムスとジャニスに語りかけた。


「……彼女は、無事でした。しかも機転を働かせて最奥部の宝物庫の中で、危険な怪物から身を隠していられたみたいでね……合流できた私は安堵しました。何せ私は駆け付けることを最優先させる為に、武器の類いを一切持たずに迷宮を駆け抜けて到達したのですから、正直嬉しかったですよ!」


「えっ!?……迷宮を……単独で、しかも非武装で、ですか……?」


アラミドの言葉に衝撃を受けるセイムスと、無言ながら同様のジャニスの様子にはにかみながら、アラミドは照れ隠しに空いた皿を流しに運んでから、


「ですから若さ故……ですよ、今同じことをしたら、間違いなく半ばで餌食になるでしょう……当時は【不可視(ブリング)のアラミド】とからかわれていましたからね」


さも普通のように語る彼と対称的に、聞き馴染みのある二つ名に戦慄を覚えるセイムスだった。


不可視(ブリング)のアラミド】は、セイムスがまだ【剣聖】等と称されるよりずっと前、大陸中に名を馳せていたと朋友のサボルトから聞いたことがあった。

対峙する相手の虚を突き進退自由に動き、目の前に居るにも関わらず髪の毛一本とて触れさせずに相手を翻弄し、まるでその様が姿を見ることが出来ない【不可視の存在】と怖れられた怪物級の探索者、だと。

まさかそんな実力者が半ば引退し、そして自分達の隣人として暮らしていることなど誰が予測出来ようか……。


「で、私は彼に救い出されたんだけど……この人ったらお宝の山を目の前にして……」

「やっ!いやいやいやいやグラス!その先は後生だから続けなくていいって!!」

「だーめ!!私気に入ってるからねぇ~♪《宝の山よりも、君のことの方が大切だ。だから、さっさと帰ろう》って言ってくれたのよ~?」


……恥ずかしいから止めてくれ……、と言いながら、ヘナヘナと力なく崩れ落ちるアラミドと、対称的にニコニコと笑うグラス。そしてそれをなぞらえて二人で《パパとママの告白》ごっこをするカーボンとナノ。


そんな家族の一幕を見せられて、勇猛な二つ名を掻き消すようなアラミドの落ち込み振りを見て苦笑いするセイムスとジャニスだった。



……と、言う感じで一幕。ご意見お待ちしてます。

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