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ご近所サンは見たっ!!

今回もほぼジャニスさんの回です。



 「……んふ、……ふぅ……ん」


何回も寝返りを打っている自分を意識し、眼が覚める。


その日の夜、カミラは眠れぬ夜を過ごしていた。それは別に発情期が過ぎてから出来た恋人と夜を共に過ごせぬから、独り悶々としていた訳でもなく、久し振りに会った恋人が意外と積極的だった為、まぁ……勢いであんなんなったりこんなんなったりで一日部屋に籠ったりしたことの余韻が今更やって来た訳でも……決してない。



「……感じるのよねぇ……静かな情念を……」


カミラは周囲の感情の起伏も感じ取る体質で、厚い壁を隔てた隣近所であろうと感知する。

隣のセイムス家から、さざ波のような波動を身に受けていたのだが、その波動は例えるなら……硬い壁に濡れた布を叩き付けるような……静かだが、確実に小さな衝撃が伝わる、そんな感じ方なのだ。

しかし夫婦喧嘩等でいがみ合う雰囲気ではないし、かといって……男女の繋がりのような情景でもなく……とにかく、まったりと落ち着いた雰囲気なのだ。



「……まぁ、たぶん朝には……何か動きがあるかも……むふ♪」


結局、カミラさんは二人が仲良くしているに違いない、そう結論つけて寝ることにしたのでした。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「ふあああぁ…………うん、お腹すいた……珍しいけど……ね」


カミラの朝はいつもは適当である。そもそも蛇の生態に近いカミラは、食事を普人種ほど頻繁にしなくても空腹を覚えず、朝食も毎日食べなくても問題はない。蛇人種は料理にあまり拘らないのである。


……だが、その日の朝は違った。何かに突き動かされたかのように食糧庫を探り、サラミを取り出して削ぎ切りしてチーズも削り、卵を三つも割って大きめのオムレツを焼き、ジャガイモを蒸かしながら野菜を刻んでサラダまでこしらえたのだ。


独りで、いただきます!と呟き食を進めながら、微かに感じるお隣さんの波動を身に感じつつ、静かに分析し……、


(……この落ち着いた感じは……二人とも特に変化ないようね……つまり、()()()()()ってことね……)


そう結論し、食事を終える。今日は仕事も休み……つまり、お隣さんの観察に時間を割いても問題なし!!……さて……さて。


……以前も記したが、彼女達蛇人種は他人の情念に敏感であり、その波動を身に受けると自らの体調にも変動を来す……つまりはっきり言えば、【他所の睦み合いにさえ影響されちゃう厄介な人】なのである。だから、お隣さんの仲の良さは我が事の問題に匹敵する。……別に覗きが趣味な訳ではないのだ、たぶん。



……で、とりあえず食器を洗おうとした瞬間、お隣さんに動きがあった。二人の気配が共に移動し、玄関先まで一緒になって向かったのだ。


(……おぉ!?こ、これは今までに無い動きですぞ……!)


カミラは目敏(めざと)く感じながら自らも玄関まで移動して、そーっと扉の外を注視すると……話す声は聞こえないが、ジャニスとセイムスが言葉を交わしていた。

セイムスの出で立ちは見るからに戦さ支度であり、噂に聞いた【特別討伐者】としての一歩を踏み出すのが今朝……と言うことなのだろう。

しかし……初めて見るが、流石に元は【剣聖】と呼ばれていただけあって、セイムスから迸る覇気は並大抵の物ではない。体質的に敏感な類いのカミラでそう感じるのである。命のやり取りを生業としている者ならば……カミラはそう思うと、


(……あんなの当てられたら、私なら即座に白旗揚げて……()()()()()()()()()()わ……♪)


……違った方向に少し興奮していました。まぁ、仕方がないようで。



しかし、そんなことを妄想している彼女だったが、事態が急転し慌ただしく動き出すのを察知し、感覚が研ぎ澄まされていく……!!


……そう、セイムスの正面に立つジャニスが何か呟きながら周囲をチラチラと見てから……目を瞑り……ッ!?



(おおおおおぉ~ッ!?ま、まさかまさかまさか……ジャニちゃん、初接吻(キス)ですとぉ~ッ!?)


思わず声が出そうになり、自らの口を塞ぎながら荒げる鼻息を抑えつつ……二人の唇が重なる瞬間……カミラは軽く失神しかけた。





(…………し、しゅごい……しゅごしゅぎりゅ……ジャニちゃん……アナタどれだけセイムスのことが好きなのよぅ……♪)


カミラの脳内に木霊するジャニスから漏れ出た感情は、まるで嵐の中に浮かぶ一艘の小舟で漂流する……そんな不安に満ちた気持ちと、しかし確実に来るであろう助けを確信している心強さ……その二つを内包しながら、セイムスと相対し……恥ずかしさの余り震える手を握り締めながらも、口では「おまじないだから……」と言って、(私はあなたが心配だから……キスしたんですからね!)と表面的に装いつつ、内心は(……いやいやいやいやいやいやぁ!!離れたくない離れたくないの~!!……でも、何もしない、なんて出来ないし……う、ううぅ……き、キス……しとく……?……う、うんうん!そーだよおまじないだから仕方なく!!そーそー仕方なくじゃん!?仕方なくキスなおまじないじゃん!!おまじないなキスだから仕方がないのよ!!さぁ、私の熱い想い、唇を通して届けこのヒトにっ!!)※注)かなりカミラの主観的妄想が侵食しています※と、想いながら……キスをしていたのだ……。



……そうそう、そんな妄想をしながら二人の姿を観察していたのだけど、身を離したセイムスを見送ったジャニスの眼から、堪えていた一筋の涙が流れ出たのを見逃さなかったカミラは、その反対側から同様にジャニスを見守っていたグラスと目が合い、


【……さぁ、参ろうか……!!】


と、熱く視線を交わしたのだった……。まぁその……皆様、朝早くからお元気そうで何より……です。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……あれ?……こんな朝早くにどうしたんですぅひゃッ?うぷぅッ!?」


ジャニスはセイムスを見送った後、踵を返して玄関に入ろうとしたが、ゆっくりと隣の扉が開きカミラが姿を現したので、目尻の涙を拭きながら挨拶をしようと向き合ったのだけど……突然カミラに抱き締められてその豊満な胸元に取り込まれた為、奇っ怪な語尾で慌てつつ、そして……窒息しかけた。


「もうもうもうもう~っ!!このツンデレいやデレデレマックスな()でホントきゅんきゅんしちゃうんだからぁ~ッ!!そんなの見せつけられたら突発的発情期が来ちゃうでしょ~ッ!?んもぅっ!!」


ほぼ真実の報告をしながら、吊り上げ式身体拘束(胸間圧迫付き)でジャニスを捕獲したカミラは、暫くその愛くるしい存在を掴んで離さなかったけれども

、拘束を解くと手に手を取り、


「はぁ……ジャニスちゃん……その桃色の柔らかな唇で愛しのセイムスを虜にしちゃったのねぇ♪羨ましいぃ!!」


ブンブンと振りながら満面の笑顔で捲し立てる。……ぷはぁっ!!と、呼吸を取り戻し、やっと生きた心地を取り戻したジャニスは何とか弁明しようとしたのだが、


「ジャニスちゃ~んッ!!キスしちゃったの!?はあああぁ……清純無垢なイメージがぁ……でも!私はきっといつか成し遂げるって信じてたから!!同族繁栄子孫倍増!!ウチのカーボンとナノの良い遊び相手を早く増やしてね!!」


背後から現れたグラスの横槍で、見事に石化しちゃいました。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




「ですから、ただ見送って……その……おまじないで、うぅ……」


口ごもるジャニスの前には、最近巷で話題の【銘品!!みんなが選ぶ贈られて嬉しいサクランボのパイ】が鎮座し、カーボンとナノが切り分けられた一つ一つを夢中でカジカジしています。


「判っていますって!!別に私達はジャニスちゃんの恋路を邪魔したい訳じゃないのよ?逆にドンドンやって欲しいのよ!!ねぇ、グラスさん?」


部屋の主兼パイの提供者のカミラは何時にも増して肌艶々な満面の笑顔でそう言うと、言われたグラスは丁度一口目が口に入った瞬間だったので、少々困り顔ながらサクサクとした歯応えのパイ生地の中に潜む魅惑のサクランボ、そして爽やかなヨーグルトクリームの組み合わせにニンマリしてから、


「あふぅ♪これ、ホント美味しいわぁ……あ、うん、そーそー!ジャニスさん、気にすることないわよ?誰だって結婚してから初めての共同生活するんだから、今までお付き合いしていた時とは勝手が違ったりする……し……?」


と、途中まで話していたグラスは、ジャニスの反応に気を取られて言葉を途切れさせる。彼女は大抵こうした華やいだ話題の時は何処と無く恥ずかしげにしていたりするが、今日のジャニスは一段と落ち着かなげで、手にしたサクランボのパイを今にも握り砕いてしまいそうだった。


「どうしたの?ジャニスさん……」


「その……じ、実は……私……」





「ええええぇ~っ!?一度もお付き合いしたことない所か男性と手も繋いだこともないのぉ~ッ!?」


「ひいいいいぃ~ん♪ジャニスちゃんてばやっぱり私の見立てた通りっ!!稀少種の乙女が稀少過ぎる位に純情極まりないとか…………あわ、鼻血出てきた……」


興奮のあまり鼻血を出すカミラと、同種のジャニスの純朴さにかなり驚くグラス。もちろんサクランボのパイはジャニスの手の中でサクサクと音を立てながら砕けていった……。(この後皆さんでおいしく頂きました)



……そうそう、作者の我慢が限界に達して、描写警告付けました。そんな訳ですが、ジャニス回では間違いなく残酷描写はありません(笑)

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