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もてなすこころ?

料理に興味を持ち始めたジャニスさん。それは新しい生活の為なのか、セイムスの為なのか?



 「……っ!?……す、酸っぱい……でも、美味しい……!!」


ジャニスはその四角く切り分けられた、色とりどりの小さな野菜の小鉢をフォークに刺して、口へと運ぶ。サクッとした歯応えの後、酸味が口に広がり一瞬だけ酸味の強さに顔をしかめかけたが……だが、思いの外刺激は少なく爽やかな後味へと変わっていく。しかも最初に口にした赤い野菜はパリッとした歯応えの後、若干のクセのある香りが酸味で違った方向に位置付けられ、味わいへと昇華していた。


酸味と生野菜の組み合わせに馴染みのなかったジャニスは、最初はその味に戸惑ったものの、慣れてくればクセになりそうだ。


次に口に入れたのは、小さな小さなかわいいサイズのキュウリ。見た目で直ぐに判るそれは、ポリッと言う快音を響かせて噛み締めれば、瑞々しさを残しながらあっという間に消えてしまう。心地好い後味は次への期待へと繋がる……のだが、


(……あ、セロリかぁ……これ、あんまり好きな野菜じゃないんだよなぁ……)


ジャニスはセロリが好きではなかった。三日月型の断面のそれは、見た目だけで直ぐに判ってしまい心の中でしょんぼりする(だが耳も垂れている為に一目瞭然なのだが)。しかしフォークに刺してしまったこともあり、彼女は何も考えないように口に入れる。


もぐもく。……おや?……あんまり臭くない。


そう、セロリが嫌いなヒトには、あの独特な風味が鼻に抜ける度に涙目になる程クセの強さが個性でもあり、欠点であるのだが……、


(……今まで気がつかなかったけど、セロリって塩の味がするんだなぁ……初めて判ったかも?)


ジャニスは生まれて初めて、()()()()()()()()()()()()()。嫌いな物は、一刻も早く飲み下して舌から一切の風味も何もかも、消し去って忘れたいものであるのだが、今日は違った。キチンとセロリの味を味わえているのだ。

これほどの料理……きっと複雑な下拵えがあってのものだろう!彼女は是非ともその秘密を知りたくなった。


「あの……モルフィスさん!これ、なんて料理なんですか!?どうやって作るんですか!?」


「……ん?ピクルスがそんなに珍しいのか?あっためたお酢にスパイス入れて切った野菜を洗って入れてほったらかしだぞ?グータラ料理だな!」


わははは!と笑いながらも決して手を休めようとはせず、気付くとカウンター越しに彼女が身を乗り出しながら、


「ホイ!お待たせ~、ラタトゥイユ!まぁ、ホントは冷めてからのほうが美味しいんだけど、今日は涼しいからそれでもオッケーじゃない?」


と、手にした大皿を突き出してくる。そこにはホカホカと湯気を上げる野菜とベーコンが山盛りになった料理が鎮座している。

予想以上のボリューム感に圧倒されつつ、頼んだ手前やむ無く手を出して受け取るが、しかし……見た目は実に美味しそうである。


赤と黄色のパプリカと黄緑色のズッキーニ、そしてタマネギやカボチャといったポピュラーな野菜と、自家製だろうか肉の色がハッキリと映える厚切りベーコンの存在感……素朴ながら艶やかな色合いの各々がバランスよく合わさった一品に、期待は高まる。


「いただきます…………、……ふんふん……、ん?……んん!!」


ジャニスはしかし、たかが炒めた野菜とベーコン、そう決めつけて口に入れたのだが、一番最初に味覚に感じたのは他でもない、野菜自体の甘味だった。

カボチャもさることながら、タマネギとパプリカにここまでの甘さがあるとは……ジャニスは後に知るのだが、野菜から出る水分だけで調理すると旨味や甘味を逃さずに濃縮されていくのだ。

しかも、それらは最小限の塩、そしてベーコンの塩味が増幅して強調し、際立った甘さへと昇華していくのである。


そこにベーコンの肉特有の風味と香りが合わさり、全体を纏め上げていくのだから……不味い訳がない。添え物として脇に盛り付けられていたマッシュポテトも手作りからか、材料を吟味しているのであろう甘味のある種類でこれも実に良く合う。


気がつけば夢中になって食を進め、大皿料理を一人で平らげてしまっていた。


「……あ、もうなくなっちゃった!!……あ、あれ?」


ふと前を見ると、にんまりと微笑むモルフィスがジャニスの耳をなでなでしつつ、


「わっかり易くていいねぇ~♪さっきまでは水に落とされたイヌみたいにしょんぼりなお耳だったのに、今じゃピンピンしてさ~!!正に感情のバロメーターだよねぇ?」


「いやぁ~ジャニスちゃん!やっぱり若々しいわねぇ~♪ハムハム言いながら夢中で食べてて話し掛けられなかったわよぉ~?」


続くギルモアの言葉に、彼女は顔中が真っ赤になるかと思えるほど恥ずかしくなったが、それでも美味しかったから仕方がないのだ。


(これだけ美味しいもの、作れるようになったら……セイムスも喜んで食べてくれるかなぁ……?)


未だに食事の際は言葉も少なげな彼の事を思いながら、彼女は小さな声で、ごちそうさま……、と言った。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……あの、こんなこと聞いても……いいですか?」


照れ隠しに黙り込みながらビールをちびりと飲みながら、ジャニスはふにょふにょと彼女の耳を触っていたモルフィスに訊ねる。


「……いやぁ~もふもふだねぇ~♪……ん?なーに?」


「いや、その……モルフィスさんは、どうして料理を作るのかなぁ、って、思って……」


ジャニスの質問に、うむ?うむむ……、と暫く考え込んだ後、モルフィスは答えた。


「どーして?そりゃ決まってるじゃん。ジャニスちゃんみたいに喜んで食べてるヒトを見るのが好きだからでしょ?」


モルフィスは店内を見回しながら、さも当たり前のようにあっさりと、しかし力強く言い放つ。

茶色い木材の内壁と柱、そして自己主張の少ない装飾品は、彼女の言葉を裏打ちするかのように控え目、そして過度な虚飾を排した質実剛健な造り。カウンターと椅子だけの簡素な席は十人も入れば一杯になってしまうだろう。しかし呆気ない程の簡素さにも関わらず、昼間は近くの住人や遠方からやって来る客でごった返すらしい。


「ジャニスちゃん、モルフィスはね、もてなすのが好きなのよ?だからお店を大きくしないし、一人で切り盛りしてるのよ?こっちの場所はね……」


ギルモアの言葉を反芻しながら、ジャニスはふと考える。……こっちの場所?


「え……、もしかして、モルフィスさんのお店って一軒だけじゃないんですか!?」


「うん、そーだよ?もう一軒は人に頼んで任せてるけど、こっちの店が暇な時はそっちに顔出してメニュー考えたり、料理作ったりしてるよ~!客層違うから面白いよ~♪」


さも当たり前のように切り返すモルフィスだったが、ジャニスは気持ちが沸き立つような感覚を呼び起こされる。そうか……料理って、そんなに凄いんだ……と。


そう思いながら昂る気持ちが奮い立つ中、ジャニスの隣に座っていたギルモアが、それはさておき、と前振りしつつ、いつの間に用意していたのか傍らに置いてあった紙包みをジャニスへと差し出しながら、


「ジャニスちゃん?これは……昔ワタシが料理を覚えようとしてた頃に使ってた物なんだけど……よかったら是非とも使ってほしいんだけど、いいかしら?」


「改まって何ですか?…………えっ?これ……包丁?」


それは鈍く青色に輝く刃先の付いた、若干反り身気味の切れ味よさそうな小振りの包丁だった。握りは防水対策の為に蝋を染み込ませた木製で、飴色に透き通った独特の風合いは長く使い込まれてきた証拠である。


手に取るとしっかりとした作りで、打ち鍛えられた刃先はズッシリとした重みながらバランスの良さが感じられ、もし同じような物を手に入れようとすればきっと大金を積んでも難しい代物だろう。


「こんな凄いもの……私には勿体無いですっ!!だって卵も上手く割れないぶきっちょな……何も出来ない……」


……()()()()()()()()()()()()、と言いかけて、しかしジャニスは言葉を途切れさせる。よくよく考えれば、あの住まいに並び住む人々も、みんな違う道を選び、過去に流されずに生きているのだ。


……アラミド家は引退して子育てに専念し、リューマ家も竜狩人を辞めて樹木剪定そして新しい命の為にせっせと編み物に精を出し……カミラさんは……まぁ、彼氏に夢中みたいだけど。


……ならば、私は私なりに……セイムスとの生活を充実させていって……その先は、まぁ……け、結婚?……する……のかなぁ……。


ジャニスはそう考えながら、ふと周りを見て、ジャニスの耳と尻尾を眺めるモルフィスとギルモアの視線にやっと気がついて、


「しっかしホント!ジャニスちゃんの尻尾と耳は見てて飽きないわ~♪独り言聞いてるとしっかりリンクしててさ~!!」


「そうよねぇ~♪結婚っ!?って言った瞬間に耳と尻尾がピンッ!てして~顔赤くしながらモジモジしちゃって……カワイイわよねぇ~!?」


二人のほっこり顔に恥ずかしさが全開になり、頭から湯気が出そうになったジャニスはしかし、それでも料理に対する情熱が増幅していくのを実感していった。


理由は何にしても、新しいことを始めるのに理由なんて要りません。やっぱりですが物語はゆっくりと進みます。

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