中央都市の秘密
何も取り柄がないならよかったんですが、ジャニスは唯一無二の剣技を封印してしまってます。何が出来るのでしょうか?
「……つまり、セイムス君は、迷宮探索で身を立てたい、と言う訳なんだね?」
アラミドとリューマを前にして、セイムスは緊張した面持ちで答える。
「えぇ……ここ、中央都市の数多ある迷宮探索及び討伐で身を立てたい……のですが……ダメでしょうか?」
「……うむ、セイムス殿の心意気は了解した。俺もたまには違う筋肉を使ってみたい欲求は確かに……あるな」
リューマはそう言うと、ぐいっ、と手にした杯を持ち上げて、中身を一気に空にする。
「セイムスさん、仰有りたいことは判りました。……フム、まぁ……あなたがこの中央都市で生きていくには、それが一番手っ取り早いのは確か、なんですが……ねぇ」
アラミドは彼の持ちうる能力は理解していた為、否定から入るつもりもなかった。もし、セイムスがそこそこの腕前程度なら、彼は即座に止めさせて違う道を模索するよう勧めただろう。だが、並みじゃない彼の、並みじゃない肩書きはアラミドの心に楔のように突き刺さっている。
……対人戦闘、無敗。
それがセイムスの所持していた最後の、そして最高の位だった。
ぐしぐしとたてがみを掻きながらアラミドは、うーん、と唸りながら暫く沈黙し、やがてポンッ♪と軽く手を打ち鳴らしてから、
「……やっぱりビールを呑もう!すいませーんッ!ジョッキひとつ!!」
「はいは~い♪あらド渋い顔に渋い中年とやや渋い若者!そっちの若い衆以外はひっさしぶりじゃない~!?」
(……答えに悩んでたんじゃなかったんだ……アラミドさん)
最初にリューマの酒を持ってきた金髪イケメンじゃない方の小さな女の子が、セイムス以外に相当馴れ馴れしく話し掛けるのを眺めつつ、彼は手元に置かれていたコップの中身を軽く煽った。
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「……やっぱり、そう思いますか……?」
ジャニスは俯いたまま、グラスの言葉を噛み締めていた。
【……働きたい?……うーん、確かにそう思うのは判るけど……今はお互いキチンと暮らせるように努力して……それから違うことをした方が良くない?】
セイムスに打ち明けると、彼は少しだけ考えた後、そう答えてから相談事があるのでリューマさんに会ってくる、と断って家を出ていった。
……涙を拭き、眼を瞬かせる。暫くして気持ちが落ち着くと……ッ!?
「はわわわわわっ!?グラスさんッ!?ご、ゴメンナサイ!!腿の辺りぐしょ濡れにしちゃってました!!」
一体どれだけの時間、どれだけの涙を流して泣いていたのだろう……ジャニスは赤くなりながら慌てて頭をグラスの脚から上げたのだが、対するグラスは……、
「……はぁ~あ……いいわねぇ……♪純愛よねぇ……ジャニスさん、本当にセイムスさんのことが好きで好きでたまんないのねぇ……いいわぁ……♪」
やや中空を見つめながら、ジャニスより犬人種としての血が濃いグラスは、その特質(忠義心とかなのか?)をいたく刺激されたからか、それとも単純に同性として共感したのか……ともかくほっこりしていた。
「あぁ……いや、そんなつもりじゃない……んですが……でも、うん……あ、ありがとうございます……うん……」
ジャニスは戸惑いながらも、自身のセイムスに対する気持ちを整理分析しながら考え、そしてグラスに感謝しながら誤魔化した。
(…………どうも最近は、以前に比べて私のセイムスに対する感情を、他の人が増幅拡大解釈してるような気がして仕方ないんですが……何でだろ?)
……それ、愛だから。ジャニスちゃん?判ってますか~?
……まぁ、兎に角グラスにはその後、生活の質を向上させてからでも遅くはないよ?と言われて、彼女は現状は働くよりも、しっかりと暮らしをバックアップ出来るように努力してみなきゃ、とそう思うことにした。
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「……迷宮探索?……討伐?……シム、それ……儲かるの?」
ジャニスは帰ってきたセイムスからそう伝えられ、やや疑わしげに尋ねる。ジャニスはそうした話をあまり聞いてこなかったし、そもそも【魔物や何か】と言う存在を目の当たりにしたことがなかった。
「うーん、ハッキリ言うと……当人次第……らしいんだけど……一種の狩りみたいなものらしいよ?アラミドさん曰く……」
何故かあの後、リューマとアラミドのテンションとメートル(笑)は駄々上がりになり、グチャグチャに酔っ払った二人がセイムス(ほぼ素面)をワッショイワッショイ♪と胴上げして手荒く祝ったりしていた。何故かはセイムスには全く判らなかったが……。
「当人次第……ねぇ……シム、それって空振りになったり、その……最悪の場合は……死んだりする……って、こと?」
ジャニスは恐る恐る尋ねる……本当なら……彼にしがみついて喚き散らしてでも、彼が死んでしまう可能性があるなら……止めるべきなのだ!!と心は必死に訴えているのだが……、
「うーん、それも当人次第だ、ってリューマさんは言ってた。……俺の場合はあまり心配することもなかろう、って……」
(ダメダメダメダメダメッ!!それは死ぬ可能性がゼロじゃないってことじゃん!!そんなのダメだよ!!止めなきゃダメだよ!!ジャニス!!)
「……そうなんだ……シム、強いから……私より強いから……大丈夫……なんじゃない?……二人で行くよりも……一人で行く方が……その……確率的に、生き残る数が……多く……なるし…………」
心と頭が別々になり、心の中のジャニスが絶叫する一方、頭の声は冷静に生き残る人数を計算しながら……感情的な心の声に引き摺られつつ、
「……だから、心配しないでッ!!私なら大丈夫だからッ!」
……嘘をついた。
そろそろ幕が開きます。しかしゆっくりとお話は続きます。




