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お碗かお椀か?

ジャニスを伴いながらセイムスが向かった先は……市場だったのでした。




 ……戦い、それは非にして常にあらず。そして……、



ジャニスにとっては、生活そのものが……戦いに等しかったのだ。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「魚は?」


セイムスがジャニスに指差してみせたのは、市場の奥に陣取る川沿いの魚を商う店先のひさしの下に並ぶ生の魚達。少しでも鮮度を落とさぬように、河の水でこまめに濡らした葉を取り換えては、店主は威勢の良い声で客引きを欠かさないのだ。


「……み、見たことはあるよ?……あ、眼が合っちゃったじゃない!ううぅ……」


セイムスの背後に身を隠しながら、覗き見……そして慌てて視線を逸らし、弱々しく呻く。ジャニスは頭の付いている魚を見るのは初めての経験だった。

その深淵の如き瞳と眼が合った瞬間、以前の彼女は遥か彼方に消え失せて、そこにはただの弱々しいジャニスしか居なかった。


セイムスに伴われ市場に赴き、食材との接触を敢行せんと挑んだのだが、結果は連戦連敗だった。


野菜や果物など難易度の低い食材が並ぶ一角で、ジャニスは早速……石になった。何故ならジャニスは葉物野菜が全てそのまま販売されていることを知らなかったのだ。


肉屋自体は元剣士の面目躍如、と意気揚々で訪れたのだが……、


「……えっ!?豚と牛って同じ動物じゃないのっ!?」

「……本気で言ってるんだよね?」


……まさかの瞬殺でした。



「ま、まぁ……なんて言うの?……ほ、ほら別に素材がなんだろうと味付けしちゃえば何とかなるだろうし……ねぇ?」


自らの失態を取り戻そうと頑張るジャニスさんだったのですが……、



「…………うぅ……」(砂糖と塩の違い、見た目で理解……出来るのっ!?)


「……ジャニス、なんで固まってるの?」


最終箇所の食器店にて……、


「……お碗とお椀、焼き物と木の違いだったの……!?」


「……まぁ、あんまり気にしなくていいから、ね?」



真っ白な灰になったジャニスを引き摺るように抱えながら、セイムスは帰宅することになりました。とりあえず割れないお椀と器を揃えることにした彼の選択は、その後の生活に様々な恩恵を与えることになるのですが、その時はまだ二人とも気付くことはありませんでした。やれやれ……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



昼→生野菜のサラダ、サラミとチーズのサンドにコーンスープ……。


ジャニスの調理スキルで再現性の高いメニュー構成の最高傑作……セイムスは結構美味しかったので驚いていたのですが……彼の誤算は……、


夜→生野菜のサラダ、サラミとチーズのサンドにコーンスープ……。


……そのローテーションのみしか、レパートリーが存在しなかったことだった。



朝→生野菜のサラダ、サラミとチーズのサンドにコーンスープ……。


「……ジャニスさん、まだまだ貯えに余裕分はあるけれど……それはそれ、これはこれ……だからね?」


「……はい、了解してます……ぐすっ。」


先日の蛮行(グラス邸でのパンケーキ乱造事件)を詫びに行った際、グラスからジャニスの致命的な調理スキルの低さを告知されていたセイムスは、しかし焦ることは無かった。何故ならば……彼は相当に【味音痴】だったからだ。


だがジャニスは決してそうではなく、更に言うと自分の不甲斐なさに歯噛みしていたのは他ならぬジャニス本人だった訳で……、


(……こんなじゃ、ダメだ!このまま負けっぱなしじゃ私自身が一番納得出来ないじゃん!!)


……負けず嫌いの本心に、メラメラと火が点いていたのであった。




こうしてセイムスとジャニスの二人暮らしは一週間が経過し、ある程度のローテーションが出来上がって来た。しかし、それは残念ながらジャニスのストレスが限界まで高まった後、外食にて溜飲を下げる手段であった。

その方法をセイムスに提案された当初は、ジャニスも若干の抵抗を示したのだが、手持ちの貯蓄が目減りする中ではそれしか方法がなかったのだ。


「……セイムス!!私……働くっ!!」


「……え?……あ、お皿は俺が洗うからいいけど?」


手にした器を拭いていたセイムスは、何を言い出したのか一瞬理解出来なかったのだが、それが目の前の食器洗いでないことは直ぐに判った。


「セイムス……このままじゃ、私もセイムスも……死んでしまうかもしれないからっ!!私……働くのっ!!」


「あ、そうなんだ……で、何をしてお金を手に入れるつもり?」


意地悪く尋ねたつもりはセイムスにはなかったのだが、ジャニスは俯きながら唇を噛み締め、眼に涙を溜めながら弱々しく呟く。


「……え?……そ、それは……えと……暗殺(アルバイト)したりじゃ……ダメ?」


「……うん、それはダメ」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「ふええええぇ~っ!!ぐらすさぁ~ん!!じ、ジャニスだっで……やるぎはあるんだがらぁ~!!」


「……まぁまぁ、あんまり泣かないで……カーボンとナノ、今はお昼寝中だから……ね?」


最近はほぼシェルター状態となりつつある、グラス邸でぐしぐしと泣き続け、彼女の膝の上で頭を撫でられながら慰められるジャニス。


昼下がりに現れたジャニスが、グラスの顔を見るなりいきなり泣き出したので(……まさか仲の良さそうなセイムスと喧嘩でも!?)と心配したのだが、それはどうやら杞憂に過ぎなかった。しかし、ジャニスが働きたい、と泣きながら訴えてきたので、少しだけ面食らってしまった。


「……それにしても、普通に働くにしたって、何か後押しがあるなら心配ないんだけど……ん?……ジャニスさん、ちょっと待ってて……」


グラスは彼女にそう断ると玄関へと向かい、何やらやっていて暫くするとジャニスの元へと戻ってくる。


「……お待たせ!……ねぇ、仕事も大切にしなきゃだけど……ジャニスさん……」


そう言うとグイッ!とグラスはジャニスに向かって身を乗り出しながら……、


「……家をキッチリと守って……つまり、()()()()()()()()()()()なんじゃないのかな?」


と、詰め寄るのでした。




……さて、その頃セイムスは何処で何をしてたんでしょうか?

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