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新しい身分

二人が目指すのは中央都市ですが、その前に寄り道をしなければならなくなりました。



 「……いや、その……えぇ……ちょっとだけ驚きました……正直言うと」


セイムスの前で恭しく一礼する巌鉄(がんてつ)の風体に眼を奪われていた彼だったが、ジャニスは知り合いの登場に若干ながら眉をひそめた。


「……ちょっと、巌鉄……何であなたが私の前に姿を現すの?……まさか、ニケに言われて連れ戻しに来た……訳ないか?」


自らの境遇を思い返し、一瞬よぎる楽観的な思考を打ち消しつつ、ジャニスは巌鉄に向かって相対し、腕を組み顎に指を宛がいながら考え込む。


そもそも巌鉄は対人戦闘に特化した暗部を担う、間者の中でも更に【人斬り】の技を磨いてきた闇の住人。

彼と同様にそのような悪鬼羅刹の世界に身を置いてきたジャニスにしてみれば、一度その棚から零れ落ちた存在に、巌鉄が近付く理由を読み解けなかったのだ。


そんなジャニスの様子に苦笑しながら頭巾を取り頭部を全て露出させる巌鉄。セイムスは本来なら髪の毛に被われているであろうそこに、白黒縞模様の逆トゲが無数に生えている様を目の当たりにし、改めて前に立つ異形の存在に驚いていたのだが、彼はそんな様子を特に気にすることもなく、手で頭のトゲを撫でながら、


「……これですか?ご心配なく、毒針とかじゃありませんから。……さて、ジャニス様、そしてセイムス様にお伝えしておきたいことがあります」


そう前置きしてから、口を開いた巌鉄から出た言葉は、二人の心臓を鷲掴みにする。




「『ドラゴラム』及び『武装商工連合』は、ジャニス様とセイムス様両人の《生死を問わぬ形での》捕縛に……金貨二百枚の賞金を共同で出されました。」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……生死を……問わぬ?」


「……そんな……《生死を問わぬ形での》ってことは……死体を持ち込んでも賞金を払うってこと!?」


セイムスの呟きに呼応して声を上げたジャニスだったが、その内容は実質上の【死刑判決】に匹敵していた。……もし自分が手を焼くような相手を捕縛して連れてこい、と言われたら……毒でも飲ませて憤死させてから台車に載せて運んだ方が楽である。……ならば、我々【邪剣】や【剣聖】なら……?


「……はい。既にご存知の通り、両国の兵士や雇われた連中も血眼になって捜索隊を募り、各所で山狩りをしているようです。まぁ……今この場所以外で、ですが……」


そう言葉を区切った巌鉄。何故ならジャニスの悲鳴に近い言葉に呼応するかのように、至近距離から発せられる殺気に気圧されてしまったのだ……。



「……【生死を問わぬ】……?俺は……いい。俺は別に構わない……だが、だが……ジャニスの生死を問わぬ……だと?彼女の生死を問わない……問わないだと?」


背丈は決して大きくはない。大柄な人種と並べば小兵な部類だろう。手足も太くもない。そう……巌鉄の眼から見ても、どこにでもいる、平凡な若者……セイムスの第一印象はその程度だった。それは【剣聖】として認識している現在でも変化はない。……いや、なかったのだが、今この瞬間は……己の浅はかさを実感していた。


ごり、と薪にめり込む指先、そしてピキピキと悲鳴を上げながらヒビが入る太い薪が、手の中でバキリと音を立てて割れる。


「セイ、ムス……?」


ジャニスは彼の内側に巣食う闇を一瞬でも垣間見ていた為に、ジャニスの危機に反応して現したその様子に身構えたものの、何故か無性に悲しくなってしまった。一見すれば人食い鬼にでも変容したかのセイムスだったが、それとて彼の不器用な感情表現の一端なのだろうと思うと、


(……この人、一心に私のことを守りたい、って思うから……鬼みたいになってしまうんだよね……)


そう納得し、そして自分の強さや怒りは果たして誰かの為に生かされたことがあったのか?と自問すれば、我が強さのなんと薄っぺらいことか!!と感じてしまったのだ。


「……セイムス?……私は平気だよ……あなたが守ってくれるなら、私もあなたを守りたいから……ね?」


……今まで一度として、名前すら呼んだこともなかったジャニスだったが、気付けば自然とセイムスを名前で呼び、安心させようと彼の震える肩にそっと手を置いた。


「……ジャニス……ああ……うん、ありがとう……俺は、人を、殺さない……そう、約束したからな……君に誓って……」


肩に置かれた手から仄かに伝わるジャニスの温もりを感じ取った瞬間、憑き物が落ちたかのように興奮が醒め昂っていた意識が和らぐ。セイムスはそんな穏やかさを与えてくれるジャニスの手に、自らの手を載せて眼を瞑った。


(……ほほぅ……ジャニス様が……何とも素晴らしい内面的な成長を……ニケ様が仰有っていたことが、何時か実現するかも、しれませんね……)


二人の様子を観察していた巌鉄は、居合わせる面々の本来の肩書きに似合わぬ様相に、内心はほんのりと穏やかであった。


……だが、それとて実現させる為に必要なのは、現実的な物質なのだが……。


「……さて、お二人には朝になったら向かっていただきたい場所があります……聞いてますか~?」


彼の言葉にファッ!?と奇声を上げながら離れた両者だったが、頭巾を被り直しながら巌鉄は二人に向かい、


「……全く……えぇ、とりあえず次の街に在る《緑の青葉亭》に向かってもらいます」


「「……《緑の青葉亭》?」」


先程の仲睦まじい姿のまま、息もピッタリの二人は思わず声を合わせ、おうむ返しに言葉を発した。



話はゆっくりと進みますが、作者の欲求によりサクサクと更新させていただきます。

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