わらしべ合戦
余りにも強過ぎる者同士が戦うかもしれません。……でしたら、軽くハンディ付けてやってもらいましょう!byエラン。
ふひゅん、と藁束を振るセイムスは、その頼り無い物体に呆れ返る。そしてもう片方の盾を模した鍋蓋を手の上で弄び、軽く溜め息をつく。
「成り行きで果たし合いは叶ったけれども……藁束に鍋蓋かよ……三文芝居だってもう少しまともな道具を使うだろうに……やれやれ……」
だが、目の前に立つリューマは、両手に提げたそれを持っているにも関わらず、まるでぎらりと陽光を反射させる業物の刀と、分厚く鉄板で補強された戦盾を構えているかのように静かに、しかし覇気を漂わせながら姿勢を崩しはしなかった。
「……セイムス、お前は何を見た?……あんな眼は、普人種の眼じゃない。……いや、どんな修羅場から学んだ?」
リューマの言葉に無言のまま、暫く眼を閉ざしていたが、セイムスは眼を開くと呼吸を整えながら、静かに応える。
「……実の父親が、真っ二つに斬られる様を見て……俺は……剣の道を……選んだんだ」
その言葉を耳にしたリューマは、……修羅道を見たのか……、と一言呟くと、
「……なら、再現してみろ、お前が見た……悪鬼羅刹が舞い踊る姿を……」
リューマが振るうとびゅぶん、と重く鈍い音を発した藁束は、その瞬間、人を容易く両断する、冷たく光を反射する……業物の刀と成った。
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「まぁ、そんな怖い顔しちゃダメよ?素敵な可愛いジャニスちゃんが台無しじゃないの……ね?」
おどけるようにそう言うと、エランは手にした編み針を次々と交互に動かし始め、真下に小さな筒状の編み物を作り上げていく。
「エランさん……どうして私の《通り名》を……返答次第では……私、あなたと戦うかもしれません……」
エランの前に立ち、眼にうっすらと涙を浮かべたジャニスは、悲壮な決意を見せるかのように片手を折り曲げて形作り、前に突き出して半身になる。それが何を意味しているのかを理解したエランは、編み物の手を止めると溜め息をつき、
「あなたといい、旦那さんといい……どうして剣を名に冠した連中は、何かと言うと直ぐに散りたがるのかしら……それ、相討ち上等の構えでしょ?……確か、相手の喉笛に噛み付いたら自らの気道を突いて自死して……死力を振り絞って食い千切る……って言う……違うかしら?」
「……エランさん……私、貴女のことが判らないの……命を大切に、と説きながら……【暗闇】の作法にやたらと詳しくて……それに、私の正体も知ってたし……」
独白するジャニスに、まぁ、落ち着きなさい……、と言いながらまた編み物を再開し始めるエランは、
「……いいこと?鬼人種は……戦さを勝ち抜く為には、情報収集を蔑ろにはしないのよ?だから亜人種の【暗闇】にも精通するのよ?」
そう言いながら編み物の手を休めた彼女は、手にした可愛らしい靴下の出来ににっこりと笑いながら、それを引き出しへと仕舞い、
「心配しなくても、あなた達を誰かに売ったりしないわ……そんな端金に目が眩むような安っぽい女に……ウチの旦那が命を預けたりすると思う?それに……いずれやって来るウチの子供に……折角のお友達が出来るかも知れないのよ?」
そう言うエランは、意味深な眼差しをジャニスの胸元から下腹部へと漂わせると、ジャニスは赤くなりながら思わず身体を守るように構えを解き、恥ずかしそうに後退さる。
「フフフ♪可愛いわね、本当に……ジャニスちゃん、あなた、とっても可愛らしくて……食べちゃいたい位よ♪」
舌舐めずりするエランに青ざめるジャニスだったが、エランの冗談はそこで打ち止めになる。
何故ならば、庭から放たれる気迫の波長が剣呑な雰囲気を通り越し、完全な殺気へと変わったからだった。
「やぁねぇ……アッチはアッチで盛り上がってるじゃないの?さて……どうなってるのかしら?」
そう言うと窓際へと移動したエランとジャニスは、烈迫の気合いを放ちながら激突する二人の馬鹿の姿を目の当たりにしていた。
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「……ッ!?……止めたか……」
「……くっ!?……う、嘘だろ……!!」
セイムスは瞬時に肉薄するリューマの振るった藁束に、無害な代物にはとても思えず鍋蓋を掲げかけたのだが、悪寒を感じた彼は瞬時に藁束へと替えてその一撃を受け流す。すると彼の真横を猛烈な剣風が舞い散り、足元の雑草がザワザワと揺れて靡く。
「……盾ごと真っ二つにしてやるつもりだったが……上手く逸らして避けたな……」
「冗談だろ?……藁束で鍋蓋を切り裂くとか……笑えてきたぞ!?」
鍋蓋の端が綺麗に削がれて無くなっていることに気付いたセイムスはそれを手離しながら、ぐっ、と足を踏み締めて不退転の構えになる。それを見たリューマも同様に構えると、
「ただ受け流すだけで帰るつもりか?……折角の死合いなのだ、腹一杯食べていけ……」
ぐっ、ぐっ、と愉快そうに笑いながら、リューマは鍋蓋を投げ捨てると両手で藁束を握り、正眼の構えを取りながら徐々に持ち上げて、斬り落としの構えへと変える。
「……肉を斬らせて骨を断つ……か?……流石はオーグ、というか……リューマさん、あなたは強過ぎるよ……」
セイムスはそう評じると、全く同じ構えを取りながら、じり、じり……と、爪先のみで少しづつ前進する。
「……セイムス、まさかお前……ふっ、だが面白い!……受けて立とう!」
リューマも全く同様に構えたまま。じりっ、じりっ、と前進していく。お互いににじり寄る二人が限界まで近付くと、そこで微動だにしなくなる。
(……先に動いた方が斬られる……)
(真剣勝負より緊張するとは……)
風が木々を揺らし、草花が静かにそよぐ中を立ち尽くす二人はゆっくりと静止し、互いの時間が引き伸ばされていく……セイムスの脳内で半分が半分になり、その半分がまた半分に……そのまた半分がまた半分へと……、
ゆらり。
セイムスはその揺れが【誘い】だと理解したが、わざと乗ることにした。その瞬間、目の前のリューマから発せられる殺気が最大に成り、それは巨大な獣の顎となりセイムスに食らい付く。だが、それはセイムスも理解していた。
……とん。
前へと跳んだセイムスは、足が地に着く直前に藁束を振り下ろす。極限まで振り絞られていた筋肉は自由になる喜びに満ち溢れ、歓喜の声を上げながら爆発的な瞬発力を発揮する。
互いに振り下ろす藁束の切っ先は重なること無く、セイムスとリューマの双方の肩口へと進み、
……とすっ。
その藁束がセイムスのこめかみを掠めた瞬間、呆気ない程の軽々しさでリューマの肩に当たった藁束は、綺麗にバラバラとほどけて散っていった。
「…………お見事っ。」
「……はぁ……リューマさん……アンタ本当に……人間じゃないや……」
セイムスの肩の直前で止まった藁束により、切り落とされた彼の髪の毛が数本舞い上がり、衣服の襟の端がすっ、と切れて地に落ちた。
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「……人間じゃない二人の本気の【ちゃんばら】ゴッコ、面白いわねぇ~♪まともに往来でやったら金儲けになるわよ?」
「……藁束で鍋蓋切り落とすとか……マジで引きます……」
パチパチと拍手するエランと、青ざめて絶句するジャニスだったが、そんな二人の元へとやって来た馬鹿二人は、実に晴々とした表情だった。
愉快そうなセイムスは、ガシガシと頭をリューマに撫でられながら、
「見てたかい?ジャニス!……リューマさん、マジで強いよ!!俺、二回は死んでたよ!?……藁束だったけど」
「いやはや……普人種にこのような手練れが居たとはな……良い汗をかいた!実に爽快であるっ!!」
と口々に交わす。その清々しい程の馬鹿っ振りに、
「リューマ……まぁ、いいわ。……いいご近所さんが出来て、よかったわね?」
「……シム……でも、そうね!……お疲れ様……ッ!?」
言葉を交わしたジャニスは、セイムスの抱擁を受けて眼を白黒とさせる。
「ち、ちょっと……!?待ってよシムッ!!もうっ!!」
「あらまぁ……見せつけてくださいますわ♪」
「……色を好むも、武人の嗜み……か」
ニヤニヤと笑う二人に見守られながら、ジャニスは助けてもらおうと手を差し伸べるが……、ただ、ほっこりと微笑まれるのみだった。
「……ちょっとぉ~ッ!!誰も助けないのぉ~ッ!?」
次回もゆっくりと進んで行きます。昨日までお休みでした。今日から木曜日辺りまではリアルに忙しい(休みない)ので、とびとびになりますが……セイムスとジャニスの幸せな結末までお付き合いくださいませ。