ドラゴン・ミンサー(竜を捻り潰す者)
竜を狩る、なんてお伽噺には度々眼にするフレーズですが、強力な武器が必要なのでしょうか?……それも、たったの二人きりで……。
目の前の背中はあまりにも大きくて、まるで一枚の玄武岩然として揺らぐ姿を想像するのは困難だった。
しかし、セイムスの目の前でリューマが手にしているのは、鋭い刃先の武器ではなく剪定用の小さなハサミであるし、傍らに置かれているのは盾ではなく土と砂礫を選り分けるザルである。
「……リューマさんは、今の仕事に就かれる前は、何を為さってたんですか?」
自然と口にした言葉は社交辞令に近かったのだが、振り向いて世間話のような気楽さで応えるリューマの発した職業は、彼の世間に対する認識を完全にひっくり返す物だった。
「……前か?……竜狩人だ。」
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「……竜……狩人……?」
セイムスとジャニスは、その聞き慣れない言葉に暫し見つめ合ってしまう。美しい女性が虚空を眺め、ポカンと口を開ける様は実に扇情的ですらあったが、肝心なセイムスはその様よりも更に悩ましいその単語に心を奪われていた。
「二人とも知らんだろう……竜狩人は、オーグのみに伝わり、オーグのみが継ぐ職業だからな……」
美しく整った樹木、そしてささやかながらも力強く育つ背の低い草花は、細やかな世話の行き届いた見事なものだったが……しかし、それを耳慣れぬ、そして……想像を掻き立てられる不可思議な職業の説明を聞きたくなった二人には空気に近い存在だったのだが。
……竜狩人の話をする前に、竜の話をしてやろう。竜とは、あんたらもよく知るアレだ。そう……翼を持った、四つ足の蜥蜴達のことだ。
……あいつらはな、三種類の成長過程を経る。第一期は、ただの獰猛な幼少期。危険だが集団で狩れば普人種でも狩れる。まぁ、簡単な連中だ。
……第二期は、青年期。ブレスも充分に使いこなせ、次第に知恵も付く。かなり強い。徒党を組んでも出し抜かれてしまうし、油断すれば即死のブレスで消し炭にされる。普通に狩るのはこの辺りが限界だ。
……第三期は、老成期。知恵とブレス、そして魔導すら理解し使いこなす彼等は、時には数千年生きて天変地異すら起こすと言われる。竜ではなく龍、つまり……神と並び称される存在だ。竜狩人は、こいつらを相手にする。
……老成期の竜は、まず移動しない。天敵が居ないのだから当たり前だ。鋼の矢尻や槍すら跳ね返す鱗、人を容易く引き千切る強靭な爪と牙、そして……無尽蔵にすら思える紅蓮の炎のブレスに、人智を超えた魔導の知識……。彼等は、災害と並び評される程に不可触の存在だ。
……だが、だからこそ……狩れる。やり方さえ弁えていれば非常に簡単に、な……。
……やり方はこうだ。目の前に現れた馬鹿なオーグが、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら武器を振り回して闘いを挑む。退屈しのぎに相手をしてやろう、仕方がない……そう思わせたらもう……こちらの勝ちに等しい。
近くに身を隠した相方が、魔導を付加させた強力無比なアルバレストを構えて待ち構えていて、煩いオーグにブレスを一吹きするか、と身を起こして口を開いた瞬間を狙って……射殺すのさ。
……勿論、急所を外せば全てが終わる。次の矢を装填し、弦を巻き上げる間も無く怒り狂った竜に狙われれば……な。
急所は喉の下、逆さまに生えた鱗の下を狙う。そこは硬い鱗が重なり合う場所の、唯一身体を捻る為に鱗が薄くなっている箇所で、そこだけは鋼の矢尻が通る。貫きさえすれば、魔導を施した矢尻が体内で破裂して破片を撒き散らす。それで竜は、死ぬ。
ただし、奴等は簡単に塒を明かさない。そしてその塒は大抵は人跡未踏の山中だ。辿り着くのも容易ではないし、竜が不在のうちに潜り込み隠れて待ち伏せし、狩らなければいけない。
アルバレストを持ち込み、二人して不眠不休で待ち、そして機会を逃さず竜を狩る。
つまり、強さよりも情報収集力と持久力、そして堪えて待つ忍耐力……並みの狩人では務まらない、極めて危険な仕事だな。
俺とエランは、狩人を引退するまでに二匹の竜、それも数百歳の雌雄を狩った。鱗と牙、そして皮や爪は……王族や魔導師に売り払った。俺達は金には一生困らん。ただし……中毒になった。
それはそうだろう……一匹狩れば、戦場の傭兵として大将首を挙げるよりも更に更に高い金が得られるし、危険に対する対価が莫大過ぎて……一般生活なぞ色褪せて退屈この上なく感じてしまうんだ。
……で、俺は三匹目を探す旅に出ようとしたが……エランが身籠っていたことに気付いた。オーグの妊娠期間は長くてな……エランも二年目だが、まだ、予定日は先なんだ……。
……と、言う訳で俺は竜狩人を引退した。庭仕事をしながら暇潰しをして、時折請われては都市の樹木を管理してみたり……穏やかな生活だ。欠伸が出そうな位に、な。
「……まぁ、そんな所だ。……ん?……どうした?」
リューマの言葉で、ジャニスは傍らに立つセイムスの様子に気付いた。
彼は呼吸を忘れたかのように微動だにせず、話を聞き終えて尚、リューマをひたすらに見つめていた。だが、彼女の眼は、セイムスの眼の奥に燻る炎のような……その気配を知っていた。
……それは、一度だけ見たことのある、【剣聖】の気配だった。
ゆっくりと進んで行きます。次回もよろしく。