ジャニスとグラス
女二人でお買い物……男子禁制?
あの雨の日、国境付近でセイムスと出会って戦い、気が付けばいつの間にか彼と中央都市へとやって来たジャニスは、彼に引っ張り回されているうちに新しい環境に住み、新しい知り合いが出来て、全く違う生き方を模索していた。それは彼女にとって全て未知の領域だったのだが、今から思えば……決して悪いことではなかった。
ジャニスはそんな気持ちを、セイムスにどうやって伝えれば良いのか全く知らない訳で……。
……上手に相手の頸動脈を切り裂いたり、気付かれぬうちに背後から近付いて肋三本下を貫いて心臓を狙うのは昔から得意だったのだが。
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「……グラスさん、何で私の欲しかったもの、当てられたんですか?」
広い市場の一角に古くから開いているその店は、気さくなやや年上のお姐さん(……!)が切り盛りしている婦人用品専門店で、その一角にやや控え目ながら、独特の形状と色の小さな厚手の布を重ね縫いした(生理用品)も商う店だった。
「そりゃあ女なら誰だって必要に決まってるでしょう?私もあなたも同じ種族で、卵産んで育てたんじゃないんだから……」
幾つかのそれを紙袋に入れて渡す店番に、何回もお辞儀をしながら店を後にしたジャニスは、グラスとそんなやり取りをしつつ市場の中を歩いていた。
「これって横に縫い目の隙間が出来てるでしょ?そこに海草を干したコレと、匂い消しの香草のこっちを挟んで使うとすんごく楽になるわよ?これ、私のおばあちゃんからの秘伝なのよ♪」
そう言いながら別の二つの包み紙を手渡すグラスに、感謝半分、申し訳無さ半分の困り笑いの顔をしながら受け取るジャニスだった。そして、
「……本当に……すいません……私、皆さんに何も出来ないのに……(あぁ、私……本当に役立たずだなぁ……)」
心の中の声と殆ど同じ調子で受け答えするジャニスに、グラスはやや真剣な顔をしながら、
「もぅ!同じ種族の女同士!なーんにも遠慮することないでしょーが!!それともアレですかッ!?若くてぱっつんぱつんなジャニスちゃんは~私みたいなオバサンとはぁ~絡めないと仰るおつもりですかぁ~!?ええぃ~い!!」
「キャーッ!?いやぁ~お願いですから揉まないでぇーっ!!イヤァーッ!!」
……説明しにくい過激なボディタッチを敢行していました。
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その後やや涙眼になりながらグラスの魔の手を逃れたジャニスは、グラスの側頭部に濡らした布を宛がいながら、必死に謝っていた……あれ?
「ごめんなさいグラスさん……まさかあそこまで綺麗に肘打ちが決まるなんて思わなくて……」
「いや、気にしなくていいから……私もちょっと調子に乗り過ぎたわ……いちち……」
揉み合う(?)うちに、偶然にもグラスの側頭部に鮮やかな反転肘打ちを見舞ったジャニスは、早速役に立ったあの布に感謝しつつ、とりあえずグラスが出血していなかったことに安堵していた。
「しっかしジャニスちゃん……引退したとは言ってもそれなりに身体を使ってた私相手によくあんな意識が飛ぶ位の肘打ちを……いや、まだ頭がクラクラするわ……少しだけこのまま横にさせてて……ね?」
市場の片隅とは言え、往来に程近い空間で繰り広げられていた恥態と、それに続く緊急事態に一瞬だけ騒然となった現場は今は落ち着きを取り戻し、近くの魚屋が差し入れた冷たい井戸水を用いて、グラスに応急措置を施した彼女は、散っていく野次馬の後ろ姿を眺めながら、木陰の下で膝枕しながらグラスと共にいた。
それにしても、後ろから羽交い締めにされて徹底的にあんなことをされたジャニスだったが……結果的に無意識のまま訓練通りの脊髄反射で対応し、背後のグラスに身を捻りながら……、
そこまで脳内再生したジャニスの目の前に、ドヤ顔で『よくやった!日頃の努力が実を結んだぞ!』とガッツポーズ(©ガッツ○松)を決めたニケが微笑む幻影が浮かび、思わずアッカンベーをするのであった……。
「……どうしたの?さっきからニヤニヤしたりアッカンベーしたり……どこか変なスイッチ入っちゃったの?ジャニスちゃん……」
「いや!別にそうじゃないんです……急にその……姉のこと思い出しちゃって……」
「えっ!?ジャニスちゃんお姉さん居たの?何だか独りっ子なんじゃないかって勝手に思ってたから……」
驚くグラスにたじろぐジャニス。彼女はただ、普通の姉妹の間柄と言うものを全く理解していないだけで、自分が独りっ子だと思われた理由は思い付かなかった。
「その……もし、グラスさんが良ければ……普通の姉妹ってどんな感じか教えて頂けませんか……?」
「うぇ?……そうねぇ……例えば、妹がいじめられたら、姉が敵討ちしに行ったり(普通はない)、姉が落とし穴を掘ったら、妹が男友達を連れていって落としたり(普通はない)……そんな感じかな?」
元は山育ちのグラスから伝え聞く姉妹のイメージが、ジャニスとニケの幼い頃のイメージと重なり……一瞬で弾け飛び、見事に離れて消えていった。
ジャニスは幼少時には父に、そしてその父が引退してからは姉のニケに激しく厳しい鍛練を受け、そして……気が付けば十六才で立派な人殺しに仕立てられ、やがて【邪剣】として磨かれていったのだ。
そんな闇深い生き方をしてきた彼女が、今は昼下がりの市場の片隅で、自分を親身になって気遣ってくれる人々と関わり合いながら笑っている。
「ところでジャニスちゃん……いっつもセイムスのこと、名前で呼んでないけど、二人っきりだと何て呼んでるの?」
「はいぃ!?わたわたわた……私は……えぇっと……」
……何て、呼べばいいの?……あなたのこと……、
もちろんグラスはまだ彼女が、元大陸一の外道な剣鬼だとは知りません。次回もゆっくり進行します。