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「……なんとなく、は。完全に、じゃない。ぼんやりと…私たちとは違うことは分かってた」
翼が「緑が人間ではなさそうだ」と気づいたのは略と出会ってからすぐのことだった。
緑が寝ている間に調べ物をしている時、何かを感じ取った。
その反応の先にいたのは、穏やかな顔で眠っている緑だった。
けれど、緑が異能持ちだと言うことは聞いていなかった。もちろん、言いたくなかったのかもしれない。そう思い、次の日に聞いて見たのだが、緑は「違う」と言っていた。
翼は、異能持ち以外にこんな反応を見せる人間を知らなかった。
その時から、緑が人間ではないのかもしれないと思い始めた。
ただ、エクストラ出身かもしれないと言う考えは捨てていた。
なぜなら、記憶を失っていたから。
こちらの世界に干渉してくると言うことは、少なくともエクストラには目的があるはず。
なのに、記憶を失っていたらその目的は達成できない。
翼はそう考えて、その考えを捨てていたのだ。
しかし…。
「俺自身、何度かエクストラの入り口があったらしい場所には行ってる。そこには、必ず強い力が残ってる。おそらくお前の友達は気付いてないんだろうが、エクストラの力と強い異能持ちの力は違う。はっきり、違う。だからわかるんだよ。緑の力が、エクストラの入り口付近に漂う力に似てることに」
「……緑が、エクストラ出身だとして。それが、今回のこととどう関係するの?私たちの世界の問題でしょ?」
「異能は元々エクストラのものだろ。エクストラが元々所有していた異能をこちらの世界に持ってきた。そして、今、その異能持ちが殺され始めている。……何かの、危機だろ?」
「…エクストラの目的に、異能が関係してるって言うの?」
「確証なんてどこにもない。ただ、可能性は高いよな」
「……今日聞いた話があまりにも大きすぎて考えられない。とにかく、あなたにも緑をどうこうできないってこと?」
「俺、神様じゃないし」
「知ってる。…はぁ。無駄足だったか」
「あ、このことリリーフの奴らに言うなよ?まだ、だめだから」
「まだ、って何。いつかは言うの?」
「その時のお楽しみだな」
龍は楽しそうに笑う。
昔からそうだった、と翼は思う。
何か聞いても「いつかわかる」と言って絶対に教えてくれなかった。
どんなに教えてと言っても楽しそうに笑いながら「秘密」と言うだけだった。
ちなみに、まだその時は来ない。
翼の疑問は、解決されないまま残っている。
「まぁ、1日寝かせたら少しはよくなるんじゃないか?たぶん突然のことにふらふらしてる感じだろ」
「……ねぇ」
「今度はなんだ?」
「……白って、生きてる?」
「………」
その瞬間、龍は翼が見たことのない顔をした。
完全に意表を突かれた、と言うような表情。
必死に思考を巡らせているような表情。
とにかく、龍は、驚いていた。
「……なんで、そんなこと聞くんだ?」
「……さっき聞いた、少女のこと。あの子、私の昔の知り合いと知り合いらしくて。けど、私の昔の知り合いなんて、多くない。3人しかいない。そのうち2人は知らないって言った。……嘘じゃなければね。そしたら、選択肢は白しかいない」
「……さっきの質問はそう言うことかよ…」
「ねぇ、どうなの?白は、生きてるの?死んでるの?」
翼は答えを求める。
もし、白が生きているのなら。
自分はこんな事に悩む必要も、何もなくなる。
安心して、片方を選べる。
周りの人に迷惑をかけることなく、自分のやりたいようにできる。
「翼。お前が、目の前で見ていたはずだ。白が、いなくなる瞬間を。いや、正確には、氷に入れられる瞬間か。あれを見て、それらまでの過程も思い出し、お前はあいつが生きていると思うのか?」
「っ−−−−」
そう言われた瞬間、思い出したくもない過去が蘇る。
たった1人の友達が、目の前でいなくなる過去が。
目の前で、傷を負う彼女の姿が。
それでも、笑って、最後には、自分を突き放した友人の姿が−−−。
「っ…!!はっ…はぁっ…はぁっ…!!」
「木」
「わかってる、もう用意した。翼さん、これ、水」
「っ…すみませ…こほっ…………はぁっ…」
「精神脆いままだな」
「おい龍」
「…大丈夫です、黒月さん。ありがとうございます。……私は、あなたと違うから」
「?」
「あなたみたいに、全てを捨てられないから。全部、背負いたい」
「……あっそ。育て方を間違えたつもりはないんだけどな」
「本当の親じゃないからね。私の本当の親は、きっとあなたと正反対なのよ」
「あーあ、昔の可愛い頃に戻ってくれよ。……このノリで聞くけどさ」
「何。もう帰るよ、私」
「決めた?どっちにするか」
「………帰る!!!!!」
翼は荒々しい音を立てて龍の部屋を出て行った。
龍はその様子を見て笑う。
「まだ決まってないんだな。くっく……」
「おい龍…突然演技を要求するのはやめろ。困るんだよ」
「お前なら出来るだろ?」
「まぁ出来るが…翼さんを騙すのはなんか、罪悪感しか湧かないな」
「お前、翼には優しいよなー…兄的な位置にいるからか」
「知らない。……なぁ、どうするんだ?」
「?なんのことー?」
理解する気もないらしく、もう既にソファーに転がっている。
「…翼さんに対して迫っている選択と、異能狩りの事だ。放って置くわけにもいかないだろう」
「え?放って置くつもりだけど」
「は?」
「異能狩り程度をどうにも出来ないなら翼にあの大役は無理だ。翼がダメになったら、また、気長に待つ。待ちたくはねぇけど」
「お前…」
「選択だって、今焦ったって意味がない。白の居場所もわかってないし、やっぱ何よりもエクストラだな。あそこに行かないことには何も出来ない。だから、放置」
「………」
「翼はめちゃくちゃ大事に育てた。上手くいって欲しいしな。けど、俺はあくまで基盤を作るだけ。そこからどうするかはあいつ次第だよ」
あやとりをしながら答える。
木は、溜息をつく。
知っているのだ。この友人は、何も聞かないと言うことを。
ならば、黙って従ってあげるまでだ。
「わかった。けど、少女の方はどうするんだ?さすがにそっちは放っておけないぞ?」
「ん、んーーー……出方を見るしかないな。変に動きたくはない」
「わかった。じゃあ、また出かけるから。汚すなよ、部屋」
「わかったわかったーー」
木は部屋を出て行く。
あの奇妙な友人が何を考えているのか、木にはわからない。きっと一生わからないだろう。
けれど、決めていた。遠い過去に。一生ついて行く、と。
「まぁ、頑張るしかないよな…あいつと違って、俺は…」
ふと空を見上げると怪しい雲行きになっていた。
「……雨、降るかもな…」