5
賑やかな街を離れ、森の中を歩いて行く。
ここを明るい気持ちで歩いていたのは何年も前のこと。
翼はリリーフに入って以来、定期的にここに足を運ぶが、明るい気持ちでこようと思ってもなかなか来れない。
「まぁ、場所が場所だし、人も、ね」
翼が今から会いに行こうとしているのは、昔世話になった人。
自分を育ててくれた人。
感謝の気持ちでいっぱいだったはずなのに。
なぜ、こんなにも苛立たしい気持ちが湧き出てくるのだろう。
なぜ、あの人と会うと胸が苦しくなるのだろう。
理由は、わかっていた。
それでも、認めることはできなかった。
頭と心は、別だから。
「………悩み事?」
「え…」
下を向いて歩いていた翼に声をかけるのは、真っ白な少女。
髪も、肌の色も、服も、白い。
その中で目だけは異常に赤い。
「…どうしたの?迷子?」
翼はそう声をかける。
身長も低く、明らかに自分より年下な少女は、迷ってこんな森に入ったのだと思った。
しかし、少女は特に反応せず、言葉を続ける。
「……あなたが、悪いわけじゃないんだよ。そう、言ってた。私の、大切な人が。むしろ、私が悪いんだよって。だから、あなたが、悩むことなんて、ないのに。本当に、昔から、変わらないね。変わったような、気が、してたけど、本質は、変わってない。そう、言ってた。あなたに、悩むなって言うのは、難しいかもね、って」
感情のない声で少女はそう言う。
翼には、意味がわからない。
会ったこともない少女は何を言っている?
自分自身と、何が関係ある?
私の昔を、知っている?
少女は、何を知っている?
しかし、その疑問を口に出す前に、少女はいなくなった。「また、会おうね」と、一言だけ告げて。
走って行き、そして、姿は見えなくなった。
翼は、しばらく呆然としていた。
理解が追いついていなかった。
「私の…昔を…知っている…人…?」
翼は、あまり他人に過去を話さない。
話せるようなものでもないし、話したくもない。
そして、翼と昔関わっていた人なんて、3人しかいないのだ。
その3人は、翼の過去を誰かに言いふらすようなことはしない。そう、翼は信じている。
そうなると、その3人の誰かと、先ほどの少女は知り合いということになるのだが…
「こんな所で立ち尽くして。どうしたのですか、翼さん」
「え、あ…あ!」
声をかけられ顔を上げると、そこには見知った顔がいた。
翼の昔を知っている3人のうちの1人、黒月木。
「黒月さん…お久しぶりです」
「ここには頻繁に来られていると聞きましたが、私と会うのは確かに久しぶりですね。2ヶ月ぶりでしょうか」
「何か、お仕事だったんですか?あいつに、頼まれて…」
「あ…ええ、まぁ。そんな所です」
「いつもご苦労様です…」
「いえ、私のやりたいことでもあるので。…それで?ここにただ散歩にくる翼さんではないでしょう?あいつに、用事ですか?」
「……不本意ですが、あいつの力を借りないと、どうしようもなくて。あいつ、いますか?」
「ええ、いますよ。私を働かせてるのであいつは一日中ゴロゴロしてます。…こちらへどうぞ」
黒月に案内され、家の中へと入っていく。
そこは、電気も何もついていない。
翼に見えるのは少し前にいる黒月のみ。
聞こえる音は、自分と、黒月の足音。
「…昔は、明るかったのに」
「あぁ…あの頃は…翼さんが、いましたからね」
「………」
翼は過去を思い出し、口を閉ざす。
黒月もそれを理解していて、何も言わない。
ただ、歩いた。
「龍。入るぞ」
黒月が声をかける。
返事を聞く前にドアを開ける。
そこは今通ってきた道とは違い、光に満ちた部屋だった。
「……あ、きた。やっほ、翼。あ、それともミナって呼んだ方がいい?」
「…どこでその情報手に入れてるの?あと、普通に呼んで…」
陽気な声で話しかけてきたのは、この家の主人、龍。
本名は、翼は知らない。知ろうともあまり思っていない。
「で、今日はどうしたの?何か用なんでしょ?」
「…その前に、1つ聞いていい?」
「ん、良いけど」
「あなたの知り合いに背の小さい少女、いる?」
「?いない。そんなの、昔の翼くらいしか思い浮かばない」
「聞いた私が馬鹿だった。何でもない。黒月さんは?」
「…いえ、私の知り合いにもいませんね」
「そうです…か…。何でもないです。すみません」
「まぁ、気が向いたら調べておくよ。黒月が」
「人任せにしすぎだ、お前は…」
「適材適所」
「お前に何か得意なことでもあったか?」
「家にいる」
「働け」
2人の会話を聞き流しながら、翼は名も知らぬ少女の事を考える。
自分の昔を知っている人。
それは、3人しかいない。
そして、そのうち2人は知らないと言う。反応からして、嘘ではないだろう。
そうなると、候補は残り1人なのだが。
それは、本来ありえないはずだった。
その人物は、もう、世界にはいないはずだから。
「……で?何の用事だ、翼?」
龍に声をかけられ、ハッとする。
そう、今は、それよりも、大切な事が。
「……緑の様子が、変なの…」
「ふぅん。赤く、ねぇ…」
「目が赤くなる異能は聞いた事がない。緑君は異能持ちではないんですよね?」
「はい…普段は、異能が近くにいるとそうなるんですけど…今回は、違くて…」
「………なぁ、前にお前が来てからどれくらい経つ?」
「え?前に、私がきた時から?……2週間くらいだと思うけど。どうかしたの?」
「あー……2週間前は、まだ出てなかったな。俺のミスか」
「ちょっと…何の話?」
「んーー…なんて言えば良いか」
それまではソファーで寝転がっていた龍が、起き上がり、姿勢を正した。
少し思案するように目を瞑り、開いた。
「…恐らく、異能狩りが始まる」
聞きなれない単語が、龍から発せられた。
「異能狩り?何だそれ」
黒月も聞いた事がないらしく、龍に聞き返す。
「あ、俺が適当につけた。まぁ、けど、目的を考えれば間違った名前じゃない」
「異能を狩るの?誰が?どうやって?」
「一般人と、異能持ち以外いないだろ」
「…何言ってるの」
「一般人で異能持ちを殺したいって言うのは当たり前だが異能持ちに何かされた奴らだな。で、異能持ちの奴らは…自分自身を殺したいんだよ。同時に、他の異能持ちも殺したい。自分自身が異能を持つ事で周りに悪影響を与えてしまった奴らがだいたいそうなる。……どっちも、リリーフと長年対立してきているグループだ」
「なんで、そいつらが動いてるってわかるの…それに、その事と何が緑に関係あるのよ…」
「……報告があったんだよ。奇妙な殺され方をした異能持ちがいるって。おおよそ、異能持ちに殺されたんだろうな」
「…!前に来た、あの報告書…それのことか!!?なぜ話さなかった!!?」
「話したところで、これはどうにかできるものじゃない。仕方ない部分がある。当たり前だが、異能持ちだって人間だ。殺すのは許されない。ただ、異能によって迷惑をかけられた人間は山ほどいる。そして、その元凶がはっきりとはわからない。なら、今見えている原因を潰したくなるだろ。…翼なら、わかるよな?」
「……残念なことに、わかるわ。けど、それとどう緑が関係しているのっ…!!」
龍が話していることは、翼にとって聞き覚えのあることだった。
遠い昔の、自分の記憶。
その時の言葉、動き、人々の表情…。
翼は、忘れる事ができない。
しかし、今はそれよりも緑の事が心配だった。
「……昔も、今も、エクストラから干渉はある。しかし、何をこちらに送って来ている?…人だ。エクストラで生まれ、育ったのをこちらの世界に送って来ている。理由は知らないけどな。まぁ、さらに言えば根拠すらないが。……でも、翼、お前だって気付いてるだろ?」
「……どれ、に」
「緑がエクストラの人間だって事だよ。お前の持っている異能は、そういうのには敏感なはずだ」