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「おふろ入ったよ〜」
「おー。じゃあ、緑起こしに行ってみようかな」
「私も行く〜〜」
リビングを出て、緑の自室へと向かう。
緑の自室の前で止まり、翼は声をかける。
「緑ー?そろそろ夜ご飯だよー?寝てるー?……返事がないや」
「中に入ってみる??」
「そうだね。ちょっと申し訳ないけど」
「え?一緒に住んでるのにお互いの部屋入らないの?」
「私のところにはよく来るけど…緑の部屋には全く」
「意外。お互い、部屋に入り浸ってるかと思った」
「そんなわけないでしょ。入るよー…」
笑顔で話していた2人だったが、緑の自室に入った途端、顔を引き締める。
なぜなら、部屋は暗く、辺りに満ちているなんとも言えない不穏な気配を2人が感じ取ったからだ。
「緑っ…!!!」
翼は緑を心配し、ベッドに向かう。
しかし、途中で何かに躓き、転ぶ。
そこにいたのは––
「翼、大丈夫!?……って…」
「いった……うん、大丈………緑!?」
そこに転がっていたのは、緑だった。
なぜこんなところに?
ベッドで寝ていたのではないのか?
様々な疑問が思いつくが、そんなことはどうでもよかった。
緑が、生きているのか、いないのか。
それが今1番重要なことなのだから。
「緑!!緑!!!!!返事して!!!」
「………っ、う……」
「緑!?」
「……はっ、はぁっ、うっ……」
「…翼、緑君の体に異変は?」
「……特にないよ。熱とかもない…」
「…普通の人間に起きるような出来事じゃないよね。何か兆候は?」
「目が…赤くなった。けど、それ以外には…」
「目が赤くなるのって…異能を使うとなるんだっけ?」
「ううん…私達異能は特にそういうのは…。緑の場合、目が赤くなると近くに異能者がいることが多いんだ。もちろん、知らない人とかの。…けど、今回は誰もいなくて…疲れてるんだと思ったんだけど…」
「……やっぱり、この子…」
「……つ、ば…さ…」
「緑っ…!!」
「……こわ、い…。……また、消える…。おね、がい…。も、う、やめ…て…」
「緑…?」
「うなされてるね。失ってる記憶を思い出してるのかな」
「…………優乃」
「翼?………っ、もしかして」
「あいつのところに行って来るよ。今、あいつしか頼りにならないから」
「やめて!!!!翼、いつも…あの人のところから帰って来ると、いつも辛そうにしてる!!行かないでよ!!!」
「優乃…それは違うよ。あいつが…正しいから。私は、辛いの。あいつが正しくて、けど、それを認めたくないの。悔しいけど…」
「違うよ…違うって…あの人のところに通い詰めないでよ…いつか、翼が壊れちゃう…」
「そんなことはないよ。あいつ、仮にも私を育てた人だしね。それに…あいつが何を考えてるかなんてこれっぽっちもわからないけど、私がいなくなって喜ぶような人ではないから。……行くね。緑の側にいてあげて」
「………」
緑の自室から自分の自室へと向かい、出かける準備をする。
優乃に言われた、辛そうという言葉を思い出す。
同時に、優乃に言えていない秘密も思い出す。
「辛いに…決まってる。だって…だって…」
連絡を入れた相手のところへ向かうべく、夜8時の街を歩く翼。
街灯が照らす光を浴びて、笑顔を振りまく者とは真反対の道を歩いていく。
そんな翼に声をかける影が、後ろに1つ、いや、2つ。
「?……おい、翼!」
ぼーっとしていた翼はハッとし、後ろを振り向く。
「…シュウ?それに、リクさん?」
翼がシュウ、リクと呼んだ相手はリリーフの仲間である。
シュウはリリーフのリーダーでもあり、翼がなんだかんだでお世話になっている。
リクはシュウの友人で、幼馴染のような関係らしい。
「こーら、翼、それはリリーフ内だけだ。外ではしっかりとした名前で呼べ」
「あ、ごめん…夜守」
「まぁ、呼びたくなる気持ちはわかるよ。楽だしね」
「いえ、ちゃんと使い分けないとですよね。雪道さん」
リリーフではなぜか(たぶんリーダーの趣味)リリーフ内での名前が存在する。しかし、外で会うときはちゃんとした名前を言わなければならないので、ちょっと面倒である。
夜守、と呼ばれたのは先程シュウと呼ばれていた男であり、骸外夜守と言う。リクは雪道清と言う名前であり、どちらも翼より年上である。
「夜守はこんな時間にどうしたの?今日はリリーフにいないんじゃ?」
「はい。遊びですよ、ただの。付き合わされる身にもなってほしいです。今日は別件があったのに…」
「付き合わされたんですか?」
「リーダー権限で」
「リーダー権限で…」
「なんだよ、そんな目で見るなよ!良いだろ、別に。断れるような件だったんだろうし…」
「大切な彼女とのデートだったんだけどな。お前からの命令って言ったら可哀想にって言われたよ」
「あーあー聞こえねぇな!!!!!」
「ふふ…」
「あ、ごめんね、翼さん。翼さんこそこんな時間にどうしたんです?家、今向かってる方と逆ですよね?」
「あー…えっと、ちょっとしたお出かけですよ」
「こんな時間にか?店は閉まってるぞ?」
「うっ…そう、です、ね…」
翼は言葉を濁らせる。
と、言うのも今から向かうところは優乃だけでなく、周りの人間からやめた方が良いと言われているからだ。
それでも、翼には向かわなければならないのだが。
「おい…まさか、あの人のところに行くのか?」
「…龍さんのところですか?」
「……はぁ、バレたししょうがないか。異能使うことも考えたんだけど」
「何の用だ。くだらない用なら止めるぞ」
「くだらなくなんてない。そもそも、あいつのところに行くのは私の勝手」
「翼さん、あの人は危険すぎます。何を考えてるかわからない上に、あなたを妙に気に入っている。リリーフの中では危険人物視されてるんですよ」
「知ってます。私だって、馬鹿じゃないからあいつがまともだなんて思ってません。けど、今から行く用事はあなた達には解決できない問題で、あいつには解決できる問題なんです。行くしかないんです」
「用事を教えろ。でないと後をつけるぞ」
「つけたところであいつにバレて消されるよ?」
「教えろ」
「……緑」
「緑君ですか…?」
「緑の様子が変でね。不可思議なことが起きてるからあいつに聞きに行こうと思って」
「記憶を取り戻しそうなのか?」
「さぁ。知らない。……もう良いでしょ?早く行かせて。緑の事が心配なの」
「………」
「お気をつけて…」
「失礼します」
翼は踵を返し、歩いて行く。
止められることはわかっていた。
けれど、翼は止められるたびに悲しくなる。
あいつは、確かに良いやつとは言えない。
けれど、会ったこともない奴らが、どうしてそんな風に批判できるのか。
「私は…あいつより、あなた達の方が危険だと思うよ…」
数年前の出来事からあまり人を信じられない翼は、そんな言葉を呟いた。
しかし、その声はあまりにも小さく、夜の街の喧騒に掻き消された。