おしかけ姫と魔王様(副題・自称勇者による、魔王攻略のための計画的犯行の結末について)
「おはようございます! 魔王様!」
本日、謁見の間にて顔を合わせた自称勇者は、小娘だった。
え? この娘が勇者? ちょっと宰相、どう言うことよ?
ちらっと隣の澄ました顔の宰相を見る。私の視線に気が付いた宰相が、静かに首を横に振る。つまり、今は助け舟を出す気がないということか。
ねえ? 私は自称とはいえ勇者がアポとってきたって言うから、会うことにしたんだよ。宰相。住居不法侵入に器物損壊と窃盗の常習者であるあの勇者たちが、あの勇者たちがマトモに手続き踏んできたから会ったんだよ。
なのに何これ? 勇者じゃないじゃん。全然違うよ。さらっさらの金髪を靡かせる碧眼の優男じゃないよ。縦巻きロールの金髪で碧眼の女子だよ。何これ、まさか勇者、城のトラップ踏んで性転換しちゃった?
あれ? でもそんなトラップあったかな? 随分前にそんなような術を仕込んだ宝箱を作った気がするんだけど。
「西塔近くの客間に放置してあります」
ああそう。宰相ありがとう。
……宰相、私の心を読めるなら全力でフォロー入ってくれない?
「お断りいたします」
即答しなくたっていいじゃん。ぐすん。
心の中で嘆いて、私は正面を見据えた。一応相手が自称勇者である前に自称姫であるので、普段の会談よりも格を重んじている。
手紙による先行伺いに、日程のすり合わせ。そう言った相手の状況を鑑みて出された手紙は、明らかに手慣れているようだった。少なくとも、一般庶民でないことは確かだ。
「さて、こちらでは確認する術がないので訊ねるが。その方が勇者と名乗る者で間違いないか?」
「当たり前じゃないですか! 勇者なんて名乗ったもん勝ちですよ!」
清々しいほどの笑顔でのたまう小娘に頭痛がしてきた。つまるところこの小娘、勇者ではないが勇者と名乗っていたと暴露したようなものである。
名乗ることに資格などはいらない。それこそ小娘が言ったように名乗れば勇者だ。どっかの朽ち果てた神殿にある聖剣を引っこ抜かねばならないとか、どっかの引退した高名な剣士の子供である必要もないのだ。
「……では勇者よ、そなたの名前はなんと申す」
「勇者です! 今決めました!」
右手をピンと上にあげて、小娘は一片の曇りのない澄んだ瞳でハキハキと答えた。こちらが罪悪感を抱いてしまいそうなほど、実にいい目をしている。
手紙に国名とその姫であること、でもって『勇者』としか書かれていなかったから嫌な予感はしたんだよね……。
「……勇者から、勇気を取ったらただの者。とは昔の人族は上手いことを言ったの」
「遠い目して何感心しているんですか! 戻ってきてください魔王様! ごほん! では勇者殿、手紙にはあなたは姫であるとも書いてありましたが、確認です。どちらの
国の姫でしょうか?」
私一人では対処できない、ある意味で曲者がやって来たと判断した宰相が代わりに小娘に問う。
そのままやっちゃって、宰相。私には無理。
「はい。出身はエンドエースです」
エンドエースと言えば、魔国から四つほど国を跨いだ所にある。確か好色な王が、未だに妾を集めては囲っていると耳にしているが……。
妾だけで十人を超えていたはずだ。だとしたら、この小娘はその妾の子か。
「十八番目の王女で、上から順に言うと二十九番目の子供になります」
「にっ……二十九番目!?」
「はい! 父上が六十歳の祝いの席の子と呼ばれています!」
あれ、エンドエースの国王って確か今、齢八十近い老人だったよね? そいつが六十の時って、どんだけ元気なの!? あの王様。
私なんて魔王だからって、三割増でハードル高く上げられているおかげで、全然見合いの話とか来ないし。せめて家事全般ぐらい出来るようにしようって頑張ったら、女官長から怒られたし。
部屋でコッソリ林檎の皮向きの練習して、最近やっとウサギ型の林檎が綺麗に出来たところなんだよ。料理長に見せに行ったら泣くほど喜んでくれたんだから。
「より正確に言うなら、六十歳の祝いの席の捧げ物が母だったんですけどね。母は十七番目の側室で、半年前に罪をでっち上げられて斬首されました!」
「宰相! この子さらりと笑顔でトンでもないこと言ったよ!」
やだこの子、超怖い。隣に立っている宰相の服を思わず掴んだ。なんかこの子、メチャクチャ重たい過去背負ってるよ! 今押し込み強盗しにくる勇者なんて目じゃないくらいに、重たいもの背負ってるよ!
ガクブル震える私とは逆に、宰相は眉間に皺を寄せて小娘を見ている。
「では、何故勇者としてこの城に来たのですか? 姫なのですから王族としての役目があるでしょう」
「この間父上が、十八番目の姫じゃ貰い手が見つからないし、せっかくだから勇者になって旅しておいでよって、路銀渡して見送ってくれました! 世界全てを見てくるまでは帰ってくるなって言われました!」
「……魔王様」
「……のう、宰相」
今、きっと私と宰相は同じ事を思ったはずだ。
冤罪だろうがなんだろうが処刑された側室の子供で、しかも扱いに困る十八番目の姫。
……それって、体よく城を追い出されただけじゃね? と。
「と言う訳なので、魔王様! 私と拳で語り合いましょう! 勇者と魔王ならばそれが一番分かり合える」
「私は今、おぬしと分かり合える気が全くしない」
笑顔で拳を前につき出す小娘に、私は目眩がしてきた。
■□■□■
「よし! 第一班は戦力の分断! 第二班は事前指示どおり分断した第一班の援護! 第三班は後方の紙防御連中を叩け! 第四班は城の者たちの避難誘導と治療に動け! 第四班は迅速に! ぐずぐずするな!」
「了解しました! お嬢!」
城門の内側で、小娘が声を張り上げ指揮を執っている。攻め込んできているのは勇者ご一行だ。
つーかお前たち、いつの間にお嬢なんて呼んでるの?
さも当たり前の如く馴染んでいる小娘に、胃の辺りがシクシクと痛んでくる。これで小娘が死んだら死んだで、また外交問題が発生するよ。やめてよ、勇者の騒動でいっぱいいっぱいなんだから。
「いいか! 全員生きて捕らえよ! 宰相が今までの損害を全て請求すると意気込んでいたぞ!」
「よっしゃー! 毎度毎度ぶっ壊される城門の修理費が戻って来るぞ!」
「おおおおおっ!!!」
……なんか私が指示してるときより、城のみんな生き生きしてない? ねえ? みんなテンション高いよね?
「いやぁ、実に清々しい気分ですねぇ! 魔王様!」
私と一緒にバルコニーからこの状況を眺めていた宰相が、今までにないほどの輝く笑顔で言った。
宰相、やっぱり城門破壊されるの気にしてたんだね。なんか、ごめん。いつも怪我人出るくらいなら通した方がいいかなって思って、ごめん。
国庫を無駄に使うような事してごめんなさい。
「姫様! そのまま殺っちまえ!」
「宰相! やるにあてた字おかしいよ!? そっちあてたら駄目だってば! 殺っちゃったら請求書出せないから!!」
「――っと。私としたことが、つい熱くなってしまいました。ちっ」
「ねえ、宰相。今ナチュラルに舌打ちしたよね?」
隣にいる宰相が、まるで別人みたいな気がしてきた。なんだろう、あの小娘とタッグを組ませたら危険な気がする。ほら、あれだよ。お風呂掃除でよく使う薬品、混ぜるな危険。
「誰だよあの女の子! 明らかに人族だぞ!?」
「ああー!? あの子エンドエースの姫ですよ!」
「知ってるの? 巫女様」
勇者一行にいた巫女が叫びながら、仲間たちに小娘について話し出す。といっても十八番目の姫だ、祝賀会で顔をあわせた程度のものらしい。
結局あのまま城に居座ってしまった小娘は、勇者ではなく姫として滞在させている。相手国から問い合わせが来ても、お客様としておもてなししていれば角は立たない。お・も・て・な・し、大事な精神だ。
お客様の役目に、勇者の制圧は含まれていないのだが……。耳が早すぎるのも困りものである。というか、誰だ、小娘に勇者が来たと教えたのは。(※噂好きな女官が原因です。)
何番目はともかくとして、姫でありながら城の迎撃にあたる兵士たちの指示は的確だ。いったいどこで身につけたのか、はなはだ疑問だが。
気づけば後方、小娘曰く紙防御の連中は倒れ、前衛の二人、勇者と剣士も圧され始めている。
「さあ、残る二人。このままいても圧されるだけで先が見えているぞ。今大人しく投降するのなら、五体満足でこの城から帰してやろう。抵抗するのであれば……後ろの連中とともに……」
ともに、ともにどうするつもりなの!? 小娘! やめてよ! バッドエンドと死ネタは人を選ぶんだから!!
ニタリ、とそれこそ私以上にあくどい笑みを浮かべ高見から勇者一行を見下ろす小娘。突如吹く風が、小娘の縦巻きロールの金髪を揺らす。
……どこからどう見ても、ただの悪役である。しかも幹部。自称勇者に姫どころではない。そのうち高笑いでも始めそうな雰囲気だ。
「お前! エンドエースの姫ならば、なぜ魔王の味方をする!」
「ふっ、愚問だな。簡単なこと、私が魔王の妃だからだ! 他に何があるという!!」
「な、なんだと! エンドエースは魔国についたというのか!?」
「ちょっとおおおっ!? 何言っちゃってんのあの小娘えぇぇっ!! 私はまだ結婚してないし! そもそも見合いの話来てないしっ!」
愕然とした表情の勇者以上に衝撃を受ける。予想だにしない場所からの攻撃が自分にクリティカルヒットだよ!
衝撃の事実発覚! なんてレベルの問題じゃないよぉぉ! いつの間にか嫁来てる!?
「宰相! すぐに止めるんだ! このままじゃいろんな意味でやばいって!」
「いいじゃないですか。嫁の来てもないんですし。このまま姫様を娶った方がバランスいいですよ」
「よくない! よくないよ! 小娘! すぐに訂正しなさい! みんな誤解しちゃうから!!」
バルコニーから身を乗り出して、慌てて小娘を止めに入る。相手は勇者一行で、勇者は庶民でありながら普通に王様に会える相手だ。
このまま誤解を解かずに帰そうものなら、戦争相手が一つ増える!!
「見るといい! 我が夫である魔王も、身を乗り出すほどの声援を送っているだろう」
「ちげーよ! 止めてんの!」
聞こえているはずなのにガン無視か! いい度胸だ小娘!
「選ばせてやろう。投降するのなら五体満足で城から帰してやる。抵抗するのであれば後ろの連中とともに、身ぐるみ剥いで国の大通りに返却してやろう」
ゲスい! ゲスいよ! どこの盗賊だよ!
「なんて卑劣な!」
「何とでも言うがいい! 貴様らが破壊し略奪した行為と何が違うというのだ!」
「ぐっ……」
「さあ、どうする。このままここで醜い屍となるか、今までの損害をすべて補償するか。好きな方を選ばせて――」
「お止めなさいっ!」
「いったぁいっ!!」
バルコニーから飛び降りて、そのまま小娘の脳天にチョップをかます。何この子、悪党らしい悪党だよ。
直撃を受けた頭をさすりながら、小娘は唇を尖らせた。そんな可愛いしぐさをしてもいけません! さっきのあくどい腹黒笑顔は取り消さないよ!
「何するんですかぁ、旦那様~」
「旦那じゃないでしょ! 結婚してないんだから!」
「結婚したら言っていいんですね! 分かりました! 結婚しましょう! 今すぐ! 直ちに! 即刻!! 宰相さまぁ~、司祭様を呼んでください!」
「了解です! 姫様!」
バルコニーからイイ笑顔で、宰相がサムズアップ。お前たち、仲いいな。息ぴったりじゃん。……って、ちょっと待って!
「結婚しないよ! 止めに来ただけなんだから!」
「血痕をしたたらせて、勇者たちにトドメをさしに来ただけなんですね! まあ、さすが旦那様。妻の手を汚させることはしない。なんてお優しい――っ!」
「その斜め上にぶっ飛んだ解釈は止めなさい」
「斜め上にぶっ飛ばして介錯するんですね」
「…………のう。姫よ」
「妻にございます、旦那様」
「ひ、め」
「なんですか、もう」
一文字ずついい聞かせるように言えば、ようやく小娘はそのふざけた口振りを止めた。そのかわり表情はすこぶる不満げだ。
頭が痛い。小娘が来てから胃薬と頭痛薬が手放せなくなってきている。薬の飲みすぎはいけません、って侍医から注意されているのに。
「姫。この勇者どもは不法侵入に器物損壊、傷害罪に窃盗罪の常習者でもね、一応人間なの。人ん家に迷惑と損害しか持ってこなくても、人族代表の勇者を殺しちゃったら戦争再開しちゃうの。そこは分かってる?」
「分かってますよ。勇者っていう帰ってこなくていい攻撃魔法を魔王にぶっ放して、死んだらコレ幸いと戦争吹っかける気だって事ぐらい。勇者が選出されてから、裏商人たちが戦争特需でさらに潤ってます」
……アングラな業界にも精通しているようでなによりです。てか裏商人たちよ、再開予定の目処、未定なんだけどもう稼ぎ始めてる!?
「まあ、勇者以外の面子はもともと名前が知れていて、死んだら各国が大騒ぎになる連中で固めたって聞いていますから。この人たちはそうなんだろうなと」
ふっと、遠い目というか哀れんだような目で、小娘は勇者たちを見つめた。その表情はどう見ても裏事情を知っています、と宣言しているようだった。
……そんな裏事情の暴露に、勇者一行に動揺が走っている。それもそうだ、人族の未来を背負って魔王城に来ているというのに、撃ちっぱなし扱い。生きていようが死んでいようが関係ない、で話が進められていたという事実に、動揺しないほうがおかしい。
うん、私も動揺してる。人族側にそんな事情があったのね。知りたくなかったなあ……。
「だったら、華々しく散った方がいいじゃないですか」
「どうしたらそんな結論になるのか、私は聞きたい」
「え? この流れだと、生きても死んでも彼らは困るだけじゃないですか。だったら後始末までこちらで請け負ってあげたほうが、彼らも私たちもwin-winな関係になれますよ」
頭痛が痛い、じゃなかった。頭が痛い。それが理解できるから、今度は胃まで痛くなってきた。
こめかみを指で押し揉みながら、勇者一行に視線を向ける。その視線に哀れみが入ってしまったのは仕方がない。皆青い顔で、こちらの出方を窺っている。
「……とりあえず、茶でも出すから飲んでいくがいい」
おもてなし精神が出てしまった自分を恨みたい。
+++++
客間の椅子にぐったりとした様子で、勇者一行は座っていた。魂が半分抜けかけている気がしなくもない。
そんなのお構いなしに、なぜか小娘と宰相がテキパキとテーブルにお茶とお菓子と、大量の書類をセッティングしていく。……ちょっと待て、最後の一つお菓子い。じゃなかったおかしい。
お茶とお菓子に紛れられない、どっちかって言うと、お茶とお菓子が紛れるほどの大量の書類がなぜ並ぶ!?
「のう、姫よ」
「妻にございます、旦那様。なんでしょう?」
「……姫、この書類は何だ?」
小娘が来てから、やけに文官たちが慌しい様子だったのだが……もしかしてコレが原因か。
目の前で一瞬だけ不服そうな表情をした小娘だが、すぐにそれを引っ込めて、ドヤ顔で胸を張る。パツキンの縦巻きロールがブンッと揺れた。
「もちろん、魔族が人間界を制圧するための資料にございます」
「……目の前にいるの、その人間界、人族代表の勇者なのだが?」
「はい! 最初はいろいろと計画をしていたのです。調略、ハニトラ、金、王位簒奪の手引き等など、どれもいつでも実行できるように準備万端でした」
小娘は持っていた紙を捲りながら、何でもないことのように言った。というか、質問の答えになっていない。
「ですが、勇者たちの様子を見て、計画を変更した方がいいのではないかと思ったのです」
「計画変更とな?」
すいっと勇者たちに目を向けるが、ここに来てから彼らは茶に口をつけないし、そもそも顔色がまったく良くない。それでも、青い顔でこちらを見ながら、これからどんな話がなされるのかと、緊張と動揺がない混ぜになった心境で小娘が話し出すのを待っているのだろう。
「はい。まず勇者様ですが、グリフィダの寒村出身です。現在「魔王が原因だ!」と理由をでっち上げて非常に重い税に村どころか、国民全員が苦しんでいます。ちなみに貴族はまあ、予想通りにリッチな生活ですね」
「いっそ、リッチ(不死の魔術師)にしたい気分ですね」
と、笑顔で宰相が呟く。お止めなさい。そんな事をしたら、全世界のリッチさんが怒ります。
そして人を勝手に、税金を巻き上げる理由にしないでほしい。後で正式に抗議文を送ろう。
「その税の本来の徴収理由は、五年ほど前の隣国との戦争で使われた軍事費、その後の大災害で受けた被害への穴埋め、計画性ナシの復興事業の癒着と横領になります。調べたところ、まだ借金の完済にはほど遠いようです。また国防費で購入した武器の大半が、別の国に売られていました。そちらは総じて王侯貴族の懐にinです」
ガタン! と勇者が椅子から転がり落ちた。うん、その気持ちは分からなくはない。
うん。自国が借金で首が回らないとか、信じたくないよね。復興費用の横領は駄目でしょう。国防費で買った武器を転売して売り上げ懐行きとかいかんでしょう。
率先して勇者投入を推してたのは、確かこの国だったはずだ。なるほど、魔王討伐を名目に借金の返済を踏み倒す、もしくは魔王城の財を狙うために魔王に戦争を吹っかけたのか。
「魔法使い様はハールリヴェルの魔術学院の出です。現在学院長は療養中との事ですが、副学院長が公爵家と手を組んで遅効性の毒を盛っています」
「な、副学院長が!?」
「魔法都市と名高い国の魔術学院を自分のものに出来れば、国政に口を挟める。絶対に復権してやると、公爵(現国王の弟)が息巻いています」
定番のお家騒動が発覚か。なんだ、あの国、話だとそれなりにスムーズに代替わりしたって聞いてたんだけどな。そっかー、弟は全然納得してなかったのね。
「あの白アスパラと脳筋めぇ」と、魔法使いが歯軋りをしながら口に出す。完全に怒りのスイッチが入ったらしい。
「剣士様の所属しているフエラーナの騎士団ですが、第三団長が国王の子です。あまりに好みではない妃に、まずその前にと部屋つきの女官に手を出して孕ませた子供でした。国王様は極秘に認知しておりご存じです。ちなみに継承権ですが、国王様が認めていないため放棄していません」
「まさか団長が王子だというのか!?」
「第一王子は、どういうわけだか未だに王太子と認められていませんね。なんででしょーねー」
白々しい口振りである。私、知ってるよ。そこの王子、女遊びが酷すぎるっての。あちこちの貴族の令嬢から庶民まで、手当たり次第に手を出してるの。
この間ウチに公務で来た友人の娘にまで手を出そうとしてたくらいだ。ええ、ずぅっとその愚痴聞かされてましたよ。内容覚えちゃったよ!
「巫女様はウェルシェマ教大神殿の出ですね。寄付金横領、信者と教会職員との姦淫、ご実家が爵位持ちの司祭以上の方の部屋付き――世話係は見事に愛人ですね。より端的に言えば性的関係者です」
さぁっと巫女の顔から血の気が引いていく。ご愁傷様です。清廉潔白を信条としているであろう教会職員が、俗世に堕ちまくってますよ。
「最近認定された大聖母様ですが、教皇が日夜部屋に引きずり込んでアレコレやって開発されちゃってます」
「かいはつ……?」
小娘の追加情報に、巫女がきょとんとした表情で首をかしげた。OK、姦淫やらは知っていてもその手の単語には疎いようだ。
「巫女よ、知らぬ方が良い。神に仕えるものならば大罪に等しい行為だ」
「は、はい」
コクコクと頷くと、口元を手で覆う。巫女だけあって、温室育ちか純粋培養と言ったところか。
パンッと音を立てながら、小娘が紙の束を閉じた。そして勇者一行の顔を見る。
「皆様方は、やらなければならない事が、他にあるのではないのでしょうか?」
にこやかに微笑みながら言い切った。
しばしの沈黙、私がすっかり冷めた紅茶に口をつけたとき、勇者一行が一斉に立ち上がった。
「すまぬ魔王。緊急の用を思い出した故、また日を改めて非礼を詫びに来る。式には是非招待してくれ」
「重要な情報の提供、感謝する。落ち着いたら礼に来る。式の日が決まったら連絡をくれ」
「礼を言おう、王妃殿。この礼は必ず。王子をお護りしなければ。状況によっては式には出れんが、祝辞は送る」
「わ、わたくしも取り急ぎ戻らなければっ。教会を掃除しなければなりません! わたくし司祭ですから、ぜひ、お式で宣誓文を読み上げさせてください」
さらばだ、それでは、失礼する、ごきげんよう。四者四様の去り際の言葉を発して、慌しく勇者一行は城を出て行った。
部屋に残ったのは、私と小娘と宰相。小娘と宰相はガッツポーズだ。
……計画通り、らしい。
「のう、姫よ」
「妻にございます、旦那様。なんでしょう?」
「……なんか、私と姫で結婚することが決まっているような流れになっているんだが」
「計画通りです」
「何が?」
「計画通りです」
「だから何の!?」
結局小娘は、にっこりスマイルによる圧力で押し切り話すことはなかった。腹黒いスマイル0円、嬉しくない。
私、魔王なのに……。この扱いってあんまりだ。
■□■□■
小娘が居座って半年が過ぎた。
最近手紙、というか文通をするようになった。大半が件の勇者一行からだが。やはり政に関わったことがないと、辛いところがあるようだ。
Q、悪即断ってどのくらいなら許容範囲?
A、矯正不可、利用価値なし、置くだけで害悪ならば切り捨てろ。締め付けすぎると反発を招く。腹は立つが、必要悪も適度に認めよ。残虐になるのならば一度だけだ、そのときは徹底してやりつくせ。
Q、病死に見せかけた毒殺をこのタイミングでしたら怪しまれるか?
A、国王からの許可は下りているのか? その辺りの確認はきちんとしておけ。後々の禍根になるぞ。下りているのならばよい。何も毒に拘る必要もなかろう。旅先での不慮の事故は、よくあることだ。
「旦那様、お茶とお菓子を持ってきました。合間にでも摘んでください」
うむ。ありがとう。
勇者の騒動が去ってから、執務中の私にお茶を運ぶのが小娘の仕事になった。これが最初のころと比べると、まあ腕を上げたことで。あのしっぶい紅茶を入れていた人間とは思えない。
あれ、一緒に置いてあるの、くるみとレーズンのパン? これ好きなんだよね。
「はい。間食用なので小さく焼いてあります。旦那様のお口にあって嬉しいです」
ん? もしかしてこれ、姫が焼いてるの?
「はい! 私の特技です! エンドエースにいた時は小間使いとして後宮の調理場で働かされていたのでその時に覚えました!」
うわー。ここに来てさらに重たい過去来たよ。姫を小間使いって駄目でしょが。
「仕方ないですよ、王子と王女合わせて四十人以上いれば、ヒエラルキーとかカーストとか出来上がっちゃいますから」
……まあな、後宮の人数が多すぎるのも問題だな。
「旦那様は後宮に誰か入れるご予定はないのですか?」
ないない。ハーレムってのはね、金と甲斐性がなきゃ維持できないから。まあ、後継者問題が出てくるまではなしだね。
「一途なんですね」
おうともさ。側室同士の派閥争いなんざ、火種になりそうなことはしないよ。一人を大事にすればよい。
「それはよう御座いました。私も安心です。では旦那様、お仕事頑張ってください」
うむ。しかし旦那様は止めなさ……ってもう部屋を出てるし。まったく。
あれ? 今私、声に出してたっけ? なんか宰相みたいに心の声と会話していた気がするんだけど……。気のせいか。よし、次読もう。
Q、派閥争いが鬱陶しい。かたっぱしから切り捨てるのは駄目だろうか?
A、お前の王子が即位する時に足を引っ張りかねない事態はぐれぐれも起こすな。派閥争いはそもそも、相手の王子がお前が推している王子を恐れているからに他ならない。調略、即位後の地位などで、自分たちの派閥に引き入れてはどうだ? いや、既にしているのならば読み流してくれ。
Q、元教皇がまったく反省してくれません。どうしたらいいでしょう?
A、あの色ボケじじいはどうにもならん。いっそ、民に判断を任せたらどうだ? 身包み剥いで大通りにでも放り投げて、民が何もしなければ無罪、何かしたら有罪、とか。ああ、ただしその前に罪状は公にしておけ。被害者がいたことも出しておくようにするといいだろう。あとは手っ取り早く去勢とか(ボソッ)。
……ふう。紅茶を飲んで、小娘が焼いたパンを食べる。相変わらず美味いな。しかし最近の手紙は、愚痴と政策やらが入り混じっている気がしてたまらない。
あの後、勇者一行の行動は早かった。あっという間に国を乗っ……立て直した。悪しき者たちを一掃し、民の苦しみを取り除いていく。ただでさえ有名な勇者のブランドが、よりいっそう輝かしく、またそれを堂々と利用した。
下克上? 王位簒奪? あーあー、私何にもキコエナイ。
裏でウチの宰相と小娘がせっせと動いていたのだが、その点についてはノーコメントで。これ裏から世界を牛耳っていやしないだろうか?
そして私は最後に、まったく関わりのない……いや、あるにはあるんだが、小娘の母国・エンドエースからの手紙を開いた。
何でも色ボケじじいその2(小娘の生物学上の父親)が退位したそうな。で、跡を継いだのが、何故か一番二番の王子そっちのけで、三十番目の子供。外見は金髪の碧眼の美男子だとか。
……うん。今、うちに居座ってる小娘、確か二十九番目の子供で、金髪碧眼の縦巻きロール。ハハッ! まさかね、まさかね!
手紙には戴冠式の招待状。し・か・も、ドドメとばかりに、姉をよろしくお願いします。と締めくくられていた。
うおいっ!? やっぱり姉弟かよ! 現実逃避ぐらいさせてえええっ!!!
微妙に王位に付くまでの手腕が想像できてしまうのが泣けてくる。物凄く身近に、その見本がいるから尚のこと泣けてくる。きっと退位したんじゃなくて、失脚にも近い方法で王位から蹴り落としたんだろうなぁ。表向きは退位にしてさ。
そういう計算高くて腹黒いところは似たら駄目だろ! 普通そういうところは似ないま逆の性格になるもんじゃないのか!?
頭が痛いし、胃も痛い。すっかりお世話になっている胃薬に手を伸ばして口に入れる。今日はこの後、針子たちが採寸に来る。少しでも調子をよくしておかないと。針子たちがヒートアップすると、私普通についていけない。
■□■□■
小娘が城にいるのが当たり前になって、あれから更に一年が経過した。
……すっかり馴染んでいるのは何故だ。最近私も、あれ、今日は小娘が紅茶とパンを持ってきてくれないの? と思うことすらでてきた。この兆候はまずい。
しかし今日はやたら来客が多いな。来客というか来賓のようないでたちの面々だ。城の大階段から、ホールを歩く人を見てビビる。ちょっと、普段この城にこんなに人なんて来ないんだけど!? 何があるの!? 宰相! 小娘! どこ行ったの!?
「魔王! 久しぶりだな!」
「ん? ああ、勇者一行か」
「いい加減その勇者一行は止めてほしいな」
手すりの陰でビクビクしていた私を目ざとく見つけたのは、いつぞやの勇者一行だった。身分は変わってしまったが、今でも皆、国を超えての親密ぶりだ。
勇者は国を救った王になり、剣士は団長の身分が明らかになる前から王子を支えた忠臣と言われ、魔法使いは国全土を巻き込んでの謀略の阻止と謀反人を捕らえた功労者として国政にも意見ができる学院長に、巫女は神の導きで神殿に蔓延っていた悪魔の使いを一掃した聖女として。
すっかり肩書きの似合う面々となっている。あの頃の貧相な身なりの青年たちが、今では立派な服に身を包み、従者までいる始末。人とは変わるものなのだな。
「おめでとう! 魔王!」
「まさか魔王が最初だとはな」
「うむ、めでたいことだ。王太子殿下も出席したかったと言っていた。代わりに祝辞を預かってきた」
「わたくしお二人のために、今日は普段以上に気合を入れて壇上に立ちますね!」
「わけがわからん」
皆揃っていい笑顔だ。なんだ、いったい。なぜ私が祝われる? 「うらやましいなこのヤロー」やら「尻にしかれるタイプか」とか雑談をしているうちに、勇者一行は従者に促され、どこかへと行ってしまった。
「魔王様! どちらにいたのかと思えばこちらでしたか! 急いでください! 時間がありません!」
「のう、宰相。一体何がどうなっている?」
「説明は後です。姫様の弟君、エンドエースの国王様が来ていますから、挨拶を」
「あ、今来てたんだ」
「本人を前にそんな事を言わないでくださいよ!」
さすがに言わないって。宰相に連れられて向かった先にいたのは――確かに、顔つきが小娘に似ている金髪碧眼の青年だった。晴れやかな笑顔で、けれど小娘は笑っているのに今にも泣き出しそうな表情で、弟である国王と話しをしていた。
小娘はいつもの小娘ではなかった。普段は華やかさゼロの格好を好んでいるのに、今日は違う。真っ白なドレスを着ていた。珍しいこともあるもんだ。弟が来るのだからと、めかしこんだのか?
私が来たのに気付いたのか、小娘と国王が慌てて居ずまいを正した。
「魔王様、おめでとうございます。本日は、お招き頂きありがとうございます」
「う、うむ。こちらこそ、遠方からの出席、感謝する」
やべ、こういった時ってどう言うんだっけ!? 宰相! 感謝するって言っちゃったけど、ご苦労だったっけ? アドリブ苦手なんだってばっ!!
内心の動揺は一切表情に出さずにいれば、国王が小さく笑った。
「姉に聞いていたとおりですね。まったく、なぜかの三国は魔国と戦争をしたのか、理解できませんね」
「その言葉で少しは気が楽になる。最近は人族間との協定を結んだしな、これで騒動が治まればよいのだが」
「問題はないでしょう、勇者たちが率先して動いていたんですから。それに結果は出ている。これで文句を言うのは後ろめたい連中だけですよ」
まあ、そうなんだろうが。だが、まだ蟠りは多い。が、一年やそこらでどうにかなるとは思っていない。こればっかりは時間をかけて信頼を築いていくしかない。
「姫様。そろそろご支度の時間になります」
「はい。旦那様、国王陛下、失礼致します」
だから旦那じゃないっての。スカートを軽く持ち上げて綺麗な礼をとると、女官たちと一緒に足早に離れていく。
残されたのは、私と小娘の弟と、一切口を挟む気のない宰相。
不意に、国王が私を見上げた。
「姉は、国元でもなかなかに行動的なほうでした。王女らしくないと言われるほどには」
ぽつりと、呟くように国王が言う。やっぱり国元でもあんな感じだったのね。
「行動的の中には、初の女王候補という意味も含まれていました」
「はあ!?」
女王!? あの小娘が!!
しかし思い返してみれば、軍の指揮系統も問題なさそうだったし、内政関係の情報収集にも抜かりはなかった。これ、一歩間違ったら女狐とか言われる腹黒女王が誕生していたかもしれない。
「それを恐れた上の兄弟たちが、姉の暗殺を企てていたので、私は国を出るように姉に進言したのです」
「言葉だけ聞けば、実に姉思いの弟だな」
「ふふ。魔王様、それは言わないお約束です」
世の令嬢が黄色い悲鳴を上げそうなほどの、甘い笑みを見せるが……私には腹黒い笑みにしか見えない。何かを企んでいる時の小娘の顔が重なる。
「きちんと父好みの女を宛がって唆して、王命をもってして出国を促しただけです」
でないと路銀に困りますからね。そう弟は言った。こりゃ小娘は一杯食わされたパターンか。いや、もしかして全て気付いていた可能性も……。あの小娘が、裏に勘付いていないのも妙な気がする。だとしたら、別の計画も表に出てくるんだけど……実は姉弟で王位簒奪を狙って動いていたとか、そっちはあってほしくない。人族怖すぎ!
「母の復讐は終えました。私も、姉も、自分の未来を考えていかなければなりません。魔王様、どうか姉をよろしくお願いします」
そう言った国王の顔に腹黒さは微塵もなく。ただ姉の幸せを願っている表情で、頭を下げるのだった。
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「素敵ですわ、魔王様」
「ええ、とってもお似合いです」
「逃げたい……」
小娘の弟と別れた後、宰相から引っ張られるように部屋に押し込まれたら、待ち構えていたのは女官たちだった。あっという間に身包み剥がされて、着替えさせられた。魔王の威厳どこ行った! 女官たちはキャアキャア声をあげてるだけだしさ!
でもってあれよあれよと、式典などで使う大広間の扉の前に連れて来られた。宰相、段取り良すぎ。
「のう、宰相」
「なんでしょうか? 魔王様」
今にも逃げ出したくなる足を何とか踏ん張り、口を開く。半年ぐらい前から、いろいろと目を背けたい現実をどうにかやり過ごしていたわけだけれど、これは問わねばなるまい。
今、自分が着ているこの服の意味を!
「これは、俗に言う花婿の衣装ではないのか?」
そう、部屋で女官たちに着せられたのは真っ白なタキシード姿だった。胸元のポケットには小さなコサージュ。
さっきの勇者一行との会話。やけに祝辞だのなんだの、祝いの言葉を通りすがりにかけられる。これ、気付かない方がおかしい。
「あれ? ようやくその疑問ですか? 私はてっきり諦めたものかと思っていたのですが」
「諦めたんじゃないよ! 視界に入れないようにしてたんだよ! 現実逃避してたんだよ!」
「なるほど。それではそろそろ視界に入れて、現実を直視しましょう」
「……もしかして、今日、私と姫の結婚式じゃないよね?」
「魔王様」
宰相が表情を引き締めて、真っ直ぐに私を見た。
「他に相手がいるとお思いで?」
「結婚式をやることは否定してくれないのね」
ちょっぴり泣きたい。
目の前の扉が開いたら、そこが結婚式の式場だということが確定してしまった。
「拒否したら?」
「ここでドタキャンしたら、歴史に残る大失態になりますね。次点としてエンドエースの血塗れ国王が、笑顔で魔王様を血祭りにするのではないのでしょうか?」
「何か怖いあだ名ついてる、あの弟!」
「まあ、義弟と呼ぶほどの仲になっていたのですね。それなら結婚しても問題ないでしょう! 旦那様!」
「ぎゃあ!? 出た!」
後ろからした聞き覚えのありすぎる声に、反射的に宰相を盾にする。現れたのは予想通りに小娘で、しかし格好はさっきのドレスと色は同じだがまた違う衣装を身に纏っていた。
肩の出た純白のドレス、たっぷりレースを使ったスカート。俗に言うAラインのドレスで……多分じゃなくても花嫁衣裳なんだろうなぁ。
あの金髪縦ロールの髪を覆う、繊細な刺繍の施されたレースを止めているのは、銀色のティアラ。……あれ、あのティアラ、王妃がつけるやつじゃね?
「どうですか? 旦那様」
そこで恥ずかしそうにするなよ、こっちだって恥ずかしくなるじゃないか!
「……悪くはない」
何とか振り絞って言ったコメントに、宰相はため息。悪かったな、気の利いたセリフが出なくて! 宰相! 既婚者なんだから気を回してくれてもいいじゃん!
そんななんとも言いがたい微妙なセリフに、宰相とは反対に小娘は笑顔だ。
「ありがとうございます!」
ぐっ……。その笑顔がちょっと綺麗だなって思った自分が恨めしい。
引っぺがすように肩に置いた私の手を外した宰相は、無言で廊下のはじに寄る。ここで話をつけろという事か。
「のう、姫よ」
「妻にございます、旦那様。なんでしょう?」
「……おぬし、このまま行くと私と結婚することになるが、それでいいのか?」
「はい! でなければここまで計画を立てません!」
「計画ってなにいっ!? 何を計画してたのあんたら!?」
思わず姫と宰相の顔を見比べる。このぅ宰相め。澄ました顔をしおって。
「安心してください旦那様、結婚は人生の墓場です。生きているうちから墓場に入れるなんて経験できませんよ」
「そっかー、入籍って、墓地に入るって意味だったのかー」
結婚怖い!
「ときに旦那様。旦那様は私が相手ではご不満ですか? 旦那様が嫌だと一言いえば、私は国へ帰ります。そうでないのでしたら……私をお傍に置いてください」
そういって小娘は、どこか必死な様子で真っ直ぐに私を見つめる。
「私、料理は得意です。女官長にも及第点をいただけるほど紅茶を淹れるのが上達しました、仕事の邪魔をするなと言うなら、執務室などに近寄りません。私、私は、魔王様をお慕――」
「姫、よく聞け。起こすつもりはないが、万に一つの可能性だ。再び人族との戦争が始まった時、姫、おぬしはこちら側にいられるか? 人として、もう戻ることは叶わぬぞ」
ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。やはりやめる、は出来ない状況だ。
ならば問うしかないだろう、この疑問を。己が腹を括るために。流され続けてここまで来て、最後の最後まで小娘に背中を押してもらう訳には行かぬ。
……それに、
「魔王様の傍にいることが出来る、それだけで充分です」
「ならばその様な顔をするな。おぬしは私の妻になるのだろう? いつものように自信に溢れた表情でおれ」
「――っ!? はい! 旦那様!!」
ゆっくりと、目の前の両扉が開いていく。普段とは違う装飾の部屋の中央に敷かれた、汚れのない白い絨毯の道。
なるほど、ここが人族で言うところの人生の墓場だというのならば、結婚するのもいいかもしれない。
小娘が隣にいるのは悪くない、そう思っている自分がいるのは確かなのだから。
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