表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

深く濃い

作者: 楽部

 滔々と流れる大河を前にして、老人は静かに座る。


 河はそこで暮らす人々と密接に繋がっていた。沐浴する行者、洗濯に励む女達、ゴミを捨てていく子供、灰を流す遺族。様々なものが水の中で混じり合い、濁りの底は窺いしれない。


 老人は真理の探求者だった。およそ人生の大半をその問いに費やすも、求める理には至らず。幾らかの知を得て浮かび、再度さらに深きへ潜る。解は一つとは限らない。恒河沙の数を超えて、尚多く。命尽きようと、そこまでは届かないかもしれない。


 永く河を見つめながら、探求者の思考は時として渦に巻かれる。


 前を犬の死骸が流れていく。




 弟子の一人が膝を折り、額を地面に擦り付けていた。その口は許しを乞う。


「師よ。私は禁を犯してしまいました」


 遠い東の国から来た青年は、かつて暴力の世界に身を置いていた。そこから逃れ、辿り着いて三年。この地は彼に合ったのだろう。急流とは異なる、緩やかに包み込む大河とともに在る暮らし。険は消え去り、染み付いた性質は抜け切ったかのようにみえた。だが、つまらぬ俗人との諍いの中で、元の顔が現れてしまったのだという。弟子は、血が滲む両の拳を固く固く握り締める。


「我は、何も与えはしない」


 しかし、寂しくも、老人は平らく答えた。それは罰を望む者に対して、尚のこと厳しい。


「では、私はどうしたらよいのでしょう。分かってしまったのです。何処にいようと、決して自分は変われない。血は水よりも濃いのだと」


 老人はしばらくの間、青年の顔を見つめ続けた。そして、徐に河に目を移す。


「果たして、そうであろうか」


 二人の前を豚の死骸が流れていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ