深く濃い
滔々と流れる大河を前にして、老人は静かに座る。
河はそこで暮らす人々と密接に繋がっていた。沐浴する行者、洗濯に励む女達、ゴミを捨てていく子供、灰を流す遺族。様々なものが水の中で混じり合い、濁りの底は窺いしれない。
老人は真理の探求者だった。およそ人生の大半をその問いに費やすも、求める理には至らず。幾らかの知を得て浮かび、再度さらに深きへ潜る。解は一つとは限らない。恒河沙の数を超えて、尚多く。命尽きようと、そこまでは届かないかもしれない。
永く河を見つめながら、探求者の思考は時として渦に巻かれる。
前を犬の死骸が流れていく。
弟子の一人が膝を折り、額を地面に擦り付けていた。その口は許しを乞う。
「師よ。私は禁を犯してしまいました」
遠い東の国から来た青年は、かつて暴力の世界に身を置いていた。そこから逃れ、辿り着いて三年。この地は彼に合ったのだろう。急流とは異なる、緩やかに包み込む大河とともに在る暮らし。険は消え去り、染み付いた性質は抜け切ったかのようにみえた。だが、つまらぬ俗人との諍いの中で、元の顔が現れてしまったのだという。弟子は、血が滲む両の拳を固く固く握り締める。
「我は、何も与えはしない」
しかし、寂しくも、老人は平らく答えた。それは罰を望む者に対して、尚のこと厳しい。
「では、私はどうしたらよいのでしょう。分かってしまったのです。何処にいようと、決して自分は変われない。血は水よりも濃いのだと」
老人はしばらくの間、青年の顔を見つめ続けた。そして、徐に河に目を移す。
「果たして、そうであろうか」
二人の前を豚の死骸が流れていった。