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王都にて

 その頃、腰かけた王女の椅子の上でレイシア・ピエルタは苛立ちを隠せずにいた。

 だって今夜は自分の結婚式なのだ。

 本来ならば、今頃愛する夫といちゃいちゃしながら各国の要人の祝福を受けている頃のはずである。


「ちっ」


 誰にも聞こえない様、王女様は舌打ちをする。

 それもこれも、全てはあのへなちょこ男のせい。


 朝食の最中に入った『ピスタティア王女失踪』の一報に、朝から混乱をきたした王宮内には次々と情報が飛び込んできた。それも、最初の情報が最悪だった。


『王女様は夕べ、どうしても光の海を見に行きたいと申されていました』


 そこで、彼らの行ったという例の店を訪ねさせれば案の定あの年増の女狐はすっとぼけるし、眼鏡の従者がそこにいたはずと言う渡しはどう聞いてもあいつだった。そもそもあのうさんくさい店に渡しはあいつしかいないのだ。


 すると、南の谷出身のあいつを良く思わない連中を中心に、事件は『誘拐』に変わって行った。


 そんなわけはない。あいつがそんなことをするわけが無い。だから、こんな事件はすぐに解決するはずだったのだ。やんちゃなお姫様が、ちょっとおイタをしただけだ。


 だがそこはさすがに国一番の渡しと呼ばれるだけあって、彼らの足取りは中々つかめなかった。王女の行方を心配し右往左往する眼鏡の従者を見て、かつて自分がやんちゃなお姫様だった時代の世話役の苦労を思い知らされたレイシア姫は、昼過ぎになってやっと彼らがプエラトにいるという情報が寄せられたとき、安堵のため息を漏らした程だ。


 そして、ほっと胸を撫で下ろした彼女の元に一つの花環が届けられた。送り主はあの酒場の年増の乳女。紡がれた花は『狡猾』『異国の男』『予定変更』。それらを囲む蔓の編み方は『不安』。下方に散りばめられた『嘘』を表す苔の花。


 巧みに会話をリードして『失踪』を『誘拐』にしたてあげた狡猾な異国の男なら、心配そうな顔をして目の前に。そしてきっと、南に位置するプエラトはジェシカに対して嘘を付いた。予定の者は行き先を変更したのだと。


 花環を見るなり、王女は愛する剣を走らせた。

 誰よりも速く何よりも強いその剣が、嘘の名を持つあの少年を助けてくれると信じて。


 そして。


 突然猛スピードで走り去った未来の国王の背を眺めていた異国の従者がくいっと眼鏡を押し上げて問いかける。


「殿下。一体何が起こったのですか?」

「そうね。それはこちらがお聞きしたい位ですわ」


 にこりと微笑んだレイシアは、すくりと立ち上り冷たい目で彼を見下ろした。


「場所を変えて差し上げましょうか? 聞かれたくない話もあるでしょうから」

「さて、一体何の事やら。ですが一息付けた気分も確か。どうです、少しテラスにでも?」


 言葉と共に差し出された男の手には、幾つもの指輪。それが肘までを覆う腕輪につながっていて、趣味の悪い装飾品ねと胸の内で呟いた王女は、彼の手を無視してすたすたとテラスへ歩いていった。


 そこで、彼女は驚いた。いつの間にやらそのテラスには息を飲むほどに美しい白竜が鎮座していたからだ。そしてそのまま、レイシア王女の記憶は途切れた。


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