勘違いは突然に(笑)その3
あてんしょん!
1.タイトル通り、以前書いた短編の続きです。前作を読んでいないと、話が繋がりません。お読みになる際は、前作の設定等々、理解した上でお進みください。
2.キーワードは嘘をつきません。男同士の恋愛要素が出てきます。そういうのが無理な方は、このままページを閉じてください。
3.以上を理解なさった上で、「それでも良いよー」な方のみ、お進みくださいませ。
――朝はみそ汁の匂いで起こされたい、と最初に言い出したのは誰なのだろう。
ぼんやりそんなことを考えるほど自然に、漂ってくるみそ汁の匂いによって、真司の意識は浮上していた。今日の朝は和食か、と思ったところで、今は一人暮らし、みそ汁作ってくれるような人間はいないはずだと気付く。一瞬混乱したが、頭の出来が前世とは比べものにならない真司は、すぐに昨日のことを思い出した。
(あぁそうか。拓哉……)
昨日は大学の入学式。生まれ育った地元から出てきて、知らない土地、新しい大学に胸躍らせ……るほどの可愛げはない真司は、そつなく入学式に出席し、サークルの勧誘などを適当にスルーし、まだ住み慣れない一人暮らしのアパートへと帰ってきた。――そこに突然響いた、チャイムの音。
知り合いなどまだ誰もいないに等しい土地で、地元の友人たちにすらまだちゃんと知らせていないアパートに、いったい誰が何の用なのかと訝しみながら応対に出て――。
「お、起きてたか、真司。朝飯できたぞ!」
おたまを持ってにこにこ笑う、目の前のこの男と顔を合わせたのである。
彼の名前は根岸拓哉、真司とはまごうことなく、昨日がファーストコンタクト。
にもかかわらず、何故彼がこうも自然に、真司の部屋に居座っているのかというと。
「いやー、真司の前世も寝起きの悪さ異常だったけど、真司も負けてないな。五回のスヌーズ完無視って、なかなかできないぞ」
「あぁ、やっぱりあの音じゃムリか……」
「音の問題か?」
気持ちよく目覚められるかは、アラームに選ぶ音楽にかかっていると真司は考えているが、どうやら拓哉には分からない感覚らしい。そういえば、彼の前世は寝付きも目覚めもやたらと良かった。
そう。真司と拓也は、自分たちの前世について、はっきりした『記録』があるのだ。自分とは別の人間が生まれてから死ぬまでの、まるで一大ドキュメンタリーのような『記録』が。
二人の前世はいずれも女性、そして親友を越えた相方だった。そのせいか、突発的なチャイムが始まりではあったが、真司はすぐに拓哉が『誰』なのかを察することができたのだ。
「早く顔洗ってこいよ。朝飯冷めるぞ」
「分かった」
――とはいえ、拓哉と前世はまったくの別人で、似てるところはあっても被りはしない。それはおそらく、真司と前世……『彼女』にも言えることだが。
目覚ましを見ると朝の七時、今日の講義は二限目からの真司は充分に時間がある。仮履修を学生課に提出する時間を考えても余裕だ。
が、通学に往復六時間かかるらしい拓哉は、こんなにのんびりしていて大丈夫なのだろうか。確か、今日出たい講義は午後からと言っていたけれど。
言われたとおり顔を洗って部屋に戻ると、くりっとした目がこちらを向いた。
「お、眠そうな目がしゃきっとして、男前になった」
「茶化すな」
「えー、ありのままの感想なのに」
「なお悪い」
「ぼんやりした寝起き真司も可愛かったけどな!」
「はり倒すぞ」
普通に聞けば気持ち悪いことこの上ない拓哉の台詞だが、どうやら昨日の一連の騒ぎを経た真司には耐性がついたらしい。何しろ扉を開けての第一声が「お前が好きだ!」である。これ以上の爆弾は前世今世通してもちょっと見当たらない。それなりに波瀾万丈だった『彼女』の記録を教科書代わりに、これまで無難な人生を歩んできた真司は、昨日初めて前世に「使えない!」と悪態をついた。
何をどうトチ狂ったのか、拓哉は真司に、恋愛感情的な意味での好意を抱いているのだという。はじめましての挨拶より先に告られ、そのままの勢いで部屋に侵入され、いつの間にか一晩共に過ごすことになった。……と言えば、何かの『間違い』が起こったのかと思われるかもしれないが、途中で真司が「体格的な問題で、コイツに襲われて貞操の危機とかあり得ない」と気がついたので、こうして拓哉のアホ発言をいなすというスタイルに落ち着いたわけだ。
拓哉の作ってくれたみそ汁(普通に美味しい)を飲みながら、真司は先ほど浮かんだ疑問を本人にぶつける。
「君、こんなに悠長に朝飯作ってる場合なのか。今日は午後から講義なんだろ」
「そうだけど、五限だし。全然ヨユー」
「余裕……か? 電車の時間がずれたりしたら、間に合わなくなるぞ」
「どうせ今日から二週間は仮履修のお試し期間だろ? 万一間に合わないなら、それはそれで」
「馬鹿か。授業料がもったいない。出ると決めた講義はちゃんと出ろ」
ごく常識的な発言をしたつもりだが、何故か丸い目で見返された。
「前世とはえらい違いだな。『サークル活動のために大学に来てる!』って豪語してたくせに」
「それは『彼女』であって俺じゃない。あんな綱渡りのような単位取得、やってられるか。心臓に悪い」
『彼女』が大学四年間をサークル活動に捧げ、授業が実におざなりだったことも、それを本人が一切後悔しなかったことも、知ってはいるが。あれをマネする気は真司にはない。
からからと拓哉は笑った。
「マジメだなぁ、真司は。親から結構厳しく言われてる感じ?」
「いや? ウチは、『金は出してやるから後は好きにしろ』って感じだ。授業料も一人暮らしの家賃込み生活費も、まるっと渡されてる」
「……え、なにそれ、バイトしなくても食っていけるみたいな?」
「贅沢しなきゃ余裕だろうな。それじゃ世間知らずになりそうだから、大学に慣れた頃からアルバイト先を探そうとは思っているが」
「ひょっとして……真司って良いトコのぼっちゃん?」
「親が会社経営してて、家に客間があって、通いのハウスキーパーが毎日来る家の一人息子が『ぼっちゃん』と形容されるなら、そうなんだろう」
食事の手を止め、目と口を丸くして絶句している拓哉が面白い。真司にとっては生まれたときから当たり前の環境で、それを揶揄されることも慣れっこであるため、特に何も思わないのだが。
「拓哉。みそ汁こぼれる」
「うわっ!」
声を掛け、ようやく我に返ったらしい拓哉が、みそ汁の椀を持ち直しながら口を開く。
「それもう『ぼっちゃん』じゃないじゃん、『おぼっちゃま』じゃん」
「保育園の年長の頃、『若様』ってあだ名がついたときがあったな。気持ち悪いからすぐに止めてもらった」
「つーか、そんな家の子なのに、普通に保育園に通ってたんだ?」
「母も会社で役を持っているからな、共働き家庭であることは確かだ。あと、これは両親が言っていたことだが、『勉強なんてやる気さえあればどこででもできるのに、どうしてわざわざ高いお金を払って私学に行く必要が?』ってことらしい。俺、小中高とごくごく普通に公立校だからな」
「うっわー。それ、逆に目立ったんじゃねぇの?」
「家のことなんて、言いさえしなきゃ分からない。小学生の頃は親から聞いたらしいクソガキたちが絡んで来たが、定型文作って追い返してたし」
「……なんて?」
「『貧乏人は金がないから学校も選びようがないけど、俺の家は金があるから、選んだ上でここに通ってるんだよ。文句があるなら転校してやる。ただし、お前らに言われたから転校するんだって、ちゃんと偉い人にまでちくるぞ』ってな」
「うわぁ……えげつねぇ」
校区のお金持ちが、わざわざ公立校を選んで『通ってやっている』のに、そのせいでイジメられたから転校しますなんて、下手をしたら校長の首が即刻飛ぶ惨事である。普通に業績順調な会社を経営している真司の両親は、それだけ学校にも寄付なりなんなりで金を落としていたはずで、その真司がイジメで転校なんて是が非でも避けなければならない事態だったはず。実際それで真司が低学年の頃、学校どころか教育委員会すら揺るがせる大問題にまで発展したことがあった。……が、そこまで詳しく語る必要はないだろう。
拓哉は白米を、ちゃらい見た目に反して綺麗な箸使いで口に運びつつ、どこか納得したように頷いた。
「なんか、分かった気がする。真司ってどことなく品が良いっていうか、高貴な雰囲気だもんな」
「何だそれ。別に金持ち風吹かしてるつもりはないぞ」
「そりゃな。金持ち風吹かすつもりなら、こんなごく一般的なワンルームになんか住まないだろうし。そういうんじゃなくて、空気。纏う雰囲気が、綺麗で気高い感じ」
思わぬことを言われ、一瞬どう返そうか考える。先ほどのように何かを狙って茶化している風でもなく、本当に思ったままのことを言っているように感じたので、余計に返しが難しい。
「……言われたことないけどな、そんなの」
結果、無難なところに落ち着いた。拓哉は目をぱちくりさせる。
「そうなのか?」
「年齢より大人びてるとか、同年代に比べて抜きん出てるとかなら言われたことあるが。その辺りは前世の『記録』と無関係でもないし」
「あー、人に言ったらまず、頭の病院に連れて行かれそうな話だもんな」
くつくつ笑う拓哉も、彼なりに前世と葛藤して、今のあり方に辿り着いたのだろう。うんうん頷いて、真司をじっと見る。
「けどさ、俺思うんだけど」
「何だ?」
「――『記録』がなくたって、真司の性格とか雰囲気は、今とそう変わらないんじゃないか? 真司の前世と真司は似てるところもあるけど、真司はあの人と違ってめちゃマジメだし、要領良いし、かなり計画的だし。そりゃ、『記録』があるから反面教師的になる部分もあるだろうけど、逆に『記録』があるからこんな感じでも人生大丈夫なんだ、ってなる場合もあるし。そうならなかったのはやっぱり真司が真司だからで……あー、なんかだんだん訳わかんなくなってきた」
頭をがしがしと掻いて、いつの間にか空になった椀を前に、拓哉は律儀に「ごちそうさまでした」と手を合わせる。そのまま少し固まって――。
「そう。だから、『記録』も確かに俺たちの一部だけど、全部でもないからさ。人に褒められるの全部『記録』のおかげってことは絶対にないよ。真司が真司なのは、『記録』とは関係ない」
――素直に、真司は驚いた。それは、これまでにはなかった発想だ。
真司はこれまで、自分の人生が無難で、他人から賞賛されるほとんどは、『記録』という教科書があったからだと思っていた。困ったときは半ば無意識に『記録』を開き、参考にする。その結果が今の、『三上真司』なのだと。
しかし。同じく『記録』持ちの拓哉から見れば、そうではないのか。『記録』があるゆえの真司ではなく、真司は真司であり、そこに『記録』が付随しているだけだと。
(……なるほど、な。なかなか、面白いかもしれない)
同じように『記録』を持ちながら、自分とはまるで違った考えを持つ、転生前の相方。――『根岸拓哉』という存在は、転生前のように、魂が響き合う存在になれるのだろうか。
(……少なくとも、俺は。こいつのことが、気に入っている)
衝撃的な出会い頭の告白とか、迫られて冷や汗かいたこととかは、ひとまず置いておくとしても。
同い年の男として、目の前の彼は嫌いではないし、きっと気が合うのではないかという予感もする。
「あの……真司?」
上目遣いにこちらを窺う拓哉に、真司は軽く口端を上げることで応えた。
「拓哉。お前、そろそろ出ないとまずいんじゃないか」
「え? ――うわっ、もうこんな時間!」
だらだら喋っているうちに、時計の針は八時を指そうとしている。五限の授業まで、六時間プラスアルファでぎりぎりだ。
「食器は洗っておく。――みそ汁美味かった、ありがとうな」
「こ、これは……噂に聞く、『お前のみそ汁が毎日飲みたい』的なプロポーズ!?」
「馬鹿なこと言って遅刻でもしたら、二度と口を利いてやらん」
「すみませんごめんなさい、すぐに帰ります!」
「そうしろ」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら荷物をまとめ、立ち上がった拓哉を見送るため、真司も立つ。
玄関で靴を履いた拓哉は、「そうだ」と思い返したように振り返った。
「真司。アドレス、交換しないか?」
「あぁ、そうだな」
こうして増えた一件の連絡先が、この先何を引き起こすのか。
今の時点では、真司にも、きっと拓哉にも、それは未知の領域だった――。
〈つづいたら、わらおう!〉
続けるつもりとか……なかったんですけどねぇ、本当に。
相方があまりにも続きを書けとせっついてくるもので、仕方ないから続けてみました(笑)彼女はこの二人をくっつけたいらしいが、私が書いてるパートで真司くんが絆されることは絶対にないぞと念を押してある。
そして、相変わらず勝手に動くキャラである……おぼっちゃま設定とか増やさなくていいよ、私の想像が追いつかないでしょう。
続くかどうかは相方と、もしかしたら来るかもしれない読者様のお声次第、ですかね?(笑)