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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

首なし仏像

作者: めいそ

 首なし仏像の数々と対面したのはカンボジアの、あるアンコール遺跡でだった。

 当時就職も決まっていない卒業間際の大学生だった俺は自分探しも兼ねてツアー旅行へ参加したのだった。

 一人旅はほんの少し怖かったし、ツアーだからといって自分を探せないわけではない、と判断したのである。初めての海外旅行だったというのもある。誰にだって初めてはあるのだから仕方がない。

 アンコール遺跡群では、堅い石に刻まれたレリーフの意匠よりも、暑かったこと、汗でシャツが湿って不快だったこと、そしてその仏像のことが記憶に残っている。

 仏像を初めて見た他の参加者達は、おおよそ俺と同じ反応だった。顔をしかめるか、ゾっとしているか。とにかく異様な光景だったのだ。

 「これらの仏像の首がない理由をご存知でしょうか」少し年配だが美人の日本人のガイドさんが説明を始めた。

 「廃仏運動ですか?」とツアー参加者の中年男性が言った。

 「よくご存知ですね。はい、それもあるんですが、この辺りでは仏像の頭に宝石を埋め込む習慣があったんですね。また仏像の頭はそれ自体売買できたので過去に多数盗掘されてしまったんです」

 俺はその説明を聞いて胸をなでおろした。

 何故ならそれがありふれた、理解できる理由だったからだ。廃仏運動や宗教的政治的な意味であるほうが恐ろしく感じられた。

 「今も盗掘されないように、地元の警官の方たちがパトロールしてくださってますね」ガイドが指し示す方向にはバッジをつけた地元の警官が歩いていて、こちらに気づくとにこやかに手を振ってくれた。警官でも日本とは大分違うんだなと思った。

 観光客は日本人以外の方が――当然だが――多く、ここは本当にアジアなのかと思うほど白人だらけだった。

 アジア人には仏像に対してなんとなく畏敬のような共通の感情があるのか、首なし仏像に対しても他の仏像と同じように拝む人さえいたが、白人にその感覚はピンとこないようで、マナーの悪い集団などは仏像の首の上に自らの頭を乗せてピースサインまでしていた。

 「まるで顔出しパネルですね。雪深ゆきみくん」と飛行機で仲良くなった初老の男性、盛岡さんが呟いた。

 雪深亥作ゆきみいさくというのが俺の名前で、アホみたいな名前だがすぐ覚えて貰えることだけは、マイナーな名前の長所だと思う。

 「そうですね。日本人にはああいうことはできないですね」俺は同意する。

 「腐っても仏教徒だからねー」隣から会話に参加したのは、俺より二つ年上だという坂上レナさん。同じく飛行機で仲良くなった。彼女は細身の美人だった。

 俺の家も仏教で、確か浄土真宗の檀家だったと思う。南無阿弥陀仏の名号と浄土三部経の概要くらしかわからない。

 そして法事くらいでしか仏教に接することもない。確かに腐りかけの仏教徒であった。

 「周りの人怒らないのかな」俺は言う。ここに来る途中もバスから僧侶の集団を見かけた。仏教だって日本でよりは生きているだろう。

 余談だがカンボジアの仏教は南伝仏教といって、教えが日本のものと異なるらしい。ガイドさんがその時説明してた。

 「観光客ばかりだし、慣れっこなんじゃない?」レナさんが答える。

 「ですかね。まあシェムリアップのでかい収入源だし、一々めくじら立ててたらやってけないかもしれないですね」

 「人を相手にする商売は辛いね」

 「あー、わかります。俺も――」

 俺がレナさんとのちょっとした会話を楽しんでいると、突然盛岡さんが意を決した表情で宣言した。

 「ちょっと言ってくる!」

 首なし仏像を振り返るとさきほどの白人集団の内の一人が調子に乗って(もっとも端から調子に乗ってはいるのだろうが)、首なし仏像の上に座っていた。

 「オー、オー」と下品な声で叫んでいる。仲間は大ウケ。最初は出産の真似をしているのかと思ったが、違う。

 首がないことをいいことにスカルファックに見立てて腰を上下させているのだ。仏像でスカルファックをするなんて……!

 しかし盛岡さん、外人の集団に食って掛かるなんて勇気あるなあ、と恐々眺め続ける。

 他の観光客たちも足を止めてそちらを見ていた。レナさんもあわあわと手を口元に当てて心配そうにしている。ガイドさんは血相を変えて止めに向かっていた。

 驚いたことに盛岡さんは流暢な英語で集団に話しかけている。俺はたまたま英語に疎かったため内容は理解できなかった。だんだんと口論になっていき、最終的に白人集団の内、スカルファックをしていた男などは俺でもわかるフォーレターワードを連発していた。

 ガイドさんの仲裁もあって、ことは暴力沙汰になる前にどうにか収まった。

 盛岡さんは「みなさん、どうも迷惑をお掛けしてすみません」と平身低頭、ガイドさんや他のツアー客に謝っていたが誰も批難がましく言うものはいなかった。みんなあの集団の行き過ぎた行為を見かねていたからだ。

 ガイドさんは気が気でなかっただろうが。

 その後世界文化遺産で、ツアーの目玉でもあるアンコールワットへ向かった。

 「マハーバーラタ」などの物語を刻んだ膨大な石のレリーフや、壁や柱の内戦時代の銃弾痕よりも首なし仏像前でのことが強烈に印象に残っていた。

 今までただのおじさんだと思っていた盛岡さんの隠れた一面にショックを受けたのも大きい。それを上回るのはやたら傾斜のきつい階段から落ちたときくらいだった。低い段からだったとはいえあれは命の危険を感じた。

 

 日が暮れるまで――日没はそれ用にプレ・ループ遺跡で眺めた――アンコール遺跡群を巡った俺たちは、シェムリアップのホテルに着く頃にはくたくたになっていた。

 シェムリアップは遺跡観光の拠点となる街で、街の景観自体は悪くないが夜は灯りが少なく薄暗かった。

 観光客はホテル暮らしに加え、観光スポットを歩いているだけから気づきにくいが、内戦の傷跡も残る発展途上国なのだ。

 夜はホテルの外を絶対に出歩かないでください、とガイトさんにも言われている。心配しなくても出る体力など残っていないが。

 特に俺は普段運動しないのもあって、足がパンパンに張っていた。部屋に荷物を置いて、エレベーターでラウンジに下りた。

 ラウンジにはすでに盛岡さんとレナさんがいて、観光マップか何かを広げて何やら話していた。

 「二人とも元気ですね」

 俺が言うと、「イサクくん運動不足だよ」とレナさんはクスクス笑った。

 「レナさんと盛岡さんが体力あるんですよ。他の方たちも疲れた、って言ってましたよ」

 レナさんは俺を名前で呼んでくれたので、俺も名前で呼び返している。嫌な顔をされることもなかった。これはもしかして……とずっと思っていた。このパターンで嫌な思いをした経験は一度や二度ではなかったが、懲りることはできない。

 「しっかし汗かいたねー」レナさんが言った。

 「そうですね。この気温ですから」盛岡さんも同意する。

 「じゃあ夕食の前に、シャワー浴びてきましょうよ。気持ち悪いですし」

 ホテルに着いてからはある程度自由で、夕食は各自好きなな時に取る事ができた。

 「賛成」

 「そうですね」

 「それじゃあ三十分くらいしたらまたここで」

 決まるなり、みんなでエレベーターに乗り込んだ。

 このエレベーター大丈夫だよね、と海外製エレベーターに一抹の不安を抱きそれを笑いつつ、俺だけ別の階なので先に下りた。


 三十分ほど後、三人でホテルの一階にあるダイニングへ向かった。

 ダイニングではアモック(魚をココナッツミルクで蒸した料理)とバーイサイッモアン(鶏肉と卵焼きを乗せたご飯)とバニラアイスを注文した。

 最初カンボジアに到着したときは、日本でも食べられるようなものを食べていたが、もったいないよ、とレナさんに言われたのでクメール料理を食べている。

 料理が運ばれてくると、食事時ということもあって辺りが料理の匂いで満ちていく。クメール料理はココナッツミルクを使ったものが多いので独特の香りがした。

 俺とレナさんと盛岡さんで同じテーブルに座って、今日観光したものについての感想を交わした。

 「ちょっと慌しくてゆっくり見られなかったけどよかったね。乾杯」レナさんはアンコールという、アンコールワットがロゴになっている缶ビールを開ける。一本百円しないと喜んで露店でたくさん買っていたのを思い出した。

 「アンコール遺跡がこんなに広く点在してるとは思ってなかったです」俺はアルコールがだめなので、注文したコーラを飲む。やはり馴染みのある味が落ち着く。

 「アンコールワットでさえ有名なのは名前だけですしね」盛岡さんは度数の高い地酒を頼んだらしい。「ヒンドゥー教の寺院だったことどころか、カンボジアにあることさえあまり知られていないようで」

 「いやー、ヒンドゥー教で思い出したんですが、首なし仏像のところでは、冷汗かきましたよ」と俺が茶化すと、

 「すまないね。どうしても見てられなくて」盛岡さんは少しきまりが悪そうに笑った。

 「でもかっこよかったよね」とレナさんがフォローする。

 「うん、あんなに英語も喋ってましたし」

 「ハハハ、以前は商社に勤めていたのでそれなりに会話はできるんですよ。数少ない特技ですね」

 「いやー、でもお二人と一緒に回れて良かったです。俺全然調べず来たし」

 「いえいえ私の方こそ、随分元気を分けていただきました」盛岡さんは年寄りめいたことを言う。

 「何最終日みたいなこと言ってるのよ、二人とも」レナさんが笑った。「明日も市場とか湖とか、色々行くからハードよ」

 「しっかり休まないとですね。シャワー浴びたしもう今すぐにでも寝てしまいそうだ、俺」

 「私もです。この酒が思ったより強くて」

 「二人して情けないわねー」


 その時ダイニングの入り口で馬鹿笑いが聞こえた。それも大げさなイングリッシュな笑い声。

 ついそちらを見やると、なんと昼間の地蔵でスカルファックをかました一団だった。噂をするとというやつである。まさか同じホテルだとは。

 たしかにこのホテルには白人が多かった。もっともマナーの良い人が大半だが、中にはこういうのもいる。それはどこに行こうと同じ事なのかもしれない。

 盛岡さんの顔色を窺うが、とりわけ気にする様子もなく食事を続けている。

 しかしあちらさんは違ったようだった。

 盛岡さんに気が付くと、つかつか近寄ってきて何か強い口調で吐き捨てた。

 盛岡さんは一瞬顔をしかめたものの、何か短く返事をしたきり相手にしなかった。

 一団は捨てゼリフを残して離れた席に座った。

 「災難でしたね」俺は言った。正直怖かった。

 「いやいやあんなのはよくあることですよ。それよりもまた迷惑をかけてしまって申し訳ない」

 「そんな、盛岡さんが謝る事じゃないですよ」

 「そうよ」

 「まあ彼らはいずれひどい目に合うでしょうね」盛岡さんは低く呟いた。

 それはどういう意味なのか、聞けなかったしレナさんが次の話題を振ってきたので忘れてしまった。

 食事が済むころには、二人ともそれなりに酔いが回ってきたようで頬が紅潮していた。

 「そろそろ部屋に戻ろっか。あたしの部屋でこの続きといきたいとこだけど明日もあるし、今日のところはおやすみなさいということで」

 「そうですね。あまり深酒をすると良くないですね。雪深くんも退屈するでしょうしね」

 「とんでもないです。ただ流石に今日はへとへとなので休ませてもらおうかな」

 「それじゃまた明日」

 「良い夜を」

 「おやすみなさい」

 こうして俺たちは別れ、部屋に戻った。

 ベッドに横になると、思い出を反芻する間もなく俺は眠りに落ちた。

 

 翌朝、ドアを激しくノックする音で叩き落された。

 カーテンからは光が差し込んできている。時計は七時半を指している。あんまり遅いから呼びに来たか。これじゃ朝食のビュッフェにも間に合わない。しかも疲れていたせいかまだ寝たりない。

 ノックは鳴り止まない。

 わかってるよ、と不機嫌に鍵を開ける。

 ドアが勢いよく開いて、レナさんが飛び出してきた。

 一気に目が覚めた。美女のモーニングコールとは良いものだ。方々に跳ね返っているであろう頭髪を手で押さえつける。無駄な抵抗だが。

 「おはようございます。ごめんなさい寝坊しちゃって」

 「それは大丈夫。もしかしたら何時間かホテルから出られないかもだから」

 「へ?」目が点になる、どういうことだ。

 「それが、ホテルの宿泊客の一人が殺されたみたいで」

 「何ですって!」美女のモーニングコールを越える殺人事件のモーニングコール。推理小説を愛好していて、なおかつ探偵を目指している身としては恐怖よりも興奮が勝った。不謹慎極まりないことはわかっているけれども。「どこでです? 誰が?」

 「ホテル内ではないみたいなんだけどね。近くの裏路地で、どうも昨日仏像のところでひと悶着あった内の一人みたいなの。早くから警察も来て色々調べてるみたい」

 なんだ、ということは夜間外出でもしたのだろう。怖いもの知らずで浮かれた若者のやりそうなことだ。

 「物取りですか?」

 「そこまで詳しく聞けなかったんだけど、盛岡さんが疑われているみたいで」レナさんは不安そうに言った。「昨日の事で、向こうのグループの人たちが盛岡さんを名指しして疑ってるみたい」

 「言いがかりもいいとこですね。ちょっとひと悶着あったくらいで人を殺すかっての」

 「それが……、その死体首がなかったらしいのよ」

 絶句してしまった。

 「あ、でも盛岡さんにはちゃんとアリバイがあるから大丈夫だとは思う。ただちょっとの間取調べで離してもらえないだけで」

 「その死体、首がないなら、まだ誰だかわかんないんじゃあ。普通首を切るのは被害者を誤認させるためですし」

 「普通首は切らないわよ」レナさんは言った。「それよりダイニングに行って話しましょ。盛岡さんも解放されてるかもしれないし」

 「わかりました。ちょっとだけ待って下さい。準備しますから」


 二人でダイニングへ降りると、遅い時間ではあるがまだ大勢人がいた。ホテルに缶詰を食らっているのだろう。

 まだ料理は残っているようなので何か食べながら話を聞くことにした。

 「話すと言ってもあたしもそのくらいしか知らないんだけどね。問題はいつ出られるかよ」

 「そうですね」と言いながら事件のことばかり考えていた。

 「みんな日程のことばっかり気にしてるわ。ガイドさんなんてほとんどパニックよ」

 ツアー旅行って日常生活よりも時間に追われるんだなーと他人事のように思った。

 「話の種にはなる、って前向きに捉えるしかありませんね」俺は苦笑いした。適当に料理を見繕った皿から口に放り込む。

 「まったくよ。あ!」

 「どうしました?」

 レナさんの視線を追うと、盛岡さんが悠々とこちらに歩いてきていた。

 「よかった」レナさんが駆け寄る。

 俺も後を追う。

 「いやあ、まいりましたよ。向こうの警官に英語を勉強している方がいて助かりました」

 「それでどんな風でした?」

 「我々はすぐに出して貰えそうですよ。警察は物取りの線で考えているようです」

 「首を切られていたのに」

 「その部分は解せませんがね。金目のものは大方盗られていたようですし」

 「そもそも、首がないのに、昨日の人だって確定しているんですか?」

 「それはですね――」

 盛岡さんが警官から情報を得てくれたおかげで事件のあらましが掴めた。

 今朝早くに路地で死体が見つかって、白人宿泊客が多いこのホテルに警察が来たらしい。

 あの白人グループも、スカルファックをした一人が朝まで帰ってきていないことに気づいて身元が早く分かったそうだ。

 首がなかったとはいえ、来ていた服や、身体の古い傷跡から見て間違いないと仲間は話しているという。

 ということは被害者の身元を隠すためにしたわけではなかったのか。本当にそうしたいなら、首を切るくらいだから、服だって脱がせたはずだ。まあ確証は持てないけど。

 あれこれ推理していると、突然ダイニングの入り口に警官が現れて注目を集めるような身振りをした。

 「何かわかったのかな」レナさんが小声で言った。

 警官はおそらく英語で何かを説明を始めた。何を言っているか全然わからなかったが、場の大半を占める白人たちが胸を撫で下ろしたような笑顔を浮かべているところから見て良いニュースなのだろう。

 「犯人が捕まったそうですよ」盛岡さんが通訳してくれた。

 「え!」なんというあっけない幕切れ。いやこれでいいのだが……。

 「一件落着。あ、添乗員さんが」

 添乗員の男の人ががぜえぜえ言いながら、俺たちのテーブルの前にやって来た。

 「九時から予定通りトンレサップ湖に向かいます。なので九時にはホテル前に集合していてください」

 それだけ言うと、添乗員さんは他のツアー客の下へと走っていった。おそらくガイドさんもああして走り回っているのだろう。ツアーコンダクター業のハードさ垣間見た。

 「じゃあ準備しましょうか」盛岡さんがポンと肩に手を置く。

 なんだか明るい気持ちになってきた。

 

 いくつか行き先が省かれたものの、ツアーは予定通り続けられた。少しとはいえ予定が変更になった分の補償まであった。

 俺たちは広大なトンレサップ湖をクルーズして、その後オールドマーケットで買い物を楽しんだ。

 翌日はちょっとした市場散策と帰り支度をし、午後になると空港へ向かった。

 泊まったのは同じホテルだったため、マーケットから帰ったときには、事件の詳細を聞くことができた。

 つまるところこういうことらしい。

 犯人は現地の人間で、夜中酒を飲んで路上をさ迷っていると、顔を覆い隠した見知らぬ男に声を掛けられた。

 「あの男の角膜が欲しい。白人の角膜はとても高く売れる。運びやすくするためにあの男を殺して首を切ってきてくれないか」

 犯人は当然拒んだが、見知らぬ男は前金として犯人に多額の現金を握らせた。

 「あの白人の持ち物も盗んでおいてほしい。物取りの犯行に見せるためだ。そちらはあなたが処分してくれていい」見知らぬ男は、もう一つだけそう注文した。

 金に困っていた犯人は、酔っていたのもあって、受け取った鉈で白人の男を手に掛けた。

 白人の方も相当きこしめしており、ことはスムーズに運んだ。

 それから見知らぬ男のもう一つの支持通り、金目のものを物色した。

 首を渡すと見知らぬ男は約束どおりの金を犯人に手渡し、どこか街の中へ消えたという。

 「自分でもなぜ、あんな提案を呑んでしまったかわからない」犯人は取調べでそう供述しているようだ。

 さらに後日ネットで調べた情報によると、事件にはある臓器密売組織が関与していたとも聞く。

 実行犯は捕まったものの、まだその教唆犯は捕まっていない。

 結局真相はわからずじまいだそうだ。

 この話を聞いて、俺は首なし仏像の話を連想してしまった。

 ガイドさんが説明してくれたあの話を。


 「よくご存知ですね。はい、それもあるんですが、この辺りでは仏像の頭に宝石を埋め込む習慣があったんですね。また仏像の頭はそれ自体売買できたので過去に多数盗掘されてしまったんです」

 


 最終日、成田空港で連絡先を交換した際、俺は意を決して尋ねた。

 「レナさんって恋人とかいるんですか!」

 旅先ということも手伝ったのか、これほど女性とフレンドリーに接することができたのは初めてだった。

 住んでいる場所は遠くはないが決して近くもない。今言わねば機会を逃すと思った。

 レナさんは面食らったようで数秒固まったのち、ゆっくりと答えた。

 「ごめんね、イサクくん。実は……あたし結婚してるんだ」

 俺の時間が止まった。キーンと耳鳴りが始まった。

 「え、あ、でも指輪もしてなかったし」

 「新婚旅行だったんだけど、あんまりあれこれ言われたくなかったからさ」

 「新婚旅行?」

 「そのー、盛岡さんとね」

 「え!」俺は遠くに座って日本茶を啜っている盛岡さんを見た。「そんなそぶり全然なかったじゃないですか」

 「年の差だと周りがうるさくてさ、わざとああしてたんだ。でもいつも一緒にいたでしょ」

 たしかに! そして事件の日のアリバイってそういうことだったのかと理解した。

 「ってことは、俺新婚旅行の邪魔してたわけか……」

 「なーに言ってんのよ。イサクくんがいてくれたおかげでもっと楽しい思い出になったのよ。あの人だって喜んでたんだから。面白い子だねって」

 「ほんとですか。すみません」

 「本当に嫌だったらこっちから言ってるっての」

 「はい……」

 「何へこんでんのよ。イサクくんだったらすぐに良い子できるって」

 結果だけ言うと今でも出来ていない。

 「色々とありがとうございました」

 「こちらこそありがとう。よかったらいつでも遊びに来てね」

 そういうとレナさんは盛岡さんの下へ走っていった。

 

 これが俺が関わった最初の事件の顛末だ。

 色恋は実らず、事件にもノータッチだったが、まあそういうこともある。良い思い出だ。

 盛岡夫妻とは今でも年賀状だけは出し合っている。

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