7thスティント
美山さんのチームが参加するレースは次は三週間後である。その間テストをするのだが、それに帯同させてもらうことになった。金曜の夕方に出て、土曜一杯はテストを行う。日曜は午前中で切り上げて夜には帰宅。月曜からはいつも通り学校だ。結構ハードな日程である。
今まで舗装路で走ってはいたが、一般の舗装だったため路面に凹凸があった。今回はサーキットでの走行で、特殊舗装での初の本格的なテストである。
「今日は全開でいきましょう。後程美山さんと関さんのお二人にも試乗してもらいます。プロの方の意見も聞きたいですし、何よりお二人もエントリーされてますしね」
「そうやな、どんな感じか知っときたいしな」
実は今までこちらの二人は乗っていなかった。シェイクダウンの時は——極力自力でやる——の契約の元、まずは俺達だけでやらせたので光しか乗らなかった。その後は単に日程が合わなかったのだ。だから完全なチームでの作業としてはこれが実質初めてである。
……まあメインはフォーミュラーの方なんだけど。
まず光が乗り込む事になった。暖気を終え、ピットからコースへ出て行く。数周した後、アクセルを床まで踏みつける。サーキットでの初めての全開走行だ。と言っても決勝ブーストだからカタログスペック上は抑え気味だけど。
「流石に今回は上手く繋げたな。まあ前回も最初だけやったけど」
「あの後も何回か乗っているんですからそうでなくては困ります。最悪エントリーだけして走るのは俺達だけってなりかねないですし。では、俺はあっちのテストに入ります」
「ほな後で」
聞き耳を立てるわけではないが、二人の話が聞こえてきた。プロの人達からも一応最低ラインはクリアしたと言われたような感じだ。
「まあ、問題はこっからやけどな」
十週程してマシンがピットに帰ってくる。光がよろめきながらマシンから降りてきた。
「どうした? 顔青いぞ??」
って俺にもたれかかるな!
「怖かったあぁぁ……」
そりゃそうだろう。馬が600やら700頭やらのパワーなのである。
「でも光、予選ブーストはこの倍だぞ」
光が涙目で見上げてくる。初回含め今までは殆どパワーバンド(最大トルク発生回転数〜最大馬力発生回転数の間の事。この間が一番燃焼効率が良く、機械損失も比較的少ない。もちろん型式により適正回転域は変わってくる)使わなかったしブースト圧ももうちょっと抑え気味だったからなぁ……。それより周りの目が気になるんですが
「この倍の馬力って人間が本当に運転できるの? それよりずっと踏んでないといけないのが……」
「高橋さん、無線でもずっと怖い怖いって言ってましたもんね」
それで部長引っ切り無しに喋ってたのか。美山さんも苦笑いしながら言う。
「まあいくら練習しとった言うてもカートやら自分家の車やらより何倍もパワーあるんやからな。――ほな次行かせてもらうで」
そう言って美山さんも出て行く、カートの練習はプロもやるくらいだけど、流石にあの大出力はなかなか練習出来ないもんな。しかし、始めて走った時も結構疲れてたけど余裕はあったよな。でも今回は一回走っただけでかなり——キタ——みたいだ。特に精神に。それでも当の本人は、本田はじめメカニックの人達と疲れた表情ながらも打ち合わせを始めていた。そういうとこは流石だな。って、一応エンジニアの俺も行かないと!
関さんが戻って来てエンジニアの人達と話している。ちょうどそこへ美山さんが帰って来た。
「なかなかやるな。正直学生が造ったとは思えへん。コーナーでも思ったより安定するし、エンジンもちゃんと吹ける。プロの意見としてもその辺は及第点や。でもやっぱりダウンフォースは少ないな」
良かった、一応まともに出来たようだ。
「まあまだ洗い出しは終わってないけどな」
そう言いつつも関さんも見た感じの第一印象はいいみたいだ。
「では関さん、御願いします」
部長へ関さんが飲みかけのペットボトルを預け乗り込む。
「このマシンの事はお前らより解っている……プロだからな」
ん? でも乗るのは初めてなんじゃあ? まあプロなら見ただけである程度は予想つくのかな。
「今の所、燃費はベンチのデーターと同じか」
監督がグラフを読みながら言う。
「アフターファイアー出る時もありますし、燃焼しきれてないみたいですね」
そういえばベンチの時はどうだったんだろう? 他の箇所しか見てなかったからわからん。
「今後はこれもだな。参考がてらうちのデーターも今度見てみるか?」
それって企業秘密じゃないの!? いや、見せてくれるならそれはそれで嬉しいんですけど。
「今は同チームだからな。ただ、持ち出しは駄目だぞ」
「はい!」
そんなやり取りをしているうちに関さんも初走行を終え帰ってきた。
「やっぱりカナードはあった方がいいな。後は足回りだが……」
三人とも走り終え、感想とデーターを照らし合わせて行く。昼は交代で摂りながら作業を進めて行く。
「午後からは予選仕様で全開で走りたいのですが、大丈夫ですか?」
部長が午後からの予定を話している。
「あまり大丈夫じゃない気がしますけど」
そう、まだ振動問題は解決してないのだ。午前は偶々出なかったが、予選のブースト圧だと出てしまう可能性がかなり高い。そもそもベンチでも一回やったかどうかだ。
「しかしやらない事にはどうにもなりませんし、まずは区間を決めて走らせましょう」
「何かあってもいいように最終セクターからやってみよか」
と、美山さんも言うのでそれで走ってみたのだが……
「壊れそうやから帰るで」
案の定である。
実はこの少し前から
「異音してきたで」「振動出て来たで」
等、兆候はあった。しかし、貴重なサーキットでのデーター収集、走る事を優先したのだ。
「あたし乗らなくて正解だったわね。乗ってたら絶対そんな余裕無かった」
光の午前中の様子だと、ブローまで気付かなかっただろうな。
「だが丁度いい時間だ。ついでだから今日は撤収するか」
監督の指示で今日の行程は終了。後片付けの後食事を摂り、俺達部員は全員テントの中へダイブしたのだった。
「皆疲れてんなー」
「まあ、流石に初めてですしね。昨日は緊張で眠れなかったらしいですし」
大人達はホスピタリティテント(休憩用のテントの事)で仕事の後の一杯をやっていた。もちろん明日も仕事があるため嗜む程度しか飲んでないが。
「何や関、やけに優しいやんか。まあ自分も昔は寝れんかったけどなー」
「……別に」
美山は腕を組み関をニヤニヤしながら見た。
「車移動、車中泊もありましたしね」
「相変わらず、先生は流石ですね」
関は半眼で中嶋を見る。
「褒められてると受け取っておこう。で、どうだった?」
「素性は良さそうですね、な?」
美山はそう言いながら関の方に首だけを向ける。
「ええ、思ったよりも」
「素直やないなー」
関は聞こえなかったフリをしてテントの外を見た。
「ただ、あのエンジンはもうちょっとどうにかしてほしいですね」
「確かに、見た時と最初乗った時は——を?——と唸ったけど、蓋開けてみればって感じやな。まあ高校生であれはそれでも凄いんやけど。もっとも……」
「……?」
中嶋は首を傾げつつその次を待つ
「上までスムーズに回りそうな気配はするから改良は期待できるかもな」
「それは同意します。耐久性は分かりませんが」
関は視線を中嶋に戻し
「まあ今年は技術的にも日程的にも無理やと思うけど」
中嶋は背もたれに体重を預け言う
「湾千は完走出来れば御の字ですかね」
「いや、先生、本戦出場ですね」
「まあ、そこまで甘くないか」
「当然です」
関は先生に向けてそう断言した。
サーキットでの走行を終え、貴重なデーターを得ることが出来た。
「改良点はいくつもあるけど、全部試験後だな」
「本田君、レースもあるからもっと先じゃないと無理だよ」
テストの結果改良点はいくつもあれど、一番深刻なのは振動である。次に冷却。致命傷ではないが、思ったより温度上昇が早かった。ダウンフォースも足りなかったのだが、それは想像していたし、コースによったら足りないなら足りないで逆にそれを生かした戦い方も出来る。まあ、ボディ剛性に問題が無かっただけ御の字としよう。
「どうするの? 後半エンジン音とかやばかったよ?」
「一先ずオーバーホールして、レブ縛りするしか……」
光の言葉に頭を悩ませつつ
「……それしかない」
由良さんも同意見だ。
「でもそれだと根本的な解決にはなりませんよ?」
かと言って設計の変更と製作間に合うのか? 無理だな。野水の言う通りそんな時間はない。
結局有効な案も出ず、お開きとなり、再集結は試験後となった。
ここでは一晩サーキットで過ごせるようです。運営の人は徹夜ですかね?