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2ndスティント

今、世界で活況を呈しているレースがある。

『世界レーシングカー耐久選手権』(通称WREC)日本も開催国の一つであり、毎年十月に裾野スピードウェイで行われる。

ちなみに日本でも同様の規定を用いたレースが行われており、『全日本レーシングカー選手権』(通称JRCC)という。光はそれに参戦しようというのだ。

「俺達学生だぞ?」

「昔学生チームが出てたじゃん。GT(市販車を改造したレース)でも出てたし」

「それは大学と専門学校だろう……」

「レースか、面白そうだな!」

お前は黙ってろ。

「あんたはやりたいの? やりたくないの?」

「そりゃやってはみたいけどさ……そもそも俺達だけで造れるのかよ? 第一資金どうするんだ?」

車はとにかくお金がいる。ましてレーシングカーなんか市販車の比ではなく、寧ろよく高校の予算でシャシーが出来たと思う。レースに出る車が派手な広告を打っているのは、スポンサーから援助してもらうためである。

「あの~……中嶋先生いらっしゃいますか?」

皆で声がした方に向く。あのネクタイの色は二年生だったかな?

「お、出貝どうした?」

「教頭先生がお呼びです」

「お、そうか。君達、帰る時は職員室に一言言っておいてくれ。あと一応言っておくが、機械を動かしては駄目だぞ」

そう言って中嶋先生は部室を出て行った。

「横から突然すいません。私、二年の出貝光和(いでかいみつなご)と申します」

出貝先輩は俺達の側に立つとお辞儀をしながら自己紹介を始めた。こちらも礼を返しつつ自己紹介をする。

「初めまして、俺は森義正です」

「高橋光です」

「本田一宗っす」

「森君・高橋さん・本田君ですね。入学おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「皆さん車に興味をお持ちで?」

「はい」

そう答えると出貝先輩は笑みを浮かべつつ

「そうですか、でしたら今年は正規のメンバーでエコランに出場できそうですね。昨年は私くらいしかメンバーが集まらず、整備不良のままでの参戦でしたので……。でも今年は勝負出来そうです! あ、失礼しました……」

吃驚した……おっとりした雰囲気だが最後だけ妙に力強い。意外と負けず嫌いなのかな?

「い、いえ、あたし達はSPJCかWSPECにスポット参戦(シーズンの内一戦だけ参戦すること)します!」

「ジェ、JRCC? ダ、WREC?」

先輩の首が傾いていく。当然だな、初めて聞いた人には暗号にしか聞こえない。

「いや、だから無理だって。そもそも部に入る気無かったじゃないか」

「いーの、細かいことは気にしない!」

あのなぁ……

「えーっと……な、何ですかそれ?」

一人だけ話しについてこれてない、当然か。

「両方ともプロがやってるレースです。まあ当然俺達が出るには技術的にも資金的にも無理ですけどね」

「あの~……ならうちの父に掛け合ってみましょうか?」

「え?」

「それより腹減ったなぁ。帰って飯食おうぜ!」

突然だな、おい。お前が行こうって言ったくせに。まあ空腹なのは否定はしないが。

「そうですね。今日は一旦帰りましょうか」

「どっか食べに行こうよ!」

そんな事を話しつつ職員室に一度寄り、校門へ向かった。

「皆さん、今日はうちで昼食にしませんか?」

「賛成!」

「いやいや、こんな大勢で悪いですよ」

「食事は人が多い方が楽しいですよ~」

「そうそう」

「そうだぜ」

一対三で敗北してしまった……。まあ本人が良いと言ってるし、お言葉に甘えよう。

「では決まりですね。私の家は駅前の交差点近くなんでちょっと歩きますがいいですか?」

駅前の交差点、旧国道沿いに歩いて十分強ってとこか。


俺達は歩きながら先ほどの続きを話し出す。明日から毎日この坂を登るのか、しかも自転車で……

「そういえば、レース好きなんですか?」

「レースと言うより勝負事ですね。賭けるのは好きではないですが、どんなことでも勝った時の感動は格別です。ですので勉強も頑張れます。ただ、私は自分で動くのはあまり得意ではないので体育や運動部は……。しかし車の運転なら、ということで昨年はエコランに臨時ですが参加しました」

「ちょっと待ってください、モータースポーツ舐めてないですか?」

「皆免許取ってその辺で乗ってんだから自分も、って感じっすか?」

それは俺も思った。でも詳しくなかったら仕方ないんじゃないかな。

「失礼ながら最初はそう思いました。でも、実際乗ってみると運動とは、自分の身体を直接動かすのとは違う体力がいると知りました。整備不良でリタイアってさっき言いましたけど、倒れたりする前で結果的には良かったかもしれないです。まあ、今から考えればエコランも競技だから当然ですよね」

そうか、先輩やっぱり負けず嫌いなんだ。

だからこんなにおっとりな雰囲気なのにリタイアのとこだけ気合い入ってたんだ。

リタイアって言えば、その後の言葉が気になる……

「そういえば部室での事なんですけど」

「はぁ何でしょう?」

「父に掛け合うって、どういうことですか? スポンサーにって意味ですか?」

「あぁその事ですか。そうです」

「でもプロのモータースポーツってかなりの額かかりますよ? そんな資金なんて……」

って言いかけて、先輩が立ち止まった。こっ、これが先輩の家!?

そこには両端に立派な松と真ん中に大きな門があった。

前から気にはなってたんだ、駅前の新旧国道の交差点沿いにこんな大きな家って、一体どんな人が住んでるんだろう? と。

「せ、先輩ってお金持ちなんですか!?」

? つけなくても多分そうだろう。

「うちの工場より広いぜ!」

町工場って言ってもピンキリだけど、本田の所はどの位の広さなんだろう? ん? そういえば先輩の名字は出貝。出貝ってまさか……

「あのぉ、先輩、出貝石油ってもしかして……」

「えぇ、父の会社です」

出貝石油は、茨城県の某大学が開発した人工培養石油の商業化を世界で初めて成功させ、日本を石油輸入国から輸出国にした会社だ。

おかげで日本のレギュラーガソリンの価格は、L70円と俺が小学生の頃の半額以下になっている。ちなみにうちの市にも工場があり、培養そのものは広大な土地がある隣の市で、精製はここで行っている。

この市で名字が出貝なんだから「もっと早く気付よ」と、自分に対して今更ながら突っ込みを入れる。

先輩は「ただいま帰りました」と言って玄関に入ると、

「あら? 御客様かしら?」

脱いである靴を見てそう言った。すると奥から

「では最後までよろしくお願いします」

「あぁ、こっちとしても残念だが、最後まで期待しているよ」

そんな声が聞こえてきた。それと同時に奥の扉が開かれて出てきた人は……

あっ、あの人ってまさか! 俺は近づいてくるその人に興奮を隠しきれず

「も、もしかしてレーサーの美山さんですか?」

「お、俺の名前知っとんや」

「当然です!」

本田も興奮気味である。光はポカーンと口を開けている。

「お久しぶりです、美山さん」

え? 先輩と知り合いなの!?

本田も同意見だったようで、

「先輩、美山さん知り合いなんっすか?」

なんて聞いている。美山さんは笑顔で

「出貝さんはチームのスポンサーさんなんや」

あ、そういえば車体にロゴ入ってた気がする。

「それにしてもこんな時間に家って、さぼったんか?」

美山さんは困った顔で聞いてくる。さぼるなんてそんな訳ないんですけど。

「いえ、今日は入学式で半ドンです」

「あ、成る程。ほな」

手を振って帰って行く。先輩は美山さんと知り合いなのか、これは何とかなるかも。


皆で昼食を食べながら今後の話をする。先輩の家はお手伝いさんがいるのだが、流石料理が美味しい。これでメイド服なら特定の人達が大喜びだろう。

「私はどうしましょう?」

「先輩は美山さんのチームに協力してもらえるか聞いてみてください」

「おれは難しい事は無理だが造るのだけだったら大丈夫だ」

「あたしはライセンスね。どうせ今年中に国際Cまで取る予定だし」

「俺はエンジンと駆動系なら何とかなりそうだ」

「でもこれだけじゃあ人数足りないわよね」

「そうだなぁ、車体担当とプログラム担当で後二人は最低いるな」

本当はもっと分担したいんだが、この際仕方がない。

「じゃあしばらくは皆でメンバー集めね」

明日以降の予定を話し、この日は解散した。


昨日は半ドンだったが今日から授業だ。まあ校内紹介等のレクリエーションばっかりで一日が終わったのだが。ちなみに入部届は今日の朝に出した。

「集まったわね、それじゃあ早速探しに行きましょう」

「高橋さん待って、森君は設計だから仕事に集中させてあげましょう」

「あ、そうですね」

「いや、俺も探しますよ」

「こっちは任せておけって。それに、お前が図面描かないと俺が造れないだろ」

「そうそう、マシンが無かったらどうしようもないじゃない」

それもそうだ。

「じゃあお言葉に甘えるよ。ただ、それっぽいのがいたら声は掛けるから」

「決まりね、一旦解散!」

光はそんなことを言い残し飛び出していった。本田もそれに続き、先輩は「頑張ってください」と言いながら部室を後にした。

「さて、俺も作業に入るか」

そう呟きつつ、俺は部屋にあるシャシーと睨めっこしていた。


うちの県には自動車会社があり、両親はそこで車の開発をしている。家にはその手の資料が沢山あり、その影響か俺も車が好きになった。

俺も趣味で色々設計の真似事はしてきたが、今回は実際に造るので今までとは勝手が違う。しかも、エコランのエンジンならいざ知らず、まさかレースで使う物を初っ端からやる羽目になるとは夢にも思わなかった。

そして、尚かつ今回はとても一から設計する時間は無い。

そこで、今まで真似して書いてきた中から選ぶ事にし、それに手を加える事にする。

シャシーの設計図は部室に残っており、搭載予定のエンジンの外寸も書いてあった。

それを元に家に帰って検討した結果、

V型8気筒(以下V8)シングルターボ(排気ガスの勢いで羽根車を回し、吸気側のインペラーを回すことで燃焼室に空気を押し込む装置のこと。空気が濃くなると燃料も濃く出来るため、それだけパワーが自然吸気より出しやすくなる。ちなみにツインだとそれを二基搭載)で排気量は5Lの物に決めた。ちなみにストレスマウント(エンジンをシャシーの一部とする構造)である。

タービンとミッションは流石に造れないので、市販の物を使うことにしよう。そもそもメーカーでさえ社外品を使う事が多い部分なのだから。


「このままだとちょっと載せるのきついよなー」

今日も部員探しは他の三人に任せて俺は図書室に向かった。家にも資料はあるが、ここだと家に無い本もあるかもしれない。元工業高校だしね。

図書室に入ると放課後なので何人か本を読んでいる生徒がいる。俺はその横を通りつつ、工学系の本が置いてある棚に行く。

そこでふと、その前の机にいる娘の手に目が止まった。

あの本は……。ちょっと誘ってみるか

「ねえ君、車好きなの?」

「…………」

……返事が無い。聞こえなかったのかな?

「あのー……」

「……別に」

聞こえてはいたみたいだ。

「え? でもその本」

「……メカ全般」

あ、成る程。

「だったらうちの部に来ない?」

その娘は本から顔を上げこちらを見る

「……何で?」

「何でって言われても、メンバー足りないから」

「……私には関係ない」

まあそうだけど……。ただ、足りないから誘ってるわけで、まあ仕方ないか。

だけど一応部の内容だけは言っておくか。

「自動車部だからメカだぞ、それも車体自主制作が主眼の。メカが好きなら」

「……入る」

即答かよ。てか数秒前と答え180度違うじゃねーか。まあうれしい方向の180度だが。

その娘は本を棚に収め、さっそく行くとの事だった。

「でも何で急に答え変わったんだ?」

「……入って欲しくないの?」

こちらを横目に見つつ言ってくる。

「いや、入りたくなさそうだったのにいきなり答えが変わったから」

「……部の内容言わなかったから」

あ、そうか、それは失礼しました。

「……あなたの名前もまだ聞いていない」

そうだった。歩きながら自己紹介と、簡単な今後の予定を話す。

「……わたしは由良拓美(ゆらたくみ)。今後も宜しく」

「あぁ、宜しく」

そんなやり取りをしていると部室に着いた。まだ誰も帰ってきていないようだ。

中に入るなり由良さんは目敏くシャシーを見つけ駆け寄っていく。

じっと見つめてる。心なしか目が輝いてるような?

「あれ、帰ってたの?」

「いやぁ、駄目だった」

「あら、そちらの方は?」

三人が揃って帰った来た。

「……由良拓美です、よろしく。それにしても、このむき出しのサスペンションやボルト、リベット最高。変形とかしたらもっと最高」

「え、そ、そう」

光が若干引き気味である。まあ俺も想像以上のメカフェチで驚いてるが。

「ここの機械もドリルとかボンベ(中は空だが)とかあって良い」

「おう! それの良さが解るのか! 俺の家来るか?」

同族がここにいた! いや、それよりその発言は一歩間違うと盛大な誤解を受けかねないぞ。

「でも部員増えて良かったです」

そうだ、ともあれこれで車体側になるだろう一人は決まった。あと一人である。


次の日、五人で学食に向かった。光と先輩は弁当、由良さんはうどんに、俺は蕎麦で本田はラーメン大盛りだ。皆で席を取って食べる。

「あとは必要なのどんな人だっけ?」

光が卵焼きを頬張りながら質問してくる。

「……プログラム」

「もう全部機械部品でいいじゃねーか」

いや、今時電子部品無しは無理だろう

「コンピューターに詳しい人ですよね。学生では難しいのでは?」

いや、ここのメンバー自体既に普通の学生じゃないと思います。まあこれに関しては最悪コンピューター研あたりに頼むしかないかも……と、

「……あそこの端」

由良さんが指した方向、食堂で一人、パソコンを広げている生徒がいる。ネクタイの色から同じ一年だ。近づいて後ろから覗くと、何やらアルファベットが意味に不明に並んでいる……

「何やってるの?」

「わぁ! と、突然何?」

ここまで驚くとは思わなかった。

「えーっと、ゲームのプログラム組んでるんだけど、それがどうかしたの?」

プログラム!? これはなんというタイミング!

「ねえ君、うちの部にプログラマーとして来ない?」

「ちょうどコンピューターいじれる奴探してたんだ。自動車部なんだが来いよ」

俺と本田が誘いを掛ける。

「いや、別に僕は車好きじゃ……」

「つべこべ言わずさっさと来る!」

と、強引に高橋が拉致引っ張っていって行く。当然俺達もその後ろをついて行く。

「ちょっと待ってくださあい! まだ食べ終わってないんです!」

「……じゃあ先行ってる」

先輩を残して部室に行く。というより由良さんって意外と食べるの早いんだな。

部室に着き、鍵を閉める。もう完全に監禁だな。

「あんた名前は?」

「え、の、野水敏和(のみずとしかず)

「野水か、宜しくな」

「い、いや、僕まだやるとは」

「……データー解析及びプログラム担当で決まり」

皆彼を逃がすまいと囲っている。そんな彼に俺は半分同情していた。ただ半分は入ってくれとも思っている。

「え、いや、でも」

「諦めが肝心よ♪」

あ、光が止めを刺した。

「そんなぁ~」

そう言って彼は自動車部の一員にならされたのだった。


「ではメンバーも集まったことですし、改めて担当を決めましょう。まずは部長から」

無事弁当を食べ終え部室に来た先輩が切り出した。

「はぁ~い! 出貝先輩がいいと思います」

「えっ、えええええ!? 高橋さん、私が部長なんですか!?」

「……唯一の二年生」

上級生が部長になるのは当然だよな。うん。

「それはそうですけ――」

その時丁度予鈴がなり、

「じゃあ頑張ってくださいね」

「ファイトっす」

「俺達バックアップしますから」

「僕からもお願いします」

「……部長、早くしないと授業遅れます」

これ幸いと皆帰っていく。

「ちょっとぉ~!」


放課後、部長以外の担当が話し合われる。とは言っても実質既に決まっているので再確認だけだ。

・部長は出貝先輩

・エンジン・駆動系は俺

・シャシー含め車体全般は由良さん

・データー解析・コンピューター関係は野水

・メカニックは本田

・ドライバー(予定)は光

「あと自動車部って名前がダサイわよね」

別にいいじゃん、自動車部で。

「おれレーシング部がいいな」

「えー、そのまんまじゃん」

じゃあ自分で考えろよ。

「……爆走戦隊ゴーレンジャー」

部長の赤と光の黄色は当確として、俺は何色だ? って六人いるじゃん!

「サーキットを大いに盛り上げる坂ノ上高校の団。略してSOS団」

長いなおい。それよりそれは色んな意味でアウトだろ。

「良いのでないなぁ。部長はどんなのが良いですか? あと義正も」

俺も考えるのかよ。

「私は自動車部のままでいいと思うのですが」

「うーん……義正は?」

「右に同じ。そもそも自分の意見は無いのかよ」

「え、うん」

こいつは……

結局、無難に自動車部はレーシング部に改名、チーム名は坂ノ上レーシングに決まった。

尤も、光は今後良い案思いついたら改称する気満々だったが。


「では早速、自動車部改め新制レーシング部を始めましょう」

「「おーっ!」」

皆で気合いを入れる。――やけくそなのもいるが。

「こういう場合まずは要求性能からですかね? 尤も、基本的な設計図は残ってるみたいですが」

いや、確かにそれも大事なのだが、まずはどのクラスに出場するかを決めなくてはならない。それによって規定が違うし、それに合わせて車を仕上げなければならない。

「いえ、まずは出走クラスを決めましょう」

と言っても、自主制作だとスポーツプロトタイプ1(以下SP1)かスポーツプロトタイプ2(以下SP2)しかないのだが。ちなみに規定は以下の通りである。

SP1クラス

・最低車両重量950kg

・全長4,650mm(リヤウィング含む)以下、全幅2,000mm以下、全高1,100mm以下

・コックピットのオープン・クローズドは問わない

・エンジンは制限無し

・燃料タンクはガソリン80L・ディーゼル65Lまで。ただじ燃料の使用量制限あり

・プライベーターへ五台以上販売すること。若しくはプライベーターから要請があった場合同型・同性能車両を€450,000以下で必ず販売しなければならない。

SP2クラス

・最低車両重量750kg

・全長4,650mm(リヤウィング含む)以下、全幅2,000mm以下、全高1,100mm以下

・オープン・クローズドボディ問わない

・エンジンは制限無し

・燃料タンクはガソリン100L・ディーゼル80Lまで。但しSP1の4/5の燃料使用量制限とする

・シャシーは協会公認メーカーの物を使わなければならい。若しくは自主制作の場合は車両価格が€360,000以下でなければならない。

・アマチュアドライバーを一人まで入れる事が出来る。

後は共通の安全規定が何点かある。

まあうちは絶対€360,000なんて金額かからないけど。

「――この大きさ以内の車で、怪我しないようにしてくれるならどんな車でも良いですよ。但し燃料はこれだけね――ってエコランとすること同じね」

いや光、その理屈はおかしい。

「言い方だけはな。だけどそもそも求められるレベルが違うだろ。まあ、これだとSP2だろうな」

俺がそう言うと腕を組んで不満そうに光が

「え~、ここはSP1でしょ」

いやいや、お前はアマだろ。

「でも公認の部品使えるからSP2クラスは僕たちにはうってつけだと思うよ」

「そうだな、造れる部分を絞れるのはでかいな。設備上ここで出来る物じゃ限られてるし」

野水と本田もSP2に一票のようだ。

「そもそも販売しないといけないんだから強制的にSP2だろ」

「では決まりですね、SP2クラスに出走ということで」

一人「ぶ~」とか言って頬を膨らませているが無視をする。

「……ところで、プライベーターって?」

レースに詳しくないと専門用語のオンパレードだよな。今後はそれも勉強しながら活動しなければ。

「まずワークスっていうのがメーカーが直接運営するチームの事で、プライベーターはそれ以外ね。厳密にはもっと細かいけどざっとこんな感じかしら?」

光が由良さんに説明する。

「じゃあ僕達はプライベーターって事だね」

「そうだな、おれ達は自分で造るつもりだけど会社じゃないしな」

その後話の流れは車の性能をどうするかに変わっていった。


「それでは制作に取りかかりましょう、と言っても私はすること無いですね……」

「そんな事ないですよ部長は部品の手配をお願いします。あと前に言った美山さんの件も」

俺がそう言うと、

「まだ部員いるの?」

あ、そういえば野水と由良さんには言ってなかったな。

「部長はプロのレーサーに知り合いがいるんだ。俺達だけじゃあ出場は無理だから、プロにも支援してもらおうと思って」

「……確かにこれじゃあ人が少なすぎ」

「でもそれって先生は知ってるんですか?」

「…………」

皆で無言になる。完全に忘れてた。

「わかりました。それも含めて私がやりましょう。どっちにしろ機械には詳しくないですし、こういう雑用で皆さんをバックアップさせていただきます」

そう言って部長は職員室に向かっていった。教室を出る直前「そういえば先輩から部長に代わってる……」とか言うのが聞こえた。部長、がんば。

「それにしても雑用って、雑用どころか重要案件ばっかりなのに。それがないと俺達動けないし」

俺が扉に向かって呟くと

「まあ部長らしくていいじゃねーか。おれ達はおれ達の仕事をしようぜ」

本田が言うとおりだ。それぞれの得意分野を生かそう。


「じゃあまずは、今の規定に合うように設計を変えよう。一応俺は前もって図面読んでエンジン決めてはあるけど」

「どんなのにしたんだ?」

「設計図持ってきたの?」

本田と光の二人が聞いてくる。俺は持ってきた図面を広げつつ

「図面から逆算してV8にした。ちなみに5Lシングルターボ」

「スゲーなこれ。全部自分でやったのか?」

本田が感心しながら聞いてくる。由良さんも見入っているようだ。

「いや、うちにあった資料と趣味で描いてた中から選んで持ってきた。ただこのままだと無理だから、若干変更する必要があるけど」

「じゃあそれをCAD(コンピューター支援設計。コンピューター上で図面を引く場合に使う装置、又はソフト)でシミュレーションしてみよう。打ち込むから貸して」

そう言って野水は自分のパソコンに入力を始める。って

「いや、部室にあるじゃん。そもそも専門のソフト入れてるのかよ!」

ついつい突っ込みを入れてしまう。

「え? だって使い慣れてるから」

まあそうだけど……、ってそういう問題じゃない。

「わざわざソフト買ったのか!?」

「フフフ、それは内緒だよ」

眼鏡が怪しく光る。まさか……、いや、聞かない方がよさそうだ。


打ち込みは時間が掛かるため、他のメンバーはカウルのデザインをすることになった。

「カナード付けた方がよくないか?」

「リアウイングはどうするの? 一体? セパレート?」

議論はかなり白熱した。自分でデザイン出来るのだから当然である、部長も帰ってきて、下校時刻も迫ってくる頃にデザインの概要が決まった。もっと煮詰めても良かったが、話が堂々巡りになってきたため打ち切った。てか車体のデザインが――時間が無いとは言え――1回で決まるのもどうかと思う。特に由良さんは納得していない様子。

「……美しくない」

美しいって……

「格好いいじゃないんだ」

光、突っ込みどころはそこじゃないと思う。

「……美しい物は性能が良い。性能が良い物は必ず美しい」

「何で?」

俺はその意見が不思議に思って聞き返す。由良さんは眼鏡を直しながら

「……美しいって事はそれだけ無駄がない。飛行機とか良い例」

あー、そう言われたら何となく解る気がする。

「ならそれは今後改良していくということで。時間も時間ですし今日は解散しましょう」

「ずっと画面見てて疲れちゃった。僕も明日にするよ」

野水もこっちを振り向き呟く。

「そうね、じゃあ帰りましょう」

光の音頭で皆が部室を出る。そういえば風洞実験もしないとな。

「本田にお願いがあるんだけど」

「何だ?」

下駄箱で靴を履き替えながら本田に言う。

「風洞やりたいから今日のデザインを元に模型造ってくれない? 大きさは机の上で出来るくらいで」

「いいぜ、粘土で良いか?」

「あぁ、後でホームセンターに買いに行こう」

靴を掃き終え皆と合流する。

「明日本田に模型造ってもらうから、車体担当として由良さん、風洞実験よろしくね」

「……まかせて」

力強く頷く。

「……でもどこでするの?」

「部室で扇風機とビニール紐使ってしようかと。もちろん本格的じゃないから正確なデーターはとれないだろうけど」

「モックアップは造らないのか?」

確かに、データー収集の為には実物大の模型を造ってテストした方が良いに決まってるんだけどな……

「やりたいけど時間ないだろ、場所も無いし……」

「まあそうだな。じゃあCADの後はぶっつけ本番か」

「僕も協力した方がいいかな?」

「いや、お前はまだ仕事残ってるだろ。それまでおれと由良でなんとかするから」

「じゃあ成る可く早く終わらせるね」

「あぁ、頼りにしてるぞ」

まあ、何はともあれ明日だな。


「昨日はデザインに夢中で聞くの忘れてたんですけど、中嶋先生とはどんな話をされたんですか?」

放課後皆が部室に集まり、今日の予定を話しているところで俺はふと思い出して部長に聞いてみた。

「先生は頑張ってみると言っていましたが、正直予算はあまり期待できそうにありません。元々金額がかかる上に実績も無いですから……」

「え? それって他と比べても少ないって事ですか?」

「そういう雰囲気でした」

うーん、カーボンとかは高いから別として、他の材料費は部費でどうにかなると思ってたんだけど無理か……

「じゃあどうするんですか?」

光が心配そうに部長の顔を見る。皆の顔もあまり芳しくない。

「父に掛け合って美山さんに取り次いでもらえる事になりました。ただ、交渉自体は自分達の部活なんだから自分達でするようにと」

「あ、ということはスポンサー自体はやってもらえる事になったんすか?」

本田が頭に手を置き、椅子を後ろに反らせながら部長に聞く。足払ったら倒れそうだな。

「えぇ、父がスポンサーなんで最低限のお金は出してくれるそうです。交渉が纏まればの話ですが。ただテスト用の燃料はいくらでも使って良いと」

「あくまで最低限なんですね」

昨日の続きをしならが野水は声だけこちらにかけてくる。

「部活だからだそうです」

成る程、あくまで主役は自分達で大人はサポートって事か。

「ではこの話は終わって今日の行程に入りましょう。野水君は既に始めてるから他の人達ですね。私は先生と話があるのでこの後抜けます。森君も続きがありますね。後の三人はどうしましょう?」

すると本田は椅子の下に置いてあった包みを机の上に広げる。それは昨日買った粘土――ってもう造って来たのかよ!

「我慢できなくてな、帰って速攻やっちまった」

「それは昨日帰る時話していた風洞実験に使う模型ですか?」

「はい、おれと由良は今日はこれをやります」

隣の由良さんを見ると「……造りたかったのに」と、ちょっと残念そうだ。

「高橋さんはどうするんですか?」

「すること無いから雑用あったらそれ手伝うわ」

「では決まりですね。では私はこれで失礼します」

部長が部屋を出て行き、それを合図に俺達も作業に入る。あ、粘土の領収証部長に渡すの忘れてた。ま、後でいいか。


「返事早かったですね」

「チーム内では面白そうって意見が大半だったみたいです」

美山さんのチームから部長宛に連絡があったようで、これまでの経緯を簡単にだが話してくれた。最初は電話で概要を話して、その後書類を送って正式に要請したそうだ。電話で簡単な返答が昨日あって口答ではオッケーということだった。後日正式に契約書に判を押す事になるという。ちなみ締結場所は部室で行うとの事だが、中嶋先生も了承してくれた。

「でも今のチームでもレースしてるじゃないですか。大丈夫なんですか?」

「その事なんですが、今年はフォーミュラ(タイヤとドライバーが剥き出しのレーシングカー)しか参戦してないからスポット参戦位なら手を回せるということでした」

って事は参戦できる土台が揃ったという事だ。今後は気兼ねなく車体を制作する事が出来る。造っても走れない事程悲しいものはない。……その前に造る予算が無かったか。

「なあ、そろそろ造らないと時間無くなるぞ」

それもそうだ、出来るところからやってしまわないといくら時間があっても足りない。手始めに、エンジンの基本設計は出来上がってるから今後変わらない部分は本田に今のうちに造ってもらおう。シャシー関連は由良さんだけど、シミュレーションの最中でまだ出来上がってないみたいだ。エンジンも若干変わるだろうから俺もそれに加わる。


それから急ピッチで作業が進められた。全ての設計が終わり、いよいよ本格的な組み立てに入る。ここまで一月、夏には何とか間に合いそうだ。SP2は部品のキット化が進んでるからこの辺はスムーズだ。

「ではこの部品の注文お願いします」

野水が部長にリストを手渡し、職員室へ向かった。その向こうでは本田が工作機械を使い部品を造っている。俺と由良さんはその手伝いで、高橋は部長について行った。

「テンション上がってきたな!」

「まだ始まったばっかりじゃないか。その元気はとっておかないと後々きついぞ」

JRCCの内の一戦、八月にある伊勢湾サーキット1,000km耐久レースに参戦の予定なのだが、今から飛ばしても体力、精神力共に持たない。時間は無いのだが途中でバテては元も子もない。

「それもそうだな。ただ頭じゃ解ってるんだけどつい、な」

「……解らなくはない」

まあそれは俺も同じだ。だからこそ自分にも言い聞かせる意味で言っている。

「ただいまー、先生に申請してきたよー」

「その場で電話して下さったんですが、メーカー代理店からは――納期は一ヶ月以上――とのことらしいです」

やっぱそこまで掛かるか。その間にカウル含め全部造ってしまわないと。

「グラスコックピットじゃなくて正解? もししてたら僕そこまで手が回らないよ」

そう、アナログ計器と機械式デジタル計器を多用することにした。理由は、OS必須のデジタルはこの中で一人しか扱う事が出来ず、唯でさえエンジンマッピング(ECUで制御する場合、空気・燃料の濃さ、点火時期等のデーターを入れなければならない。ECUはエンジンコントロールユニットで電子制御装置の事)、CAD等によるデーター解析、今後は走行データーの処理もやってもらうのに、これ以上野水の負担が大きくなるのを避ける為だった。

「金型出来たぞー」

本田がこっちに向かって声を上げた。

「了解。でも材料まだ来てないからそのままにしててくれ!」

「解った!」

カーボンボディを精製するための型が出来たようだ。後はそれを使い、オートクレープで焼き固めるだけだ。尤も、これは時間掛かるから朝来て釜に入れ、昼休みか放課後に取り出すようになるかもしれない。

「頑張ってるね」

「あ、中嶋先生、部品の手配ありがとうございます」

俺は改めて先生に御礼を言った。

「いやいや、あの位お安いご用だ。それより、今日はゲストがお越しだぞ」

ゲスト? はて? 誰だろう?

「さあ、どうぞどうぞ」

皆で首を傾げながら扉を見る。

「どうもどうも、四人とはお久し振り、三人とは初めまして」

あ、美山さん!

「皆も話は聞いているな。今後は美山さんの所属するチームと合同で事を運ぶことになる。その契約を今日正式に結ぶことになった」

そういえばまだ仮契約だったんだよな。って急な来訪だな。

「御免な、一ヶ月もまたしてもーて。あとドッキリは成功ぽいな」

先生は知ってたって事か……

「いえいえ、御仕事忙しいんですから仕方ないですよ。私も突然の連絡でしたし」

「ほな早速始めましょうか。監督!」

(監督? そっか、チームとして契約するんだから当然か)

監督と呼ばれた人が入ってくる。おぉ! この人があの

「皆さん初めまして。美山が所属するレーシングチームの監督を務めさせていただいています、鈴禾利男(すずのぎとしお)と申します。以後よろしく」

鈴禾さんは数々のレースで活躍されたドライバーだ。特に耐久レースに強く、同じペース、同じ車、同じタイムなのにチームの誰よりも燃費を節約して走っていた。予選のような一発勝負はチームメイトに任せる事が多かったが、本戦では当時の誰よりも強かった。

「でもこちらも改めて自己紹介しようか。部長、宜しく」

部長から順に自己紹介と担当を話していく。

「凄いな、これだけの技術を持った学生が揃うとは」

それは思う。よくもまあ都合良くいたもんだ。

「ではこれより本題に入りましょう」

「そうですね。こちらが以前お話した内容です」

部長が書類を出して鈴禾監督と美山さんに見せる。

「では以前お話ししたとおり、スポンサーの意向で今回は特殊な契約になります」

スポンサーというのは部長の親父さんか。

「いえ、こちらとしても学生の方と組むのは初めてなんで楽しみなんですよ」

内容は、精度が要求される場面や免許等がいる箇所、大人数が必要な場合と危険な時以外は極力手を出さないというもの。あくまで部活の一環で主役は俺達ということだ。

すげぇ、部長営業マン、いや、キャリアウーマンみたい。

鈴禾監督が最後に判を押す。

「これで正式に契約したわけや。皆、今後もよろしくな」

全員と握手を交わし交渉が終了した。皆緊張が解けて背もたれに身体を預ける。

「ちょっと部室を見せてもらっても良いかな? どんなマシンになるのか興味があるよ。監督としても、私個人としても」

実際に使うのは彼らだから気になるのも当然か。監督が図面や制作途中の車体を見る。

「ふむ、手堅い。システムは一世代以上前の物で目新しくは無いですが、逆に言えば信頼性はありそうですね。自分達の身の丈に合った設計になっているようです」

そこまで大それた理由ではないが、まあ結果的にはそうなるかな。

「せやけど若干ダウンフォース少なそうやな」

「……それは今後の課題です」

由良さんが答える。色々突貫だったからなぁ……――今もか。

「おっと、こんな時間か。では失礼します。今後はメールで」

「はい、今日はありがとうございました」

部長の合図で全員礼をして送り出す。

本当に参加するんだな、気合い入れないさないと。

SP2規定の欄ですが、2/3から4/5に変更しました。計算したらリッター3.3km出さないと完走出来なかったので(汗)

尚、SP1は2km・SP2は2.5kmを想定し、各レースはそれに合わせて使用量を決めることとしています。

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