1stスティント
入学式が終わり、教室で学校での今後の予定が担任の先生より説明されていた。俺、森義正は先生の話もそこそこに、自分の席に配られたプリントに目を通していた。と、そこでふと目が止まった。
「お、あったあった。『坂ノ上高校自動車部、今年も全国へ向けて頑張ります!』か」
今全国で盛んに行われている競技がある。それがエコ・1lチャレンジレース
通称エコラン。1lのガソリンで何km走れるかという競技である。
これはクラスが細かく設けられており、中学生・高校生・大学生・社会人・海外学生・海外社会人クラスとあり、出場チームが多い為さらに地方予選もある。
ちなみに予選時は300mlで競われる。
このレースの規定はいたって単純、
・車体の大きさは以下の通り
「全長3,600mm以内」
「全幅1,700mm以内」
「全高1,700mm以内」
・レギュラーガソリン対応なら自作、市販品問わずどんなエンジンでも可
・使用燃料総量は本戦では1l、地方予選では300mlとする
あとは安全規定が何個かあるくらいだ。
つまり――この大きさ以内の車で、怪我しないようにしてくれるならどんな車でも良いですよ。但し燃料は1lね――という事だ。
中学校はこれに出る部活が無かったので我慢していたが、高校では是が非でも出たかったのでこれがあるか無いかで学校を選んだ。尤も、大体の高校にはこの手の部活があるのだが……
「ここだとエンジン造れるのかなぁ」
俺は市販品の改造より、出来れば自分の手で一から造ったマシンで出てみたかった。もっと言うとエンジンを造りたい。そのために親の部屋で今までこっそり勉強してきた。ちなみに母親はエンジン技術者だ。そんな事を考えていると鐘が鳴り
「よし、今日はここまで。日直は明日から出席順で回すからそのつもりで。礼!」
今日は入学式があったから午前で学校は終了し、これから放課後に入る。
「あんたは部活どうするの?」
と、早々に帰る準備を終わらせた奴から話しかけられた。幼なじみの高橋光だ。
「自動車部一択かな」
「どれどれ……ふーん、エコランねぇ」
「お前はどうすんだ? ドライバーとして入部か?」
「別にあたしエコに興味ないし」
このご時世になんという発言
「でもカートやってるじゃん」
そう、こいつ、高橋は小学校低学年の頃からカート(遊園地等にあるゴーカートを使ってのレースだが、競技用なので性能は全く違う)をやっているのだ。
祖父が元レーサーでその影響らしい。ちなみに何回か優勝したこともあるようで、部屋にトロフィーなんかがある。
「エコランなんかとカートを一緒にしないでよね」
「なんかって……」
まあジャンルが違うのは認めるが
「まああんたが入るなら……」
「ん? なんか言ったか?」
「べ、別に!」
顔が赤くないか?
「おっ、お前ら車に興味有るのか?」
「えーっと……」
誰だ? 入学初日でまだ顔と名前が一致していない。というよりまだ名簿を読み切ってない。
「突然何?」
高橋も同様の顔だ。
「おれは本田一宗、自動車部に入ろうと思ってるんだ」
本田か、こいつも車好きなのか。
「俺は森義正、俺も入る予定」
「あたしは高橋光。でも別に入る気は無いわよ」
「カートやってるって聞こえたが入らないのか?」
「あんた耳いいわね」
「まあな!」
「いや、別に褒めてないから」
やけにテンション高いなぁ。五月蠅いのは隣にいる一人で十分なんだが……
「何見てるの?」
「いや、別に」
言うと物差しが飛んでくるからやめておこう。
「じゃあおれ達三人で今から部活見学行ってみるか!」
「さっきの話聞いてた? あたしは入らないって……」
「んじゃしゅっぱーつ!」
「え? ちょっと!」
結局三人で行くことになったんだが、もしかして今後はこのハイテンションに振り回されるのか?
先が思いやられるなぁ……
プリントに書いてある地図を頼りに部室に到着したのだが……
「ここだよな?」
「だよね?」
「しかないよな?」
三人が扉の前で立っているのだが、中に人のいる気配が無い。と言うより最近開けた形跡さえも無い。
どういう事なのかと考えていると、
「自動車部に入りたいのか?」
と、後ろから突然話かけられた。
「はい」
「えーっと……」
「おう!」
一人、先生(恐らく)に対する言葉とは思えないようなのが聞こえたが、目の前の人物は気にせず続ける。
「私は自動車部顧問の中嶋聡だが、残念だ」
嫌な予感がしてきたが、一応聞いてみる。
「どういう事ですか?」
「ここ最近は部員が入らなくてなぁ。大会の時に臨時に部員集めて昔造ったので適当に出てリタイア、というのを繰り返している」
それって実質休部って事じゃないか!
「そこまでしてどうして出てるんですか?」
高橋は俺達三人の総意を口にした。
「せっかく造ったのに勿体ないじゃないか」
そういう問題ですか。
「でも部は残ってるんだよな? なら良いじゃねーか!」
良いのか?
「まあうちに入るのなら歓迎するぞ、久々の正式な部員だしな。鍵取ってくるからちょっと待ってなさい」
そう言って中嶋先生は職員室へ戻っていった。
「どうするの?」
「ひとまず中に入って考えよう」
「おれは一人でもやるぞ」
いや、それは無理だろう……
そんな事を話していると中嶋先生が戻ってきた。
鍵を開け、照明をを点けて中を見渡してみるが結構な広さだった。
「広いなあ。それに機械も色々あるし、ちょっとした町工場って感じかな?」
「旋盤にフライス盤、あれはガス溶接一式にアーク系もあるな。あっちにはホーニ……」
「その辺でいいわ……。詳しいのね」
「あぁ、おれん家町工場だからな。ちなみに小遣い欲しさに手伝ったりもしてるぞ」
高校生が作業して品質大丈夫なのか? それより免許とか良いのか? まあ雑用だろうけど。
「最初は怖かったなー目の前で鉄が真っ赤になったり、ドリルが目に見えない速さで回ったり……」
雑用じゃないのかよ!
「それにしても色々あるなー」
と、改めて見渡してみるが……ん? あの隅に置いてあるのはまさか……
「おぉよく見つけたな、それはレーシングカーになる筈だったシャシー(日本語で車台、車を構成する基本的な骨格)だ」
そりゃいくら隅でもこんだけ大きかったらわかるだろう。
近づいてみると、シートに隠れて解らなかったがシャシーその物はほぼ完成しているようだ。ちなみに隣には例のエコラン用の車体もあったのだが、そっちのことはどうでもよくなっていた。
「これカーボンモノコック(日本語で応力外皮構造。人間のように骨組みで強度を保つのではなく、昆虫のように全体でその物に強度を持たせる構造のこと。ちなみにカーボンだから素材は炭素)ですけど何所で手に入れたんですか? と言うよりどうしてここにあるんですか? そもそも筈って」
「まあ落ち着け。何所で手に入れたってそりゃ此処で造ったに決まっているだろう」
そういえば此処は元工業高校なんだよな。しかし、だからってそんな大きなオートクレープ(炭素繊維を焼き固める装置)なんて物普通あるか?
「数年前の卒業生達がな、ある年のドゥ・マン24時間レースで東○大学が出てたのを観て『ドゥ・マンに行こう!』って造り始めたんだ。しかし、専門家無しでやろうとしても上手くいくはずもなく、シャシー造った時点で時間切れ」
「卒業していった先輩には悪いですけど当然ですよね」
○海大学は元自動車会社の技術者が講師としていたから何とか出来たのであって、高校生だけでしようとしても無理がある。
「でもこれしっかりしてるぜ? 歪んでもないし、継ぎ目もキッチリしてる。足回りは流石に市販品ぽいが、多分走っても問題ないと思うぜ。まあ町工場の感だが」
確かに、素人目に見てもかなりしっかりしている。とても高校生が造ったとは思えない出来だと思う。
「もったいねーな。これ使って車仕上げたいな」
それには同感だ。是非、自分たちの手でこいつを完成させてやりたい。なんて考えていると、
「ねえ、せっかくだから先輩達が出られなかったレースに出ようよ! ドゥ・マンは無理かもしれないけど国内の!」
などと光が突拍子もないこと言い出した。