15thスティント
帰りのバスの中、俺と光が目を合わせず口も聞かないため、皆まで無言になり車内は暗い空気が漂う。それでもちらっと横目で光を見ると俯いて鼻を啜っていた。が、やはりあまり慰める気にはなれない。部長が背中を摩っている。視線を戻し、窓の外を眺める。
頭の中で今回の事を思い出すがトラブル続きだった。オーバーヒート症状が出たり、やはりエンジンの動きが怪しかったり……。しかしリタイアの原因は予想外、途中からエンジンの振動だけじゃなく、足回りにも亀裂が入っていた。正確にはそれを支えるシャシー部分。美山さんの無線での報告はこれも含まれてたようだ。あと元々シャフトの温度が高いとは思っていたが、テレ見ると駆動系もあまり芳しくなかったらしい。
「はぁ~……」
溜息しか出てこない。もちろん勝つのは無理だと分かってたし、完走も難しいとは思ってたけど、ここまで悲惨だとは正直思っていなかった、甘かった。
結局、バスの中では(SAやPAでも)光とは一言も喋らなかった。
「残念だったな」
帰宅したのは次の日の夕方、帰ると早速言われた。
「……うん」
だがあまり返事をする気になれない。
「まあ最初なんだ、まずは空気に慣れるのが大事だな」
「そう/\、何があったか大体想像つくけど、それも経験よ」
両親揃って慰めてくれるが、なんて反応して良いか分からない。中学までは図書部(幽霊)だったし。あ、帰宅部は不可能だった。
「よくあることだ、気にするな。……いや、見返すぐらいの気持ちが良いのか?」
親父がビール飲みながら言う。そうは言っても……
「ま、明日学校行けば気持ちも楽になるよ」
お袋も……学校? あ、明日登校日だったっけ?
「それと登校日に関係が?」
「行けば分かる/\♪」
「あーあれかな?」
穂、あれって何だよ。
「あんたもそういう状況?」
「うん」
弟とお袋が何か通じ合っている。気になるじゃん!
「「教えなーい」」
結局最後まで言ってくれなかった。
次の日、登校日の為蜻蛉返りで地元に戻ってきたわけだが、入った瞬間教室から拍手がわいた。
「一昨日のテレビ見たぞ!」
「残念だったな! 次は……」
誰もが労らってくれた。皆テレビを観ていたのだ。
(そういう事か)
昨日は穣の中学校の登校日、お袋は当然仕事。二人はそれぞれの場所でこんな感じの周りの反応を既に体験していたのだ。実際は喧嘩ばっかりだった。今も光とは何も話していない。
(あっ)
不意にあいつと目が合う。光も同じ気持ちなんだろうか? 確かに部は、そしてチームの空気は最悪だ。しかしこれを見て、もう一回やろうと俺は心に決めた。
登校日なので連絡事項+αで終わりだ。その後は帰るか部活である。俺は迷わず部室へ向かう。さっきまでは一昨日のことを気にして迷っていたが、教室の反応で吹っ切れた。まあ光とはまだ話せてないが、それは部室へ行ってからにしよう。すると既に皆来ていた。……光はまだみたいだ。
「今日の朝教室入ったら吃驚しました」
「こっちもだよ」
「……うん」
部長、野水、由良さん達も同じ状況だったらしい。まさかこんなに多くの人が観ていたとは思わなかった。何故なら、御世辞にも日本はモータースポーツが盛んではないからだ。中継は衛星くらい(一応無料の局)だし、ダイジェストは地上波でやっても日曜深夜だ。にもかかわらず、皆観ていてくれた。それも余り映ってないはずだし、喧嘩ばかりでとてもレースと呼べるものではなかったが……。そんな事を考えていると先生が入ってくる。光も来た。
「皆クラスから反響があったんじゃないか?」
「「……」」
「かく言う私も職員室で色々言われたよ」
教室とは違い職員室は大人の場所だ。多分色々の中には、マイナスな事も云われたんだろう。
「皆悔しくないかい? 普段レースなんか殆ど観ない人が一生懸命観てくれた。でも結果は予定をこなすどころかもっと酷かった」
「もう一度、もう一回出て今度こそ完走したいです! 全員で力を合わせて!」
俯いていた光が真っ直ぐ前を見て叫ぶ。
「えぇそうです。やれる事はまだ/\あります!」
「……ここから這い上がる」
「おれはあんな仕事じゃ満足してねぇぞ!」
「あんなに取ったデーターをPCの肥やしにするなんて勿体ないよ」
そして最後に皆が俺に視線を向ける。
「やりましょう……。やりましょう! 学生でももっと出来るって、そして皆にもっとテレビに映って驚かせましょう!」
ここまで応援されれば燃えないわけがない。
「いい返事だ、チームの方は私から話しておく、君たちは分析や改良に集中しなさい」
先生が教室から出て行く。だがまだ俺にはやることがある。ここで俺は光の方を向き、
「光」
「……何」
ぶすっとした顔をこっちに向けてくる。しかし俺は気にせず。
「昨日は本当に御免」
「いいって。……あたしも思いっきり我が儘言ったし。お互い様」
「でも……」
「いいの! この話はお終い!」
光がそっぽを向く。一応大丈夫かな? でも耳がさっきより赤いような……
多分先生はこうなることも織り込み済みだったんだろう。じゃなかったら普通は空気が最悪になる前に手を打っているはずである。でもしなかった。多分一度落として、それからの団結力を期待したんだろう。もちろんリスクはあるが、リターンも大きい。先生はそれに賭けたのだ。
改良箇所は無数にあれど、その中でも特に重要な場所を挙げていく。
「まず、何処が一番の要因として挙げられますか?」
「やっぱエンジンの耐久性だと思います。走ってても振動途中から凄かったですし」
部長の質問に光が答える。
「テレメトリー的にもそんな感じかな?」
「……疲労の蓄積?」
野水と由良さんも同意見のようだ。当然俺も。
「なあ、大体どの位走ってから駄目になったんだ?」
本田の意見はご尤も。俺も気になる。
「あぁ、今までのパターんを調べるのか、野水も手伝って」
「こんな事もあるかともう出してるよ」
リアルこんなこともあろうかと! ……元ネタ何だっけ? アニメはだよね? 由良さんあたりなら解るかな?
「用意いいな、同時にやってたのか?」
「だって悔しかったんだもん」
「やっぱ皆そう思ってたのか」
本田はそう言い。
「うん」
野水も頷いた。
移動前に整備をしたがそれだけでは不十分だったようだ。オーバーホールじゃないと……。その蓄積分が今回トラブルの原因なんだろう。
「テレ見ると……」
「乗った感じは……」
等々、皆意見を出し合う。
「最初のテストはこの日ですかね?」
こうして、次の裾野へ向けて動き出した。
やっぱりポルシ○は強かった! ……最終戦から何ヶ月やっちゅうねん。