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セシルs・メモリー  作者: 竜司
後編
10/10

柵の解き方



 第十章 しがらみほどき方

 

 1 

 

 八月五日、昼前の王里神会本部ビルロビーにて、神屋聖孝かみやきよたかは思案していた。

 暁と接触し、王里神会から遠ざけ、そして王里神会を崩すカギを握る鬼頭火山の居場所を掴み、Kのテロを防ぐ。その道のりは平坦ではないだろう。

 フロムヘブンの内容が事実であれば、Kは目的のためなら殺人を犯す段階に入っている。自分の裏切りがバレたら、命はない……。

 上條がコンビニの袋からサンドイッチを出して、執行部の仲間と何やら話している。彼なら仲間に引き込めるだろうか。何となく気が合うからよく喋るだけの仲であった。上條とはそういう仲だ、と神屋は諦めた。

 昼食を食べに外出した途中で、執行部のトニーに背後から声をかけられた。神屋はこの欧米人を知っている。王里神会創設当初からの古株で、任務を着実にこなす真面目な男だ。年齢は三十代前半だったと思うが、5歳は若く見える。

「オ昼……一緒ニドゥ」

 ファミレスで他愛のない話をした。段々とトニーの雰囲気が変わっていき、神屋は若干警戒した。

「今、なんて?」

「貴方ハ準反乱分子トシテ見ラレツツアル。離反ヲ企ンデイマスネ」

 神屋は黙った。消される前触れなのか、それもと逆なのか。トニーの思惑を計りかねていた。

「マダ疑イガアルトイウレヴェルデス。理由ハ数日中ニ起コル出来事デ理解デキマス。ワタシハ提案ヲシニ来マシタ。貴方ニ協力シマス。外崎暁ト接触シタラ、彼ヲ匿ウツモリデショウガ、貴方ハ弱イ。コレアゲマス」

 トニーは袋に入った物をテーブルの下から神屋に渡した。神屋は中身をそっと確認してから、トニーの目を見据えた。

「ソノ銃ダケデハ不十分デス。ワタシガ貴方ノ盾トナリ矛トナリマス。ワタシト貴方ハ利害ガ一致シテイル」

「君は、僕のKへの信仰心を確かめに来ただけだな」

「選ブノハ貴方デス。連絡待ッテマス」

 トニーはテーブルナプキンに持参のボールペンで連絡先をサッと書き、席を立った。

 神屋は思案する。トニーを拒否したところで得はないだろう。彼が味方でないならば、既に詰んでいる。



 2


 八月九日、夏祭り当日――。

 夕刻、藤原はセシルと共に、外崎の住むアパートに車で向かっていた。板垣組は、藤原からの王里神会の活動報告を受けて、テロを静観しないと決を下した。可能であれば王里神会よりも先に外崎暁と篠原亜美に接触し、テロの実態を見定めることにした。王里神会は、明日の十日には強引な接触を予定しており、板垣組としては時間的猶予がない。今日まで動かなかったのは、テロに関与することに慎重になっていた為だ。しかし最後には、板垣はGOサインを出した。何か利益を見出したのだろうと藤原は認識していた。

「大人しく付いてきますでしょうか」

「ここだけの話、どっちでもいいと思ってる。外崎や篠原の気持ち次第だ。お前はどう思う。王里神会のテロにこの段階で大きく関与すべきだと思うか? 組の存在が浮き彫りになるやもしれんが」

 セシルは、解りませんが主の判断を信じますとだけ返した。

 外崎のアパートから少し離れた路上に車を停め、二人はアパートに赴いた。インターホンを鳴らしたが応答はなく、やはり祭りかと藤原が呟く。

「面倒だな。私は車で待っているから、お前は祭りに行って探して来い。別に見つからなくてもいいが」

 藤原は余りこの仕事に興味を持っていないようであった。組としてテロに関わることに違和感を覚えているのかもしれない。王里神会の幹部としてもV事件を担当しているから、引っ掻き回したくないのか――セシルはそんなことを考えながら、祭りへと歩き向かう。途中で持参してきたロングストレートのウィッグを鞄から取り出し被った。顔が綺麗なので女に見える。

 ――作戦が順調であれば、神屋はトニーから連絡を受け、駅前のホテルrenaissanceに外崎を連れてくるように促されている。神屋が祭りに行った外崎と接触できずに帰ろうとしたらトニーが止める。藤原が王里神会として明日にでも外崎と篠原を拉致する腹であることを伝えて焦らせる算段である。神屋も余裕ではいられない。アパート前に張り込んででも外崎を待つだろう。あるいは夏祭りの会場まで探しに行くかもしれない。私もまたアパートに張り込み、やがては訪れる神屋と接触する。そして王里神会の駒として外崎を探していることをアピールする隙に小型の盗聴器をしかけ、後に神屋の口からある言質を取る。たったそれだけだ。しかし――とセシルは焦燥していた。藤原に夏祭りの会場へ外崎を探しに行けと言われてしまった。アパート前で神屋を待つことはできない。最悪、神屋の言質はなくとも、実際に神屋は外崎をホテルrenaissanceの一室に一人きりにする手筈だから、問題は起こらないと思うが……。

 会場へ近付くにつれて、人の数が多くなってくる。不意にセシルの携帯電話が鳴る。藤原だった。藤原は先ほどアパートに現れた神屋を見つけ、少々脅してやったとのことだ。焦って夏祭りの会場へ行くかもしれないとも言っていた。セシルは電話を切り、よしと小声で呟いた。鼓動が少し早くなる。セシルは藤原から聞いた神屋の特徴を、道行く人々に照らし合わせて佇んでいた。神屋は自分と同じ道のりを歩く筈だ。神屋が早歩きで会場へ向かう姿を確認したセシルは、自然に後を付けた。人混みが増えるに従い、距離を詰める。そしてもはや密着したとき、小型の盗聴器を肩の後ろ辺りに取り付けた。神屋が違和感を覚えたのか振り返るが、セシルはマスクをつけて長髪の変装までしていたので、挨拶などはなかった。

 急ぎ車に戻り、藤原に帰りを促した。声が上擦る。

「神屋に盗聴器を取り付けました」

「なに? あの小型のか? あれ凄く高いんだぞ」

「これで神屋が外崎に接触し、居場所が割れるでしょう。主にその気があるのなら、いつでも外崎と接触できます」

「まぁ、それで満足してもらうとするか。私はこれから、主に報告してから、王里神会の本部へ戻り鮎川暗殺に関し感想会を開かねばならない。お前は帰るか? 送っていくよ」

「私は今日は主付きです。ところで、本当は現地で彼の死を見届けるのがあなたの今日のメインでしょうに」

「フハハハハハ、いいんだよ。私が見てなくたって奴は死ぬさ」

 どうやら藤原は人混みが嫌いなのだろうとセシルは思った。



 3


 夏祭りの会場から三キロほどの地点に、板垣が巡回就寝する施設の一つ、色褪せたマンションが建っている。ここの半分ほどは組員の部屋となっており、今まで一度も襲撃されたことのない比較的安全な場所である。今月の板垣の就寝地である。

 マンションの最上階の一室へと、藤原とセシルは足を踏み入れる。セシルの鼓動はいつもより早かった。これから、藤原にも隠している作戦を、この部屋で実行するのだ。それが、これから先の運命を大きく変える。選ぶのは、他でもない自分自身――。

「顔色悪いぞ。盗聴器のことなら心配するな。私が補填するさ」

 藤原はフハハハハと笑っていた。

 奥のこじんまりとした区画に、板垣は独りで座ってくうを見据えていた。

 藤原とセシルは席に着き、進捗を告げる。

「――なら、おい、お前これ聴いとけ」

 板垣は見習いを一人呼び同席させ、盗聴器から流れる会話を確認させた。

 他愛のない世間話をしながらも、刻一刻とそのときが近付きつつある中、セシルは未だ決断できずにいた。この選択が、目の前にいる老人と自らの今後の関係を決定してしまうのだ……。

 セシルは言葉少なに、祖国で散った家族、友達、そして日本でのこれまでの生活を思い起こしていた。

「あ、今、ホテルに、renaissanceに行くようです」

「外崎と神屋が二人でか?」

「えーと、はい、もう一人の女の子は、後日に来るそうで。あ、14号室だそうで」

「おい、須藤。夏祭りの会場からrenaissanceまでどれくらいだ?」

「調べます」

 藤原が、行きますかと聞いた。板垣は、むぅと唸り一瞬だけセシルを見てすぐに視線を逸らした。それから、

「ホテルか……」

 と一言。

 セシルが藤原にそう言えばと切り出す。

「神屋はこの後、重要な会議が入ってますよね。外崎はホテルに一人になるのでは」

「ん? あぁ、そうだな。……しかし、この状況で外崎を一人にするのか?」

「ただの会議ではなかった筈です。Kも参加する、彼らにとっては大事な会議だったと記憶します」

 神屋には本来関わりのない会議だったのだが、トニーやセシルが動き、参加させるに至ったのだ。計画は綿密に練られている。それに、仮に神屋が気を変えて行かなかったとしても何の問題もない。全ては、彼らがホテルに着く前に終わるのだから。欲しいのは、外崎がホテルの一室に一人になるというここでの推測だ。しかも外崎はただの男ではなく、テロ行為を防ぎ得る情報を有した男だ。

「――外崎は、V事件の重要参考人だったな?」

 板垣は誰にともなく、何か閃くようにして、その目に若き日の輝きを取り戻すようにして、そう囁いた。

 その声音から、藤原も何か引っかかりを感じ取ったようだ。主の目を見つめ、次の言葉を待った。

「……セシルよ。急なんだが、今、ワシを占ってくれ」

「今ですか。構いませんが」

 セシルはまだ迷っていた。さぁ、決断のときだ――。

 藤原は何が何だか判らないといった様子で、二人の遣り取りを眺めた。

 セシルはじっと板垣の顔を見つめた。

 三十秒が過ぎた辺りで、セシルは言った。


「……神の声です。時が来ました。貴方を呼んでいます。行かなくてはならない。今こそ、約束の時が来ました。貴方が贖罪する気ならば、かつての預言を思い起こし、単身、向かうのです……」


 しんと静まり返っていた。

 板垣は何かを言いかけて、結局何も言わずに立ち上がると、目を赤くさせた。

 セシルはその様を見つめ、ただ見つめた。

 それから、板垣は周囲の反対を押し切り一人で何処かへと姿を消した。



 4


 暗闇の中、その奥深い目だけが淡く光っている。トニーはrenaissanceに裏口から侵入する老人を視認すると、正面から堂々と入り、十四号室を目指した。

 曲がり角からそっと老人の様子を伺うと、十四号室のドアノブに触れようか迷っているのが見えた。遂にドアノブは回され、老人は暫し停止していたが、中へとゆっくり入っていった。トニーはそれを見届けてから、自らも十四号室へと接近した。ドアに耳を付け、中の音を探る。老人が椅子に座る音を聞いた。セシルはうまくやったようだと、トニーはほくそ笑んだ。

 トニーが室内に入り老人に近づく。

 老人は被っていたフードを取った。

「ハロー、板垣サン。久方振リデス。最後ノ言葉ハ聞キマショウカ」

 そのとき、背後で玄関の開く音が聞こえた。トニーは振り返り、其処に現れた人物を見た。

 淡白で、スッとした顔。歩き方を見て、トニーの脳細胞が発火した。

 北アフリカの抗争で闘った、ロンという強者だった。二人は間合いに入らないギリギリで向かい合った。

「主よ、申し訳ない。ですが一人にする訳にはいきません。来たのが私であれば、許してくださいますね?」

 そう言ってロンは、トニーの背後で椅子に座っている板垣――と思しき何者かに目を向けた。そしてリアクションゼロで驚愕した。お前は誰だ――主ではない。そうか、これは……。

 そこに居たのがロンの予想通り、板垣本人であったなら、あるいは勝負はもつれたかもしれなかった。だがそこに居たのは板垣の影武者・・・だった。ロンが見せた僅かな戸惑いの狭間に目を付け、トニーはロンの左目に人差し指と中指を差し、そのまま脳を抉った。ロンの反撃はトニーの脇腹を打ち抜いたが、それだけだった。ロンは絶命した。

 トニーは脇腹をさすりながら、板垣の影武者に向き直り、そのまま首をへし折った。二人はクローゼットの中に、ハンガーに掛けられた服のように吊るされた上、念の為に首を切られ血を滴らせていた。

 そしてトニーはもう一つの方のクローゼットに入った。


 

 5


 八月中旬の夜、とある港の貨物船が、最後の積み荷となるコンテナを載せ終えた。船は異国の地へ向けて出航した。

 コンテナの中にある、部品のパッケージがしてある大きめの容器から、二人の男が這い出した。辺りは真っ暗で、貨物船は波に掴まれ揺れたために、二人は転倒した。

 セシルと梅田は、コンテナの中で横たわった。

 板垣の赤くなった目が思い浮かぶ。

 板垣の提案は名案ではなく、誰でも思いつきそうなものだった。影武者を用意して板垣が殺されたと組すら欺き、そして敵を欺き、敵組織に潜入しスパイとなれというものだった。

 セシルは、その提案を誘導していたし、板垣も誘導されていることに気が付いていただろうと感じている。

 でも、言葉は交わさなかったけれども、それが二人にとっての最適解だった。

 セシルは最後まで迷っていた。

 予言をするか、預言をするか。

 もし予言をしていれば、あの目は赤くはならなかった。

 セシルは世話になった藤原の顔を思い浮かべた。苦肉の策で、近場に運よく居たロンに主の意向を無視して追跡させたのは意外だった。ロンは犬死した。それが悔やまれる。

 あの芝居の席に同席した藤原は、セシルのことを告げ口しないという正解を引き当てた。違う選択なら、セシルは板垣組に監視され高飛びを阻止されていただろう。親身にしてくれた上司を最後の最後に殺さずに済んだ。

 ――誰かの未来を視ることはできる。だが自分の未来だけは視えない。

 これから先を想い、閉鎖的で真っ暗な闇の中、ちょうど不快に思える程度の揺れが、まるで自身の心中を表現しているようだとセシルは自嘲した。



                                     了











 


 

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