第一話、契約成立
とうとう死ぬ時がやって来た。
セラヤのコックピットに座っていた俺はその事実を改めて整理し、終にその結論に至ったのだった。
幸いにも辛うじて生きていたコンピュータとレーダーの情報によると、セラヤは右腕と左足を失い動力系統に深刻な動作不良を起こしていた。
恐らくは先の戦闘で撃墜されショックで気絶している間に流されたのだろう。
もちろん俺も生き残るための一応の努力は惜しまなかった。
しかし推進力を失い機体のバランスすら保てない機体に何が出来ただろう。
俺は自ら命を断つ覚悟を決め予めもたされていた毒薬を腕に注入しょうと注射器をかまえた。
脳裏に自分の人生が駆け巡る。
その時だった。
レーダーに船の影が表示され、警告音が鳴り響いた。
俺は注射器を捨て、レーダーの画面にかじりついた。
救難信号が届いたのか?
敵なのか味方なのか?敵だとすればどうなるのだろうか?
様々な疑問が思考を占拠するなか一種の諦めの様な物に辿り着いた。
「どんなことがあったってこのままよりマシさ」
そうひとりごちると無線でレーダーの艦に呼び掛けた。
くよくよしない、それも俺のいいところだ。
「動くな。」
さっきまでセラヤのコックピットにいた俺が助けをもとめた艦のドックに降り立って最初に聞いた言葉ががそれだった。
十五・六だろうか、少女の冷たい表情と向けられた銃口の鈍い光りは揺らいでくれそうもない。
なぁにそこまで珍しいことでもない。
相手から見れば俺は只の捕虜に過ぎないのだからこの扱いは当然だ。
「IDカードを出しな」
逆らう訳にもいかないのでおとなしく差し出す。
すると目の前の少女はカードを一瞥して
「フンッ、通商連合の狗か」
これには俺もカチンときた、元より温厚な質じゃないんだ。
「アンタにそんな事言われる筋合いはな…」
拳が俺の鳩尾に突き刺さった。
相手も同類らしい。
「来い。」
動ける筈もない俺を引きずって少女は通路を歩いて行く。
外からこの艦を見た時は立派な戦艦だと思っていたが、中は建て増しに建て増しを繰り返したらしく統一性の無さが顕著に出て来ている。
何人かのクルーと擦れ違い通路を何度か曲がった後、通路の行き止まりに行き着いた。そこには戦艦にはある筈の無いものがあった。
確か…フスマとか言うんじゃ無かっただろうか?
純和風のたたずまいに俺は目を疑ったが、襖には筆で大きく
船
長
室
と書かれていた。
「入れ。」
少女は表情ひとつ変えずにそう言い放った。
「入れって…すいません」
銃口突き付けられて黙られたら謝るしかない。
「今から船長にお前と契約をして貰う。自分の値打ちは自分で決めろ。」
「ってお…」
「幸運をいのる」
感情の無い別れの言葉に俺は心の中で涙した。
一生のうちでこんなにも話を聞いて欲しいと思った事は無いだろう。
感傷に浸ってばかりもいられないので俺は襖に手を掛けた。すーっ
中は外の襖と同じ様に純和風の造り…一見茶室のようだ…
「御座りなさい」
そこに正座でお茶を立てているのは一見極道の姐さん。
その
「なめたらいかんぜよ」
っぷりにしばし見とれる俺。
「どうぞお茶をおあがりになって」
進められるが儘に抹茶を飲む俺。
「通商連合第二戦隊所属ケイ・オズワルド、男性、25歳、12歳で傭兵として反政府軍に参加。
以来数十の戦場を渡り歩き今に至る。
相違ありませんか?」
女性は淡々と俺の経歴を並べる…何処で調べたのか俺しか知らないことまで。
「あっ…あぁ間違いない」
「ではケイさん、本題に入らせて頂きます。私達は只の憐れみやらボランティア精神から貴方を拾いあげたのではありません。
貴方にはこれからある仕事を手伝って頂きます。」
すると今まで春麗らかな青空を写し出していた巨大な投影スクリーンに先刻とは全く異質なものが現われた。
一見ただの穴だらけの小惑星天体のように見えるが、その内側の隅々まで張り巡らされた軍事施設の出す光が時折が溢れだす様はミラーボールの様で何も知らぬ者には滑稽に見えるだろう。
小惑星型軍事要塞・ニカラグアと名付られているその星を俺は知っていた。
「ニカラグアだと?通商連合の本拠地で何をするつもりなんだ?」
「やはりご存じでしたか。」
ご存じもなにもこの船に拾われる前の所属基地は紛れも無くこの星だった。
「…実は三週間後、この星に搬入される予定になっている最新鋭の機体を盗みだす御手伝いをして頂きたいのです。」
「…なっ?」
頭の中にいろんな疑問が駆け巡る。
なんでそんな俺ですら知らない超機密を知ってるんだ?
とか。
普通いきなり拾った奴に片棒担がせようとするか?
それ以前にこの綺麗なお姉さんとさっきの少女は何者なんだ?
なんて言う疑問が。
そんな混乱した思考の中で唯一綴ることができたのはこれだけ
「って事は…アンタ等強盗…?」
「違います。」
(じゃあ何だよ。)ここに来て俺の脳内ツッコミがいつもの調子を取り戻した。
「強盗ではなく海賊です。」
(一緒だよ。)
彼女の清々しいまでにあっけらかんとした笑顔を前に俺は頭を抱えた。
「で?俺は何をすればいい?」
諦めたような俺の承諾。
「あら?請けて下さるんですね?」
対して意外とでもいいたげな彼女の口調。
「断った所で生身で宇宙に放り出されるのがオチだろうしな。それに…助けてもらった恩もある。」
溜め息まじりの俺の返事に彼女は目を輝かせる。
「では契約成立ですね?ここにサインして頂きます。」
「その前に」
「?」
「あんたの名前教えてくれるか?」
契約する相手の名前ぐらい聞いておきたいもんだ。
「…ぁ!」
どうやら完全に忘れていたらしい。