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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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6/11

一 呉へ③

 翌年1944年、榊裏流の一座は呉市へ移った。

 ここは国内最大の軍事都市。その鎮守府は西日本の海軍の中枢である。

 なし崩しにアメリカと化け物の戦争に巻き込まれた日本は、引き続き戦意高揚を必要としていた。そのため偶然近くにいて、かつ評判も悪くない榊浦流が呼びつけられた形となる。

 夕方になると雨も上がり、皆で仮設舞台の様子を眺めにいくことになった。


「まるで軍人になった気分だね」

「どっちかって言うと軍属ってヤツだな。民間の協力者さ」


 整備を終えた二人にそう思わせたのは、呉市における榊浦流一座の待遇の良さだ。

 まずは呉鎮守府の近く、使われていない練兵場に大規模な仮説劇場が構えられた。見世物が巨大なだけあって流石に屋外であるが、間口(横幅)二百五十メートル、奥行百五十メートル、仮設背景の高さも四十メートルと、格段に広いものであった。


「すげえ……」

「こんな広い舞台、使ったことないぞ」


 前代未聞の部隊規模に役者陣はかつてないほど張りきった。それに対して青い顔をするのが技術側の裏方だ。


「絶対照明が足りなくなる、鎮守府に掛け合って貸してもらおう」

「音響もです。演目に近代の愛国忠君ものを増やして、軍のご機嫌を取れば借りれるかもしれません」


 双方の様子を隼人は観客席から見下ろしていた。

 少なくともこの一座で役者の道が断たれた彼は、裏方として、この舞台をどう支えるかを考えねばならない。隼人が合流するべきなのは、舞台での自己表現を走り回って考える役者陣ではない。どうやってこの舞台を最高の物に仕上げるか、早くも図面とにらめっこして計算している裏方なのだ。

 だが、まだ年若く、夢を断たれてから半年もたっていない隼人にとって、それは余りにも非情で残酷であった。


――俺にはもう、舞台に立つ資格がないんだ――


 かつて日菜に言い放った言葉は、隼人の中で何千、何万回と反響していた。

 伝えねばならない事だったのだ、言ったことに後悔はない。だからと言って割り切れるものでもなかった。

「畜生……っ」


 溢れた。

 滲んだ。

 流れた。

 妬けた。


「そいつは、どうして俺には、舞台に立つ資格がないんだ?って涙か?」


 背後の声にぎょっとして振り向くと、日菜がいた。慌てて涙を拭っても、今更だ。


「うるせえ……」


 精一杯搾り出した隼人の台詞を無視して、日菜はすぐそこの桟敷にどっかと座り込み、隣の席をコツコツ叩いた。


「座ってよ」

「は?」

「未来の戦伎太夫が言ってんだ、座っときなよ」


 日菜が強情なのは全員が知っている。言い出したら聞かないのだ。

 だがバカではないし、人の尊厳を踏み躙るような奴でもない。日菜なりに考えがあるのだ。それが判っているから、隼人は一応座ってやる。


「凄いよね、この舞台」

「……ああ」


 隼人は俯き、日菜は大きく伸びをした。


「広さも設備もすごいんだけどさ、この仮設桟敷(スタンド席)もいいよね。弁当売れるだろうなぁ。そこも探さなきゃ。

 舞台から離れるほど高くなってるからさ、後ろのお客さんも、つま先まではっきり見える。

 頭のてっぺんからつま先まで、ビシィっと気合い入れてやんなきゃだ、そうでしょ?」

「そうだな……応援してーーいってえな、何すんだよ」


 小さいが硬い拳が脇腹にめり込む。

 肋でも折るつもりか、こいつは。


「隼人の仕事は応援じゃないだろ」

「……判ってるよ」

「いーや、判ってないね。確かにこの舞台にあんたは立たないよ。でも。

 舞台は役者のもんじゃない。一座全員のもんだ」

「……判ってる、誰が欠けても成立しねえ。そう言いたいんだろ?」


 励ましか?

 慰めか?

 ベタな手だ。

 どこまでも真っ直ぐな日菜の言葉は力強い。

 と思っていたのだが、日菜のセリフの続きは違った。ぎろりと睨んで続ける。


「思いあがんなよ隼人。お前一人居なくっても舞台は変わんない。

 でもそれはあんただけじゃない、私も、剣之丞の兄さんも、大道具の池さんも、照明のお吉さんも、会計の小松っちゃんもそうだ。

 一人くらいの穴はみんなで埋めるさ。そのためにみんなで頑張ってるんだ」


 ギョッとしたのは隼人だけではない。こいつなんて事言うんだ。舞台稽古で仕込んだ腹式呼吸だけあって、日菜の声は自然と通る。その場のほぼ全員が困惑の表情だ。


「でも。一人だけ穴埋めの効かない人がいる。

 判るよな?」

「……戦伎太夫か」


 榊浦剣楼。日菜の父であり、この一座の長である。


「そうだよ。殆どのお客さんは私らを見に来てるんじゃない、戦伎太夫を、戦伎太夫の作る舞台を見に来てるんだ。

 賞賛も叱責も、全部戦伎太夫のもんだ」


 日菜の言葉はあまりに骨太であり、彼らを取り巻く環境においては真実であった。隼人は一層打ちのめされ、反論どころか顔を上げる気力すら残っていない。

 それが兄妹同然に育ってきた仲間にかける言葉か。その場にいた全員が完全に凍りついたのを見てから、日菜は続けた。


「……隼人。お前の夢は私が連れて行く。

 私は絶対に戦伎太夫になる。その時は……隼人が人形使いじゃなくてもいい。裏方で胸を張れる仕事しててくれれば、隼人は私の片腕だ。

 その未来と……この前まで夢見てた未来には、何の違いもない」


 言葉は刃の如く鋭いが、触れるだけで焼けるような熱さがあった。

 全身が燃える弾丸であり、荒々しく周りを巻き込んで支配しながらも、空気や時代を変えていく。日菜は隕石のような少女であった。


「よく言ったもんだよ……芸歴五年やそこらの小娘がよ」

「百年後も言ってやるよ、そんならいいだろ?」

「随分先だな」


 機操戦伎は体格という制限があるため、他の伝統芸能に比べれば女性にも活躍の機会はある。芸事どころか攻城兵器だった頃から、女が頭目になった記録も残されている。

 だが、それでも平等かと言われると厳しい。しかし日菜はそんなこと承知の上だ。この少女の形をした隕石は、茨の道を粉砕し、焼き尽くしてぶち抜く覚悟を決めているようだ。


「おおよ。そこまでいけるのは早くて三十年先、奇跡が起きても二十年先だろうな。

 いいじゃん、私はそっから百年居座ってやらあ。

 考えてもみろよ、諦めたら何億年待っても来ないんだぜ?

 一億年を二十年に縮めちまえば、そんなもん一瞬だよ、一瞬。痺れる話だろ?

 二十年後、花形やってる私を見て……隼人はどうしてたいんだ?」


 数秒の沈黙。誰かが唾を飲むのが聞こえると、隼人は立ち上がった。


「……さっきの動作弁貰えないか、軍に口きいてくるわ。

 今は添え物でも、いつか最高の舞台を……お前に踏ませてやる」


 その言葉に、日菜はにやりとした。互いの拳を火花が出るくらいに強く突き合わせる。


「そうだよ、それでいいんだよ。

 頼んだぜ、相棒」


 その言葉が隼人の尻を叩いた。完全に吹っ切れるのには時間がかかるだろうが、その第一歩を踏み出したのは確実であった。

 そうして、珍しく一箇所に腰を据えた一座の生活が始まった。


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