零 大東亜戦争休止③
日菜は打ちのめされた。
自らの愚かな行為に。
幸か不幸か人生は続く。
新たな戦争は始まっていたことを知る。
「隼人……」
そこにすっと入ってきた初老の男は、隼人の父、榊浦砲園であった。榊浦流の筆頭は戦伎太夫である日菜の父であるが、彼はそこに次ぐ二番手、一流の人形使いである。即ち彼は、隼人にとって偉大な先輩であり、先輩役者でもあった。
「お前……まだ言えてなかったのか。
お前が自分で言いたい、言わなきゃならないから黙ってて欲しいって言ったんじゃないか。臆病者。
太夫も……おまえが言うのを待ってたんだぞ。あまり引き伸ばすのも残酷だ……この機会に言うといい」
「えっ?砲園さん、どういうことですか?」
その言葉に日菜はぎょっとした。なにか、とんでもない秘密を聞かされるのではないかと。
「わかったよ……剣之丞兄さん(けんのじょうあにさん)、日菜を放してやって下さい。あれこれ説明するより、見てもらった方が早いんで」
「わかった……」
羽交締めにしていた先輩役者が日菜を解き放つ。異様な空気に日菜はあたりをきょろきょろと見回している。
その目の前、鼻息もかからん距離に隼人が立った。すると日菜の目の前は、殆ど隼人の胸元に塞がれている。
「わかるか、日菜……いや、わかんないかもな」
「え?何言ってんだよ隼人、訳わかんないよ……あ」
日菜は、目の前の隼人とあたりの人間を見比べて、さぁっと青ざめた。
あまりに距離が近くて気づかなかったのだ、自分と隼人の身長差が、いつのまにか頭一個分にも広がっていたことを。
いつの間にか隼人はこの稽古場……いや、榊浦流のどの役者よりも長身になっていた。
「まさか……」
「そうだ。俺はデカくなり過ぎた、機操戦伎には乗れないんだ」
機操戦伎は、太古の昔に発掘された人形の金属外骨格に機械やエンジンを詰め込んだものである。そのため、搭乗者には物理的な制約がある。簡単に言えば、かなり狭い。
日菜を始めとした役者は皆比較的小柄である。それに対し隼人は既に頭一つ大きい。彼は今十四歳、まだ伸びるだろうというのは、想像に容易い。
「な、何言ってんだよ隼人。そ、そんなの大したことないよ。別に頭をぶつける訳じゃない、ちょっと屈めばいいだけじゃないか」
そんな簡単な話ではない。それは日菜もよく知っている。だから声が震えているのだ。
「お前が知らないわけないだろ、日菜。
動けばいいのか?これは舞台、見せ物なんだぜ?」
絞り出すような隼人の声に、日菜は押し黙る。
構造上人形使いは機械人形の胸郭に吊るされ、そこから全身を機体の四肢へと繋がるワイヤーへと繋ぐ。機操戦伎は、人形使いの動きを模倣して動くのだ。
乗って動かすだけならこれと言って問題ないだろう。だが、これは舞台の上で行われる芸事である。観客から金を取り、舞台の上で演じるのだ。
制限された動きでは、機操戦伎のダイナミックさは失われてしまう。目の肥えた観客はすぐに気づく。動きの悪さに、失われたノビに。
この先隼人がどんなに、血を吐くような稽古を重ねても、残念ながら役者としては下の下、さらにその下……包み隠さず言うなら真似事に等しいのだ。
趣味ならそれで十分だが、伝統芸能を受け継ぎ、舞台に立つ資格、更に言うならプロとして生きる資格があるとは言えない。
「でも、そんなの……そんなのどうにかなるでしょ?
エンジンを小型のに積み替えたり、ガワを……そうだよ、胴体を延長すればいいじゃないか、中が広がればいいんだからさ!」
物理的な制約なら物理的に解決すればいい。日菜の提案は単純だがストレートな解決策であった。
しかし、誰も頷くことはなかった。日菜自身も、それは分かっていた。
「俺も調べたよ、親父にも太夫にも相談した。
でも……ウチにそんな大改造をする金はない。ただでさえ戦争で、国中の物資がないってのに、一人の、それも見習い役者のために、そんなことできるわけがない。
エンジンだって、もうそこそこのもん積んでるんだぜ?これ以上求めたら、それこそ軍用だ。戦闘機から引っ剥がして持ってくるだなんて……不可能だ」
「嘘だ……そんな……そんなのってないよ……」
目に見えて狼狽する日菜。いまさら気づいたのだ、隼人も悩み苦しんでいたことに。だと言うのに……。
「私……隼人になんて酷いことをーー」
「いや。言い出せなかった俺が悪いんだよ。ごめんな、日菜。辛い思いをさせて。
俺には、お前と夢を追いかける資格がないみたいだ。本当にすまない、黙ってて」
「違うよ、隼人。そんなの聞きたくない、やめてくれ」
日菜の声は既に絶望の淵にあった。隼人が稽古をしない理由が、ただのサボりだと思っていた自分を殴り倒してやりたい。
本当にサボりだったら、どれだけ良かったことだろうか。だが、その後悔はもう遅いのだ。
「あと……言ってなかったよな……昇進おめでとう。応援してるよ」
役者の位は稽古着の帯で色分けされている。報童と呼ばれる見習いは稽古着と同じ灰色。隼人は当然これ、日菜も同じであった……先日までは。
今日菜が締めているのは水色の帯である。序列が一つ上の語士と呼ばれる者になった証だ。
「違うよ、違うよ隼人。そうじゃないだろ?負けてたまるかって食い下がってくれよ、張り合ってよ……私達、そうやってきたじゃないか!」
「ごめん……俺にはもう、その資格がないんだ」
それだけ言うと、隼人は踵を返して稽古場を後にした。
青い顔をした日菜はしばらくその場に立ち尽くす。やがてふらふらと稽古場の片隅へ足を運ぶと崩れ落ち、すっかり塞ぎ込んでしまった。
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さて、一度ぶっ壊れた彼らの人生ですが、物語はここから始まります。
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