一 呉へ
夢を断たれた隼人であったが、それで二人が離れ離れになるわけではない。
人生は続く。
優しいのか、残酷なのかは別として。
新たな戦争は始まっていたことを知る。
唐突な休戦の意味を日本国民が理解したのは、本格的な冬になってからだった。
その日は朝からの雨で公演は中止。機械人形にシートを被せたあとは、自由時間となった。
「久しぶりだな、こんなの」
隼人は雨を眺めて呟いた。
日本中を飛び回る榊浦流一座は、当然家など持っていない。軍からの支援がある今は、巡業先の安宿を借り切って逗留している。金欠の時は天幕を張って地面に畳敷きなのだから、それに比べれば随分と環境が良い。
雨はさほど強くはない。これがあがれば機操戦伎の簡単な手入れや、役者連中の軽い自主稽古程度の動きはあるだろう。昼寝をしたり遊びに行くほどの暇はあるまい。
むろん、隼人に私室などない。若手の役者と裏方は広間に雑魚寝、男女すら仕切り布一枚で分けただけの簡素なものである。今いるのはその縁側、そこに新聞を広げて読んでいる。
「よう」
肩に尖ったものが食い込み、ほんのりと甘い香りがした。日菜が顎を乗せているのだ。
「痛えよバカ、近えよバカ」
「照れんなよバカ」
隼人の人形使いの道が断たれた、それを告げたのはおよそ半年前になる。
数日は両者共にギクシャクしていたが、それで二人が兄妹同然に生きてきた時間が否定されるわけでもない。
それに巡業生活というものは、そんな感情に振り回されてやる余裕はないのだ。時間的にも経済的にも。
「稲若丸の動きがなんか違和感あんだよね、雨あがったらちょっと見てくんない?」
稲若丸。それはかつて日菜と隼人の乗機であった。一座が保有する機械人形の中では、脇役の多い、然程目立たない機体である。花形のそれより一回り小さく、頑丈だが繊細さや表現力はやや劣る。もちろん支持役と人形遣いの複座ではあるのだが、ベテランならば一人でも動かせる、その程度のものだった。それでも、やろうと思えば木造家屋くらい数分で叩き壊せる力があるのだが。
「もしかして右膝か?」
「正解。なんだよ手抜きか?」
顎をぐりぐりとめり込ませてくるものだから、本気で痛い。強めのデコピンでやっと離れた。
「ちがわい、右膝の二番と四番の油圧動作弁が随分前から古くなってるんだよ。
あちこち入れ替えてなんとか誤魔化してたんだが、流石にそろそろ限界かなぁ」
体が大きすぎて役者の道が断たれるのは、さして珍しい話ではない。そういった者たちは大概裏方として携わっている。隼人もその例に漏れず、稲若丸の整備を担当していたのだった。
「新しいのないの?」
「難しいな。どうやらあれ、軍艦にも使う部品らしいんだよ。機操戦伎に戦意高揚力があっても、流石に軍艦より優先してもらうのは厳しい」
日菜はわかりやすく顔を顰めた。こいつはそこらの子犬よりも顔に出る。
「あんだよクソが……軍艦だあ?変だな、戦争はもう終わったんじゃないの?」
「終わったのはアメリカとの戦争。次がもう始まってるんだ、たまには新聞読めよ」
「うっせぇ」
「お前みたいなのがいるから、役者はバカだって言われるんだ――ぐぁっ!」
ずどんと背中に肘をぶち込まれて、隼人は息が止まった。
「頭のおよろしい隼人さんよ、そいじゃあひとつ、この阿呆に教えていただけますかい?日本は今どこと戦争してんのさ?中国?イギリス?」
「バケモン」
「はい?」
極めて率直に答えた隼人に、日菜は間抜けな声を上げた。
「俺だって信じられなかったよ。でもさ、実際新聞にそう書いてあるんだ、写真付きで」
と、隼人は自分の読んでいた新聞を広げ、デカデカと載った写真を指差した。
それは航空写真であった。画質は粗いが、それでもどこか大きな町があちこちから煙をあげ、壊滅状態なのはわかった。
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さて、一度ぶっ壊れた彼らの人生ですが、物語はここから始まります。
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