零 大東亜戦争休止②
日菜、爆発。
そんな機操戦伎の流派の一つ、榊浦流の宗家に生まれたのが葛城日菜。その頃の葛城家に仕えた家系に生まれたのが東雲隼人である。
二人は歳が近いのもあって、幼い頃から一緒に稽古に励んでいた。日菜はいずれ戦伎太夫になるため、隼人はその片腕たる人形使いになるため、日夜稽古に励んでいたのだ。
日菜が十歳の歳、コンビで初舞台を踏んだのを今でも鮮明に覚えている。古い伝統の世界に足を踏み入れた若い二人という新しい風は、地方紙の片隅を賑わせたものだ。
しかしその三年後、隼人は殆ど稽古に参加しなくなっている。ここ数ヶ月は稽古場に来ることがあっても、片隅から眺めているだけで着替えもしない有様であった。
「どうしてなんだよ……」
日奈はぎりりと拳を握りしめた。稽古場には彼ら以外にも多くの役者や、技術関係のスタッフがいる。二人の間に漂う剣呑な空気に、多くの者が唾を飲んだ。
「二人で日本中に……いや、世界中の人にアタシらの操演を見せてやろうって、言ったじゃないか!」
ここ数年の戦時体制によって、一部の音楽や映画といった海外発祥の娯楽は敵性文化として敵視され、多くの国民の生活から排除されつつあった。だが機操戦伎は違う。
なにしろ日本独自のものであるし、元が兵器だけあって演目は先頭描写が勇ましいものが多く、直接的な戦意高揚効果があると判断されていたのだ。
古典と呼ばれる演目には源平合戦、小田原の戦い、大阪夏の陣などの歴史上の戦争が殆どであったが、近年は軍部の支援を受けた新作も増えた。
それらは日清・日露戦争の激戦区、旅順攻囲戦や黄海戦線を取り上げたもので、露骨な忠君愛国のプロパガンダとして奨励された。これにより数少ない機操戦伎の一座は日本中を飛び回って上演していたのだった。
そんな一族に生まれた二人は、当然日本中の学校を短期間で転校するのを何度も繰り返していた。同年代の友達はできてもすぐ別れる。周囲の人間の話題は芸事のことばかりで寂しい思いもした。
だからこそ、二人がコンビで世界を目指すのは自然な事であり、美しいことですらあった。その世界しか知らない日奈にとっては輝かしい未来予想図であり、青春をつぎ込む価値のある夢だったのだ。
「うるせえよ……」
「なんだと、この野郎ッ!」
だからこそ、彼女は隼人が許せなかった。日菜に言わせれば、裏切りにも近い行為だったろう。
「あんなに好きだったじゃないか!頑張ってたじゃないか!それがどうして?なんだこの体たらくは!
もう何ヶ月乗ってない?乗れなくなってもいいのか?隼人、お前もったいないぞ?」
隼人には人形使いとしてはかなりの勘があったのだ。どうにもスジが良いらしく、一目置かれていたフシすらある。だからこそ、それを腐らせるような行為は、日菜の逆鱗に触れていた。
「関係ねえだろ」
「大ありだバカタレ!アタシと呼吸が合わなくなる!」
明治から始まった技術革新は、機操戦伎の姿を大きく変えた。百人近くの人間はエンジンに置き換わり、指示役と人形遣いの二人で操演できるようになっていた。もはや外付けの人足や牛馬に引いてもらう必要はない。機操戦伎は自らの足だけで立ち上がったのだ。
その反面、だからこそ二人の呼吸が問われることになった。
それでなくとも全長二十メートルの金属の巨人だ、指一本のミスであっさり死人が出る。稽古をせずに練度が低下することは、危険度を跳ね上がらせることに直結する。隼人が稽古に参加しなくとも、日菜は隼人の父を始めとした多くの人形遣いに頼んで稽古をしていたのだ。
日菜は恐れていた。隼人が本当に人形遣いとして再起不能になる未来を。それは、そう遠い未来のことではない。
「乗れなくなっても……か。まだ乗れるかどうかもわからねえのにさ」
「なんだと……もっぺん言ってみろ!」
隼人が自嘲めいた笑いを浮かべる前に、日菜が殴り掛かった。少女の小さな拳であるが、戦を演じるために日夜鍛えている拳だ。それは見た目よりずっと鋭く、重い。隼人は横っ面を思い切りぶん殴られ、大の字に倒れた。
「ふざけんなよ隼人てめえ!」
我慢の限界だったのだろう、日菜は馬乗りになって隼人の胸倉を掴むと金切り声を上げた。
「どうしてだよ隼人!アタシと!一緒にやろうって言ったじゃないか!言ってくれたじゃないか!」
日菜がついに爆発したのだ。様子を見ていた者たちが間に入って、日菜を羽交い絞めにして引き剥がす。
「お嬢がキレた!抑えろ!」
「お嬢!落ち着いてください!」
「やりすぎですよお嬢!」
「隼人!大丈夫か?」
「離してよ!離せ!おい!答えろよ隼人!
その場だけの嘘だったの?じゃあなんで初舞台も一緒に出たのさ!答えてよ!隼人!
嘘つくんなら……嘘つくんならもっと上手に騙せよ!」
自分が殴っておきながら既に日菜は滂沱の涙を流していた。数か月溜め込んだ怒りの発露であった。
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日菜の涙に隼人は何を語るのでしょうか?
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