三 軍靴の音③
一座は好調。
しかし、世界の旗色は悪かった
榊浦流の一座はまだ呉にいた。新たな戦争に突入することによる国民の士気の低下を少しでも和らげる為、一座は公演を続けていた。
元々見応えのある機操戦伎が、今までにない見やすい客席で見られるというのはそれだけでも魅力的である。今では九州や大阪、四国から観にくる観客も多かったのだ。
「喜ばれるのは嬉しいんだけど……複雑だな」
日菜の言葉に隼人は頷いた。
「戦地が不穏なのに、一座は好調ってな。あんまり派手に喜べねえよなぁ……お疲れ様です」
二人揃って手が塞がっているので、つつっと足で襖を開ける。そこは事務室に割り当てられた小部屋である。書類やらなにやらが山積みになっている。
「あれ?」
「小松っちゃん?いないの?」
行儀が悪いと小言が飛んでくると思ったのだが……この部屋の主である小松の姿がない。
「トイレか?」
デリカシーのないことを抜かす隼人の脇腹に、日菜の肘がめり込んだ。苦悶の呻き声を上げる隼人をよそに、日菜は荷物を机におろし、小松の椅子に手を当てた。
「……近くにはいないみたいだね」
「スパイかお前は……なんだよ、せっかく日菜が超特急でサイン書き終わらせたのに」
隼人も荷物を降ろした。二人の手を塞いでいた箱の中身は日菜のブロマイド、先日撮影されたばかりの新商品であった。
一座が注目を集めれば、役者達の媒体への露出も増えていく。刃衛門は雑誌にコラムの掲載をもち、剣之丞は婦人向け雑誌の取材が絶えなかった。
それらの取材申し込みは日菜も例外ではない。稽古の合間を縫っての取材や新しいブロマイドの撮影やらと大忙し。元々一本気で極端なところのある日菜の手には余りつつあった。
その為ここしばらくの間、隼人は稲若丸の整備の片手間、日菜の付き人のようなこともさせられていた。
「まあ小松っちゃんも忙しいからね、なんかの打ち合わせかな?」
「人気なのはいいけど、ちょっと小松っちゃんの仕事増えすぎかもな。
まあ仕方ねえ、それなら書き置きのひとつでもでもしておくか」
ペン立てから一本拝借、適当な裏紙に言伝を残して挟んでおく。
「よし。夜公演まで時間があるから、一息つけ……どうしたよ日菜、青い顔して」
インクの匂いが鼻に刺さる。日菜の手に握られていたのは新聞であった。そこに大きく”第二次AL作戦失敗”と書かれていたのが、二人の胸にずしりとのしかかった。
「AL作戦って……アリューシャンだよね?」
「そうだ。
多分、ラジオで言ってたヤツだ。バクダを誘い込んで、三国の艦隊で一気に勝負をつけるとか言ってたけど……失敗してたのか」
日菜の声は震え、隼人の声は掠れていた。無論これはリアルタイムではない。数日前に勝敗は決し、それを受けての発表でしかない。数日のラグがあっても、こうして発表があるだけ、以前よりは随分マシだ。
「空母三隻を喪失か……もう、機動部隊残ってないんじゃないのか、これ」
日菜が頭を抱え、隼人はため息をついた。もちろん戦況もそうであるが、もっと身近な話だ。
「アリューシャンってさ……この前言ってたよね」
「そうだ……こりゃ、キツいか」
日菜が言いたいのはアリューシャン列島のアッツ島だ。小松の父が戦死を遂げたという島は、以前の米軍相手に展開したAL作戦……新聞に倣うなら第一次アリューシャン作戦における激戦区の一つである。
父の戦死した島で、また多くの人が死んだ。その事実は小松の心を深々と抉ったのだろう。寝込んでしまっても無理はない。
「……大丈夫かな」
「四時までなら、時間あるぞ」
「ありがと」
小松が普段寝ている部屋へ向かう日菜の背中を見送って、隼人は肩を落とした。かける言葉が見つからない。せめて、誰かが隣にいてやることくらいしかできない。
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