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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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零 大東亜戦争休止

大東亜戦争xロボx飛竜

機操戦伎グレニアヴァール

(きそうせんき)

是非ご覧ください。

 1943年11月。その日ラジオは大東亜戦争が唐突に休戦となったことを伝えた。


「は?」


 日本中の誰もがそう言いたかっただろう。

 昨年の六月、大日本帝国海軍が虎の子である航空戦隊を失ってからというもの、戦局は悪化の一途を辿っていた。今年に入ってからは米軍の反攻が激化する一方、南方のニューギニア戦線が補給困難による飢餓と病気で壊滅状態なのは、薄々伝わっていた。

 国内も国外もとっくにガス欠だ。人も物も……ついでに希望も。その中でいきなりの休戦は青天の霹靂であった。

 一体何があったのか、無論国民は誰も知らない。

 何しろ大本営は昨日までの戦況すら国民に隠していたのだから。これほどの異常事態を説明するはずがない。

 土手に腰を降ろした隼人は、それからずっとラジオに耳を傾けていたのだが……望む情報は出てこなかった。


「なにが起きてるんだ……?」


 少年は呆然とつぶやくが、目の前に広がる海は答えてはくれない。穏やかで美しいこの海にとって、人間のあれこれなんてどうでもいいことなのだ。


「隼人」


 振り向くとそこには一人の少女がいた。


「おう、日菜。おつかれ、休憩か?」


 葛城日菜。一つ下だから今年十三歳のはずだ。少々小柄で、はっとするほど整った目鼻立ちであるのだが……気の強さが骨格と態度から滲んでいる。

 上下揃って地味な灰色、袴と刺し子生地の道着姿は、言わば稽古着だ。肩までの黒髪は汗で濡れそぼり、額を流れる汗を手拭いで拭きながらである。


「そんなことで何してるんだよ、隼人。

 着替えてきなよ……稽古、始まってるよ」


 顔が赤いのは大汗をかいているからではない。破裂しそうな爆弾を胸の内に秘めているからだ。

「うるさいな……ほっといてくれよ」

「よくねえよ!」

「声がでけえよ。腹式呼吸で怒鳴るのやめてくれ、鼓膜破れちまうよ」

「隼人!」


 そう呼ばれた少年はそっぽを向き、目線を日菜から外した。すると、否応なしにその背後の稽古場が目に飛び込んでくる。

 だだっ広い更地の真ん中では、巨大な鎧武者が片膝を立てるようにしゃがんでいた。

 全高およそ二十メートルのからくり機械人形『機操戦伎きそうせんき』である。その内部には精密なカラクリとエンジンが詰まっている。


 機操戦伎。その起源は室町時代だ。

 日本では太古より、ごくごく稀に金属でできた巨人の外骨格が発掘されることがあった。その昔は神聖視され、神の器や御神体として崇拝されていたとされが、その扱いは戦乱の時代に変容する。

 神を恐れぬ戦国の技術者は巨大なフレームを組みあげ、鎖で連結した外骨格をそこへ吊るした。

 それを数十人の力、あるいは牛馬の力を用いて操り人形の如く動かしたのだ。巨躯と威圧感で戦場を支配し、質量で城を破壊する攻城兵器『砦喰らい』の誕生であった。

 槍刀に弓矢は勿論のこと、当時の貧弱な火縄銃や単発の大砲では、金属の外骨格を持つ砦喰らいに歯が立たない。圧倒的な存在であった。

 百年に及んだ群雄割拠の戦国時代の齎す淘汰圧は凄まじい技術革新を産んだ。戦国末期の砦喰らいは百人単位の力を必要としながらも、足裏に車輪を仕込んだ擬似的な二足歩行を会得していたと言われている。

 その結果戦国末期の日本での戦は、陣を構えての集団戦法の激突ではなく、巨大な機械人形の殴り合いに変貌を遂げていた。

 その技術の趨勢を極めたのが大坂夏の陣である。

 この戦では徳川軍の『国崩し』と豊臣軍の『真田丸』という、両軍の砦喰らい同士による凄まじい戦闘が繰り広げられた。この激しい戦いは、大阪城下の街並みすら踏み荒らして瓦礫の山を作ったと記録が残っている。その様子を描いた絵屏風は重要文化財として大阪城で保存されているのだ。

 砦喰らいはまさに決戦兵器と呼ぶべきものであったが、江戸時代に入るとそれは泰平を脅かす火種として扱わてしまった。特殊な技能者が、兵法や権力からは遠ざけらるのは、然程珍しいことではない。

 するとまた恐れを知らない人間がこれに目をつけた。ただ、それは武士や技術者ではなく、興行屋である。彼らはこれを見世物に転用した。

 無骨な金属の外骨格に美麗で巨大な鎧、あるいは鎖や金属板を用いた派手な装飾を施し、煌びやかなものへと姿を変える。その先やることは城攻めや取っ組み合いではなく、歴史上の戦いの再現であった。

 人間の十倍以上の巨躯が、巨大な舞台を所狭しと動き回り、源平合戦や関ヶ原の戦いを演じてみせる様子が人の心を掴んだのは想像に容易い。

 こうして三百年続いた江戸時代は『攻城兵器・砦喰らい』を『伝統芸能・機操戦伎』に変えてしまった。

 相も変わらず動力は百人近くを必要としたが、長い間にそれは洗練され、メインは二人の人間が息を合わせて操演するものへと洗練されていったのだ。

 頭部に乗り込む『指揮役』は名の通り指揮を取って細かい調整と制御、パターン化された動きの切り替えを受け持つ。そして腹部の『人形遣い』が文字通り手足となって巨躯を操作する。世界に類を見ない巨大で優雅で、力強くも恐ろしい演舞であった。

 この奇妙な運命を辿る機械人形が次に戦力として扱われたのは幕末。

 少なくとも鳥羽伏見の戦い、会津戦争においては旧幕府軍がこれを戦場に持ち込んだ記録が残っている。しかし、それは海の向こうで三百年戦争を繰り返していた西洋の新型兵器に、かつての雪辱を晴らす機会を与えるだけであった。

 大口径のアームストロング砲は外骨格こそぶち抜けなくとも、直撃すればその衝撃は中の人間を粉々にする。雨霰の如く発射される銃弾は、背後の動力担当の者たちを肉片に変えた。

 外部からの人力で動く構造上、海に浮かぶ軍艦には手も足も出せない。その上兵站を荒らされれば木偶の坊でもあった。

 そもそもこの時代は、銃砲の進化によりかつての石垣や高い天守閣を持つ城は役立たずである。つまり最初から攻城兵器など出番はなく、こけおどしにしかならなかったのだ。

 結果、明治維新以降の機操戦伎は本格的に『伝統芸能』としてのみ扱われることとなる。それでもあまりにダイナミックな迫力と、元が攻城兵器であるという異質な来歴は、世界的に稀有な芸事として細々と歴史をつないでいた。

 二人は、その芸事の役者であった。

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ここから始まる物語は、私なりにリアルと面白さを欲張った作品です。よろしければお付き合いください。コメントやレビューもお気軽に&お手柔らかにお待ちしております。


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