表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寮は避難所のつもりだったのに、現実はだいぶ騒がしいようです。  作者: ようよう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第4話 土曜の掃除


 土曜日の朝。


 平日よりも遅くまで寝ていられる、貴重な休日――のはずだった。


「起きろー! 起きろ103号室ー! 今日は掃除デーだぞー!」


 廊下から響き渡る管理人さんの声で、私は目を覚ました。


「……何その地獄の号令」


「ひかげちゃん、起きた? 今日は寮全体の大掃除の日なんだって」


 ほのかが、パジャマ姿でぴょこっと顔を出す。

 寝癖で髪の毛がふわふわしていて、なんか朝から癒やし度が高い。


「大掃除?」


「うん。月に一回あるんだって。廊下とか階段とか、みんなで分担してお掃除するんだって」


「月一でそんなイベントあるんですか、この寮」


 いちいち行事が多い。

 さすが、安さの裏には手間がある。


「あとねー」


 廊下から、管理人さんの声がもう一度飛んできた。


「この建物ももうだいぶガタきてるから、ありがたく掃除しときなさいよー。あと三年もったら御の字なんだから」


「三年?」


 ほのかが首をかしげる。


「建ててから相当経ってるって、前にも言ってたでしょ」


 管理人さんが、モップを肩に担いで顔を出した。


「オーナーさんも、『そろそろ立て直し考えないとなあ』なんてぼやいてたわよ。まあ、すぐどうこうって話じゃないけどね」


「……へえ」


 私は曖昧に相槌を打つ。


(建物にも“寿命”があるのは当たり前か)


 頭のどこかでそう理解しつつも、「三年」という数字は、妙に生々しく響いた。


(でもまあ、どうせ長居するつもりじゃなかったし)


 自分にそう言い聞かせて、私は布団から這い出した。


「まあとにかく、寝てる子たちは叩き起こしてねー。じゃ、よろしくー」


 管理人さんは、ガラガラと掃除道具のワゴンを押して去って行った。



 ◆



「……大掃除?」


 レイナが、布団の中から虚ろな声を出した。

 髪はいつも以上にぼさぼさで、完全にゾンビだ。


「床に貼り付いて終焉を待ってる場合じゃないですよ」


 私はカーテンを開けて、一気に光を入れる。


「うわ、現実……」


「ほら、起きて起きて。掃除サボると、後で管理人さんにポイント減点されるんですって」


「ポイント?」


 上のベッドから、まどか先輩が顔を出した。

 寝起きなのに、もう家計簿を抱えている。怖い。


「掃除デーにちゃんと参加すると、地味に『ひだまりポイント』が貯まるのよ」

「ひだまりポイント?」

「月末に、ポイント数に応じて共用のお菓子予算が増えたり、洗濯機の優先権がもらえたりする」

「急にシステムがソシャゲっぽくなった」


 ほのかが目を丸くする。


「つまり、掃除を頑張ると、おやつと生活の質が上がるということですか?」

「そういうこと」


 まどか先輩は、どこからともなく取り出した紙をひらひらさせた。

 「ひだまりポイント表」と書かれたその紙には、部屋番号ごとに小さな丸印がいくつか並んでいる。


「これ、全部つけてるんですか?」

「楽しいよ?」


 やっぱりこの人は、金銭とポイントに関わるものだと急に生き生きする。


「じゃあ、今日の掃除も、ポイント稼ぎ放題ってことですね」

「そう。ポイントの女神、管理人さんのご機嫌を取るチャンス」


 ポイントの女神。

 なんか安っぽいキャッチコピーだけど、ここでは案外重要そうだ。



 ◆



 十分後、私たちは階段前の踊り場に集合していた。


 廊下には、他の部屋の寮生たちも集まっている。

 すっぴんジャージ姿の人もいれば、すでにバイト行くみたいな格好の人もいて、みんなバラバラだ。


「おはよー。全員揃った?」


 管理人さんが、名簿片手にあたりを見回す。


「101ー」

「はーい」

「102ー」

「はーい」

「103ー」

「はーい」


 私たちも手を挙げる。


「よし、全員。じゃあ今日の持ち場は……」


 管理人さんは、手元のメモを見ながら指で追っていく。


「三階の廊下と階段、103と104ね」

「うち、階段担当ですか」

「若い子たちで固めないと、腰やっちゃうからねー」


 なるほど、現実的な理由だった。


「掃除サボった人は、ポイントマイナスねー。頑張った人は、後でポイント加算しておくから」


 管理人さんは、ニヤリと笑う。


「ポイントって、何に使えるんですか?」


 誰かが尋ねると、管理人さんは指を折りながら説明した。


「今のところ、

 ・月末のお菓子会のランクアップ、

 ・たまに行く大衆浴場の無料券争奪戦の優先権、

 ・共用のこたつ布団新調の時の色決定権、

 あと、私の機嫌がいい」

「最後だけ異様に重い」


 レイナがぼそっと突っ込む。


「まあ、やるからには楽しくやりましょって話よ」



 ◆



 そんなわけで、私たちは三階の廊下にモップや雑巾を持って散っていった。


「じゃあ、私は窓拭きするね」


 ほのかが、雑巾を片手に廊下の端の窓へと向かう。


「私は、廊下のモップがけ」


 まどか先輩が、手際よくモップにバケツの水を含ませる。


「私は、世界の終焉を見守りながら手すりのホコリを払う係」

「普通に『手すり担当』って言ってください」


 レイナは、埃取り用のハタキを手に、なぜか神妙な顔をしている。


 私は、壁の掲示物を一旦外して、雑巾で壁を拭く担当になった。


 掲示板の下の壁には、小さな傷や、剥がしきれなかったテープの跡がいくつも残っている。


「これ、全部、誰かの生活の跡なんだな……」


 自分で口に出してみて、少しだけ不思議な気持ちになった。


 貼って剥がされたポスター。

 いつからあるのか分からないシール。

 壁の角の、小さな欠け。


 知らない誰かが、ここで笑ったり、泣いたり、疲れて帰って来たりした場所。


「ひかげちゃん、しんみりしてる?」


 窓拭きが一段落したほのかが、近くに寄ってきた。


「いえ、ちょっと、歴史を感じただけで」

「歴史?」

「建物も、人も、三年やそこらじゃ足りないくらい色々あったんだろうなって」


 私の言葉に、ほのかは少し目を丸くして、それから笑った。


「ひかげちゃん、たまに詩人になるよね」

「レイナさんの影響ですかね」

「世界の終焉仲間?」

「違います」



 ◆



 廊下を拭き終わった頃には、腕がすっかりだるくなっていた。


「階段、きつい……」


 バケツの水を替えようと階段を下りると、別の部屋の先輩たちが息を切らしていた。


「101の二人、階段掃除どう?」

「脚やばい。明日絶対筋肉痛」

「でも、ここ滑ったら命に関わるからねえ」


 管理人さんが、階段の真ん中に立ってチェックしている。


「水気はちゃんと拭き取ってねー。冬場だとここ本当に滑るから」


 言われてみれば、何気なく歩いている階段も、少し水が残っているだけで危ない。


(寮がボロいボロいって言いながら、ちゃんとこうやって守ってるんだな)


 なんだか、ちょっとだけ胸の中があたたかくなった。



 ◆



 掃除が一通り終わる頃には、三階の廊下は見違えるほどすっきりしていた。


「おつかれさまー」


 管理人さんが、各階を回ってねぎらいの言葉をかけていく。


「103は、窓も廊下もきれいになってるね。プラス二ポイント」

「やった」


 まどか先輩が、嬉しそうにメモ帳を取り出して何かを書き込んだ。


「何書いてるんです?」

「今日のポイント内訳。それと、清掃によって電気代と修繕費の将来の節約効果を……」

「そこまで行くともう趣味ですね」


 ほのかがくすっと笑う。


「でも、まどか先輩がちゃんと見てくれてるから、みんな掃除をサボれないんだよ」

「ポイントの女神だし」


 レイナが、はたきで自分の肩の埃を払いつつ、冗談めかして言った。


「女神っていうより、ポイントの番人では?」

「番人も悪くない響き」



 ◆



 掃除が終わったあと、103号室に戻ると、こたつの上には管理人さんからの差し入れが置かれていた。


「これ……」


 大袋のお菓子と、コンビニの100円お菓子がいくつか。


「『本日の掃除ごほうび。103はよく頑張ったので、ちょっと多め』」


 ほのかが、添えられたメモを読み上げる。


「やったー!」


 あかりが、いつの間にか戻ってきていて、歓声を上げた。


「お菓子の女神もいた」

「それは管理人さん」


 こたつの周りに四人で座り込み、お菓子の袋を開ける。


「掃除で疲れた体に、甘いものが染みる……」

「闇も少しだけ溶けていく味がする」

「レイナさん、すぐ闇出す」


 ポテチやチョコをつまみながら、廊下の話で盛り上がる。


「そういえばさ、『あと三年もったら御の字』って、どういう意味なんだろ」


 私は、さっき聞いた言葉を思い出して口にした。


「多分、物理的な寿命の話だと思うけど」


 まどか先輩が、スナック菓子をつまみながら言う。


「配管とか、壁とか。修繕にどこまでお金かけるかって話で」

「つまり、この建物、三年後にはどうなってるか分からないってことですよね」

「そうね。立て直しになるかもしれないし、ギリギリまで使うかもしれないし」


 ほのかが、こたつ布団をぎゅっと握る。


「なんか、さみしいね」


「でも、永遠に続く建物なんてないし」


 レイナが、ポテチの袋をまじまじと見つめながら呟いた。


「終わりがあるからこそ、今こうして掃除して、ポイント貯めて、お菓子食べてる時間が、ちゃんとした時間になるのよ」

「今、ちょっとだけいいこと言いました?」

「ちょっとだけね」


 私は天井を見上げる。


 知らない誰かが残した傷と、今自分たちが拭いた跡と。

 あと三年もったら御の字と言われる建物で、自分もその一部になっていることが、少しだけ不思議で、悪くない。


(ここがいつまで残るかは、私には決められないけど)


(掃除して、ポイント稼いで、ここをちゃんと「暮らしている場所」にすることは、私にもできる)


 そんなことを考えながら、私はポテチを一枚、口に放り込んだ。


「……掃除も、悪くないかも」


 思わず漏れた本音に、まどか先輩がニヤリと笑う。


「よし、次の掃除デーも期待してるよ、103のエース」

「誰がエースですか」


 笑い声が、こたつの上でぽんぽんと弾けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ