第2話 学校初日
ひと通り自己紹介と雑談を終えると、まどか先輩がパチンと手を叩いた。
「さて。新人歓迎会兼、今日の晩ごはん作戦会議を始めようか」
「作戦会議って言うほどのものですか?」
「この寮の食費管理を甘く見るとね、月末にカップ麺と塩だけの生活になるから」
「リアルな警告やめて」
まどか先輩は自分の机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。
表紙にはでかでかと、「ひだまり103家計簿」と書かれている。
「寮費は安いけどさ、食費は普通にかかるのよ。うちは基本、四人で自炊して割り勘。たまに外食。コンビニは最終手段」
「へえ、しっかりしてるんですね」
「そりゃあね。無駄な出費を削って、将来のために貯金して、副業で小銭を稼ぐのが私の生きがいだから」
「副業ってさらっと言いましたけど、高校生ですよね?」
「合法の範囲だから安心して」
まどか先輩の目が、一瞬ギラッと光った気がした。
今の目は完全に「お金」の目だった。ちょっと怖い。
「で、今日の食費の残りがこれ」
ぺらっとノートをめくると、「今月残り 3200円」と書かれていた。
「少なっ!?」
「うっかりほのかと一緒にケーキバイキング行っちゃって……」
「ご、ごめんなさい……。あの時まどか先輩、『今月もう死んだ目で暮らすからいいよ』って言ってたから」
「だって、生クリーム食べ放題って言われたら行きたくなるじゃん……」
ほのかとまどか先輩の会話を聞きながら、私はこの寮の食生活の厳しさをなんとなく理解した。
「で、今日の晩ごはん候補は?」
「今、共同キッチンにあるのが、もやし、キャベツ、謎の魚肉ソーセージ、卵二個……」
「貧しい!」
ほのかがそっと手を挙げる。
「わたし、おばあちゃん家からお米送ってもらってるから、お米はしばらくあるよ?」
「ほのかはマジで女神」
「えへへ……」
ほのかが照れ笑いする。
いや、笑顔可愛いな。こういう子がクラスにいたら、間違いなく男子の人気をかっさらっていくやつだ。
「じゃ、とりあえず共同キッチン見に行こっか」
◆
ひだまり女子寮の共同キッチンは、一階の突き当たりにあった。
狭い空間にコンロが二つと流し台、古びた冷蔵庫。
壁には「自分の皿は自分で洗うこと」「爆発物を電子レンジに入れないこと」などの張り紙が貼られている。
「爆発物?」
「ポップコーンとか、卵とか、前科があるから」
「この寮、想像以上に歴史が深いな」
冷蔵庫を開けると、各部屋ごとのカゴが並んでいた。
103号室のカゴには、さっき聞いた通りの食材が入っている。
「もやしとキャベツと卵と魚肉ソーセージ……」
「どう料理しても、庶民の味しかしないラインナップ」
私は呟きながらも、心のどこかでちょっとワクワクしていた。
こういう「限られた材料で何とかする」の、嫌いじゃない。
「もやしとキャベツで炒め物、魚肉ソーセージは薄切りにして一緒に炒めて、卵はスープかな」
「ひかげちゃん、意外と手際いい?」
まどか先輩が、驚いたように目を丸くする。
「実家で家事を押し付けられてた成果です」
「親はひどいけど、スキルとしてはありがたい」
ほのかが、エプロンを結びながら言った。
「わたし、野菜洗うね」
レイナは、レシピ本を開きながら、なぜか詩的に呟いた。
「もやしの白さは、救われなかった魂のようだ」
「そのコメント、今は要らない」
◆
四人でわちゃわちゃしながら、なんとか晩ごはんっぽいものが完成した。
もやしとキャベツと魚肉ソーセージの炒め物。
卵入りスープ。
おばあちゃんからのありがたいお米で炊いた白ごはん。
「いただきます」
四人で小さなテーブルを囲み、手を合わせる。
「……おいしい」
ほのかが、目を輝かせる。
「マジで? もやしとキャベツと魚肉ソーセージしか入ってないよ?」
「そういうところに幸せ感じるタイプなの」
まどか先輩も、箸を動かしながら頷いた。
「うん。コスパいい」
「評価の軸そこなんですね」
レイナは、スープを啜りながら呟く。
「湯気の向こうに、世界の終焉がぼんやりと見える」
「だから終焉は来ないって」
私は、自分が作った炒め物を一口食べてみる。
……うん、普通においしい。
豪華ではないけれど、誰かと一緒に食べるご飯は、それだけで味が一段階上がる気がした。
◆
食後。
各自、自分の皿を洗いながら、なんとなく今日一日の話をした。
「ひかげちゃん、実家からここに来る時、不安じゃなかった?」
ほのかが、泡だらけの手でスポンジを動かしながら聞いてくる。
「不安だらけでしたよ。今も、ちょっとは」
正直に言う。
「でも、家にいたらいたで、別の不安があったから」
「それは、分かるかも」
ほのかは、小さく頷いた。
「わたしも、家にいると息詰まりそうで」
レイナが、蛇口の水を見つめながら呟く。
「私は、世界の終焉が怖くてここに来た」
「それは嘘でしょ」
「半分くらいは本当」
まどか先輩が、皿を拭きながら言う。
「まあ、とりあえず。ここはそんなに悪い場所じゃないよ」
彼女は、いつもの家計簿とは違う、少しやわらかい笑顔を見せた。
「安いし」
「そこで締めないでください」
◆
夜。
ベッドに横になって天井を見上げる。
今日一日で、想像していた「ひとり静かなオタクライフ」は、だいぶ方向性が変わった。
部屋は狭いし、ルームメイトは濃いし、もやし率は高い。
いや、もやしは別に嫌いじゃないけど。
それでも。
さっきのみんなの笑い声や、共同キッチンの油の匂いや、布団越しに聞こえる寝息を思い出すと。
「……まあ、悪くはないか」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
その瞬間、上のベッドから「聞こえてるよー」というまどか先輩の声が降ってきて、慌てて布団をかぶる事になったのは、また別の話だ。




