プロローグ
これは古の物語。
その大陸は五つの国が支配していた。二つの列強国である「青嶺」と「桜衡」は安定していたが、他の三国である「炎陽」「華熙」「辰雲」は常に戦争状態であった。それを解消する為に三国は常に若い者たちを犠牲にして「政略結婚」を行っていたのである。
その日、華熙の首都である長燦では祭りが行われていた。浮かれた国民は酒を飲み、宴に興じていた。当然、華熙の最高権力者である天帝華震の娘である麗華も例外ではない。
酔っ払った麗華は親衛隊の特殊警備隊である北辰衛の精鋭に守られ、夜の街を彷徨っていた。
「もう、ウザイよね……何で北辰衛が五名もつくのよ……そう思わない……蘇燕……」
「だって貴女は王女……親王陛下じゃないの……だいたい、二十歳になったからって飲み歩く事自体……危険だと思わないの?」
「思わないわよ……」
「そうよね……こんな都会の真ん中で襲う馬鹿はいないもんねぇ……」
蘇燕は麗華の幼なじみ、宰相である「蘇敬」の娘で同い年だ。
「麗華ちゃん……私はここで……私んち、この先だから……」
「バイバイ……蘇燕ちゃん……」
思わず手を大振りする。
「……麗華親王……もう少し大人しくされた方が……皆さん見てますよ……」
「北辰衛のくせに、私に言うの?」
「いや、そんな……」
さて、その街の果てを過ぎると宮殿までの道は、真っ暗である。周りには何も無く、北辰衛たちの緊張は高まった。
「親王陛下……後ろについてください……」
「大丈夫だよーん……」
「だから、前に……うあううう……」
前に出た麗華の前に煙が集まると光を放つ。その中から白髪で白髭を蓄えたローブ姿の老人が現れたのだ。
北辰衛たちは身構える。麗華は、その老人を見ると手を振った。
「お爺さん……ここで何をしているの?」
「んと……君は麗華親王陛下かな?」
「そだよ……」
「陛下……軽々しく話してはなりません……こいつ黒魔術師ですぞ……」
「黒魔術師? 何か面白い物でも見せてくれるのか?」
「いや、そうじゃなくて……麗華親王……貴女に死んでもらおうと思ってな……」
「なーんだ……」
思わず北辰衛たちは、剣を取り出すと言う。
「な、何だと……お前は正気か?」
「そだよ……」
その老人は麗華を真似てみる。麗華にはウケたのか、麗華は笑いだした。北辰衛たちは一斉に飛びかかった。
老人はニヤッと笑うと手を挙げた。空中に無数の刀が浮かぶと飛びかかってきた北辰衛たちに襲いかかる。
「怨嗟千刃を受けてみろ……」
まるで舞うような動作を行うと刀は、予想外の動きを繰り返す。そして、あっという間に北辰衛の五人は、その刃の餌食となった。そして、その一刀が麗華に目掛けて飛んでいく。
その時だ……暗闇の中から現れた若武者が大刀を振りかざすと、それを打ち払った。あまりの事に、麗華はヘナヘナと尻もちをつく。
「やめろ……殺すんじゃない……」
「……現れたな……黎昇……お前に怨嗟千刃を破る事が出来るかな?」
「笑わせるな……こんなもの……」
若武者は呼吸を整えると、大刀を天に向けて『天星の構え』をした。そのまま、飛び上がる……
「『星辰絶刀』か、どうかな?」
一振が波動を生み出し、次から次へと刀を落としていく。
しかし着地した瞬間、老人は若武者の後ろを取る。刃物を脇腹に突きつけると言った。
「星辰絶刀は後方に隙が生じる……近接戦ではしない方がいいな……」
その光景に麗華は身体をガタガタ震わせていた。しかし若武者が窮地に陥っていると感じた時、勇気を振り絞ると思い切り走って老人に体当たりを食らわしたのであった。
予想もしない体当たりに老人はよろけた。そして、突き立てた刃物が若武者の脇腹を切り裂いた。血が噴き出す。
「ああぁぁ……どうするんだよ……」
老人は慌てると麗華に毒づいた。しかし、麗華も負けてはいない。
「何よ……アンタが刃物なんかを突き立てるから、切っちゃうんでしょ……」
「……とにかく、お嬢ちゃん……こっちに来て、止血を手伝えって……」
麗華は傍に寄る。老人は慣れた手つきで傷の止血を行った。
「ここを持って……そして話しかける……分かった?」
「はい……」
何で私が命令されなきゃいけないのよ。でも、話しかけなきゃ……
「ねぇ、大丈夫? って大丈夫じゃないよね……」
「……星蘭……漸く……君の元へ……」
「わ、私は違うわ……麗華よ、麗華……」
「……ごめんな星蘭……僕が守って……」
「だから、麗華だって……だから……戻ってきて……お願い……」
いつの間にか麗華は必死になって話しかけていた。
若武者の顔は精悍で、身体は細いくせに筋肉がムキッとしていてかっこ良かった。こんな素敵な男性だったのかと顔を覗き込む。
彼が呼んでいた女性……君の元に……って……亡くなっているんだ……と気づいた時、麗華の瞳に涙が流れた。彼のように若い者でも愛した者を亡くしてしまう戦争と言うものを憎く感じた。
「おい、気がついたか? 早く助けを呼んできてくれ……」
「ん、え、あれ……お前は、よくも……」
「ああ、確かに俺は敵だ……でも、怪我人が出てる……すぐに走って呼んできてくれ……」
北辰衛の男は、慌てて立ち上がると宮殿に助けを求めに行った。
「親王陛下……こいつの事は頼む。俺の友達なんだ……」
「なら、何で……」
「……とにかく、こいつは君を助けた。だから、助けてあげてくれ……君の命を取るのは、また今度だ……」
「……変じゃない。それに、貴方に言われる筋合いじゃない……素敵な人だし……」
思わず老人は目を瞬かせた。そして唖然としながらも、暗闇の中へ走り去って行った。現れた時にはカッコよかったのに、逃げていく姿はカッコ悪いと麗華は思った。
「ん、んんん……」
無理矢理起こされた一名を除いた他の四名の北辰衛が、頭を振りながら立ち上がる。結局は、この若武者以外は誰一人として傷を負った者はいないと言う事件であった。
「全く、お前と言う娘は……酒に酔って暗闇で襲われただと……北辰衛も北辰衛だ……五人もいながら、全員倒されるとは……」
華震は麗華に正座をさせてキツく説教をする。大事な一人娘だけに気が立っているのだろう。
「それに、北辰衛も北辰衛だ。五人もいながら、瞬く間に倒されるとは……あの少年がいなかったら、麗華は死んでいたんだぞ……」
「そうは申されても、あの『怨嗟千刃』は黒魔術でも秘伝中の秘伝でございます。対抗出来る者など……」
「ええい、黙れ……あの少年は一撃で破ったのだぞ……お前らが束になっても敵わなかったものを……」
「そ、それは……」
「そうよ……彼は強かったわ……『星辰絶刀』って振りかぶって……」
「……『星辰絶刀』だと……麗華、本当に、そう言ったのか?」
「そうよ……お父様……確かに言ったわ……」
「そうか……その少年は、どうだ……」
「うん、確かにイケメンではあるよね……確かに私の好みのタイプだわ」
「麗華……何で、いつもそうなんだ。違うだろう。大丈夫かと聞いているんだ……」
「あ、それね。大丈夫よ……医者も、適切な応急処置でって……私って凄いでしょ……」
そうは言いながら、麗華の心臓の鼓動はクライマックスになっていた。
まさか、刺した本人が応急処置をしたとは言えない。そのうえ、北辰衛の一人に喝を入れて起こして、助けを呼びにいかせたのだ。
「しかし、この黒魔術師……使える奴だな……本来『怨嗟千刃』は殺人黒魔術……相手を殺す事は簡単だ。それを全員『峰打ち』にするとは……術をセーブする心得を持っているに違いない……」
「術をセーブする? どうして?」
「分からん……理解不能だよ……それに、どうして、麗華を狙ってるんだ。それだけの黒魔術師なら、正々堂々と私を狙うはずだ……」
「私が美人だから? 誰かが嫉妬して狙わせたとか?」
「……お前の妄想には付き合いきれんな……もう寝ろ……酔いが覚めたら、その妄想も覚めるだろう……」
「うん、そうする……その前に……っと」
麗華は立ち上がると王の間を出た。そして廊下を歩き……客間の前で止まる。扉を開けると、あの若武者が眠っていた。脇腹を覆う包帯が痛々しい。
「……星蘭……」
譫言のように繰り返す名前……きっと大切な人だったのだろう。その横顔を見ながら麗華は思う。その星蘭さんのように、死にそうな時に呼ばれるような『大切な人』になりたいと……そして、その『大切な人』の名前を必死に呼ぶ、この若武者に密かに恋心を抱いたのは言うまでもない。




